第34話 よろしくま・ぺこりの横着

 いよいよ迫ってきた、お代がわりと新時代。

 その前、四月一日に簾官房長官から発表された新しい元号は『令和』。

 まあ、賛否両論が当然のように起こったけれども、作者のように昭和から平成への移り変わりを体験した人間から言わせると、最初はどうあったって違和感を拭い去ることはできない。しかし、そのうちに国民の方も慣れてきて、なんとも思わなくなっていくものである。まあ、一方で新元号特需にありつける企業もたくさんあるわけで、具体的には申し上げられないが、ぺこりの組織でもいくつかが、その恩恵にあずかって、工場はフル回転、人手や物資が足りないという責任者の叫びが、わざと複雑に絡まらせて実態を世間から隠している組織の伝達網を通じて、ぺこりのところに多数来ていた。

「全くさあ、事前にどうなるかを考えて、準備しておくのが責任者の務めだよな? 舞子」

 とぺこりは首領としての自分の責任は棚の一番高いところにあげて、舞子にぼやく。

「さあ、どうなんでしょうかね」

 舞子は肯定も否定もしない。

「仕方がない。一つ、無能な責任者たちにありがたいアドバイスをしてやるか。それにしても、組織が大きくなりすぎるといろいろな部分に齟齬が出るなあ」

 ぺこりはブツブツ言いながら、いつもはネットサーフィンにしか使っていない最新鋭で最高スペックのMACを用いて、各所に命令と指示を出していった。さすが、いつもはダラダラ暮らしていても悪の権化、大組織の首領、東大大学院からハーバード大学に留学し、その大学院を首席卒業したクマである。膨大な容量の作業を一時間ほどで片付けてしまった。そして一言、

「全くなあ」

 と呟いた。肩が凝ったのか、自分の大きな手で揉んでいる。

「ぺこりさん。組織が大きくなりすぎるということは、ぺこりさんの巨体がさらに肥満していくのと同じことよね。このままだと、あちこちにガタがきて、緊急入院になってしまうわ」

 舞子がちょっと嫌みを言った。

「舞子ねえ、クマという生き物は、基本的に飢えをしのぐことを考えて生きていくものなの。DNAに組み込まれてしまっているの。言うなれば宿命だね。だからさあ、ここにもし、大福が五個あれば五個全部食べずにはいられないのね。それに、ダイエットする生き物なんて人間だけだよ」

「でも、恐竜は大型化しすぎて滅亡したんでしょ?」

「まあ、諸説ございますがね。そうだ、おいらの肥満はどうしようもないけれど、組織の肥大化はよくないよね。舞子、間接的なアドバイスをありがとうな」

「お役に立てて光栄です。でも、できたら高血圧と高血糖、高尿酸のお薬を飲んでください」

「どうなんだろう? 人間のための薬がクマに効果があるのかな?」

「でも、ぺこりさん。夜眠れないって睡眠薬を飲んでますわ」

「そうだったね。でも、あんまり効かないよ。すぐに目が覚めちゃう。この前なんて夜の十時に飲んだのに十一時に覚醒しちゃった」

「お昼寝のしすぎじゃないですか?」

「お昼寝はあくまでも余得。夜の睡眠は本能。眠れないおいらはどこかが異常なんだよ。ストレスかな?」

「ストレスは……違うと思うわ」

「いいよ。そんなことより、我が組織のグランドデザインを再検討しよう」

「将軍さま方を招集しますか?」

「いや、いい……舞子、すまないがな、畳かえすを呼んでくれないか」

「まあ、大先生よ。お忙しくないかしら?」

「忙しいからって、おいらの誘いを断ることはないだろう」


 果たして、ぺこり。畳かえすを呼んでどうしようと言うのか?


「ぺこりさん」

 舞子が昼寝に勤しんでいたぺこりに声をかける。

「ふにゃ。ありゃ、もう夕方か。日が長くなったもんだ。で、なに?」

「かえす先生、忙しいので時間は決められないけど、必ず、今日中に伺いますって連絡がありました」

「ああそう、ありがとう。本当に忙しいんだな。ちょっと不憫だったかなあ」

「好きな仕事をされているんだから楽しいんじゃないですか?」

「じゃあさあ、舞子は大好きな女優の仕事をやらないのかい?」

「なんかねえ。依頼はいくつか来ているけれど、今は特に演じたい役柄がないのよ」

「もったいないな。好きな女優ランキング、今年度は十位以下に転落しちゃったろ」

「あんなもの、プロダクションの力でどうにでもなるわ。それに、あたしはフリーだし」

「欲の少ない女だ」

「ふふふ」

 舞子は去って行った。


 午後九時になっても畳かえすは来なかった。ぺこりは、ならばとNHKさんの『ニュースウォッチ9』を観る事にした。

「おお、桑子ちゃん、相変わらず可愛いねえ。離婚して正解ですよ。隣のオッさんは誰だっけ? ああ、有馬って言ったかな。温泉だね」

 などと独り言しつつ、案外と真面目に画面を観る。ネットニュースも大量の情報が得られて重要だが、しっかりとしている(だろうと思われる)報道も組織運営のためには必要だ。だからTVのニュースショーも観るし、新聞も読む。TVの場合、キャスター以外に特派員やら解説員の話も聞けるので多少は役に立つ。しかし、番組後半の天気予報あたりになると、ぺこりの悪癖が出る。

「斉田さんってさあ、優しそうだけど、目が犯罪者チックだよなあ。お天気キャスターには菊池真以さんがなればいいのにさあ」

 と相変わらずの美女チェック。女優、タレント、アナウンサーにとどまらず、お天気キャスターにまで目を配っているのか。本当にエロいクマである。

 さらに、スポーツコーナーになると、

「おい、一橋忠之アナよう。ベイスターズのことだけ喋りなさいよ。それに、あなたの妙に高いテンション、ちょっと変じゃねえか? さらにディスればさあ、あんたは若く見えるけど四十超えてんだろ。おいらはなんでも知ってるんだ。野生の生き字引だぞ」

 こうなると、完全なる暴言王である。一橋アナはかっこいいから、たぶん嫉妬しているのだろう。

 畳かえすはまだ来ない。ぺこりは『報道ステーション』にチャンネルを替えるが、

「富川〜やめちまえ! おいらの小川アナを返せ! でもなあ、小川さんは結婚して、フリーになってだなあ『NEWS23』に出るんだぞ。ははは」

 と意味のない高笑いをしているときに、畳かえすがやって来た。

「ぺこりさま、遅くなってごめんなさい」

「いいってことよ。新進気鋭の大先生を無理にお呼びだてした、おいらが悪いのさ」

「嫌ですよ。あたしはまだ、駆け出しの新人ですよ」

「表面上はな」

「それは言わないの。ところで毎回、あたしの新刊、お送りしてますけど、読んでくださってます?」

「すまん、かえす。おいら、文庫本しか読めないように脳みそと前足の構造がなっちゃってるのよ。だから、早く文庫化してもらえるように出版社に言っておくれ。単行本の方は舞子がなんだか読んでいるみたいだよ。そのうち、自分でドラマか舞台の脚本にして、自ら演じたりするんじゃないか?」

「そうですか。舞子さんが。じゃあ、文庫になるまでは絨毯名義の文庫本を読んでいてください」

「それがさあ、実際には、かえすが書いたってことはわかってはいるんだけど、どうも絨毯のにやけた顔が脳裏に浮かんでさあ。なんか読む気がしないんだよ。いっそ、ゴーストライターだったことを公表して、かえす名義にカバーを替えちゃえば?」

「それはそれで、おおごとになっちゃいますよ」

「そうかあ。残念だな」

「ところでぺこりさま、あたしをこちらに呼ばれた理由を教えてください」

「ああ、そうだ。それが大事だった」

 舞子がお茶を持って入って来る。夜も遅いので畳かえすのために、舞子はカフェインレスのカモミール茶を持って来た。ぺこりにはカフェインたっぷりのダイエットコーラだ。どうせ、不眠症で眠れないのでカフェインが入っていようがいまいが、ぺこりには関係ないのだ。

 ダイエットコーラを一気に飲んで飲んで、豪快なゲップをしたぺこりは「いや、失礼」と畳かえすに詫びると、テーブルに肘をついて、鋭い爪を持つ両前足を顔の前で組むと、ゆっくりと話し出した。

「まずはさあ、今さら遅いかもしれないが、警察庁舎爆破のシナリオを作ってくれてありがとう。完璧な仕事だった」

「恐れ入ります。とても嬉しいお言葉です」

「そうか。ところで執筆の方はどれくらい忙しいんだ?」

「はい。月刊の文芸誌への連載が三本、書き下ろしが二本。それに短いエッセイや、インタビューが途切れません」

「睡眠はとれているの?」

「ええ、大丈夫ですよ。あたし、文章を書く、ではなくてキーボードを打つのは早いんです。アビバでブラインドタッチの勉強しましたから。アイデアは、ぼんやりとしたものですが、無尽蔵にあるので、今のところスタックはしないと思います」

「ふーん。おいらはキーボード、左手の、いや、左前足の人差し指一本で打っているから、ちっとも量が書けないよ。もっとも、お布団に寝転んで書いているから、物理的にブラインドタッチなどできないもんね」

「でも、部下への指令などのメールはすごく早く打ち込んでいたと、舞子さんがさっき、おっしゃってましたよ」

「おそらく、仕事モードに入ってるんだな。やる気スイッチが体のどこかにあるんだろうな」

「体毛をかき分けて探すのは大変ですね」

「それが、なぜかさあ、かっぱくんが見つけるの早いんだよね。付き合い長いからかな?」

「ぺこりさま、できれば本題に。今夜は『月刊プレアデス』の連載を書かなくてはならないのです」

「ああ、すまん。では、率直に言おう。我が組織は巨大化しすぎ、その能力が昔と比べてかなり劣化している。そしてここに来て、『ぼく』と言う名の、スペック高すぎなウミガメが率いるテロ集団。阿呆首相政権。しつこく我らを捜査する警視庁捜査一課という難敵が三つもできてしまった。さらに、北陸宮を正当な選挙に当選させ、新しい政党、もしくは会派を作り、政権交代を実現させたいのだけど、今の参謀本部の連中にそのプランニングができそうもないんだ。グローバル? 違うか。大きな視野で世間を見て、なおかつ、ちょっとした遊び心のあるトータルプランニングができる人間。それはかえす、きみしかいないんじゃないか? ただ、ネックはきみの多忙さだよ。無理かなあ?」

「ぺこりさまご自身でお考えになればいいのでは? 超人、ではなくて超クマの頭脳をお持ちじゃないですか?」

「それがさあ、悲しいことに加齢が原因で、気力がね。ピエールみたく、ハイになるため、コカインでも輸入しちゃおうかな?」

「ダメですよ。清く正しい悪の権化がぺこりさまの組織ですよ!」

「うん。その通りだよ。でもさあ、ユンケルの一番高いやつ百本飲んだけど、やる気が出ないのさ。かえすよ、助けてくれないかなあ」

「うーん。他でもない、ぺこりさまのご依頼ですから、無下にはできませんわ。わかりました。今書いている連載や書き下ろしの原稿を書き終えたら、あたしは休筆宣言します。そしてグランドデザイン作成に取り掛かります。あたしがやる以上、乱歩や横溝などの怪奇主義や耽美主義。小栗虫太郎のような衒学主義。綾辻先生のような叙述トリックを織り交ぜて、世間を幻惑させますわ。間違ってもアクション小説のように銃器でバンバン、死体の山なんていうことにはさせません」

「ちょっと待って。そこまでいくと、作者の知識では書けません。もうちょっと、抑えて。いや、かなり抑えて。ジュブナイルあたりまで落としてもいいよ」

「作者さんは大したことないんですね?」

「そうだよ。ユーモア小説家を目指して挫折した、ただのおっさんなんだからさ。いじめないで」

「でも、ちゃっかりメタフィクションしてますよ」

「上っ面をはいただけだよ」

「まあ、わかりました。作者にも書けるような戦略を考えますね」

「頼んだ。これを機に、参謀本部は大掛かりな粛清をするよ。とはいても処刑なんてしないよ。新聞配達とか牛乳配達とかお豆腐屋さんとかパン屋さんとかね、朝の早い仕事をやってもらおう。横浜のバカ書店にも送り込むか? アホなお坊ちゃん専務の独裁政治のせいで書店員が、みんな精神を病んじゃっているらしいけど、ウチの連中はタフだからね。大丈夫さ」

「ぺこりさま、そろそろ時間が来ました。今夜はこれで」

「ああ、すまなかったな。じゃあ、頼んだよ」

 ぺこりはにこやかに手を振った。そして、ゴロンと横になる。

「ははは。これで楽ができるよ。戦略ぐらいほんとうは、おいらが一人で十分考えられるけどね。もう正直、面倒だ。そろそろ、隠居しようかな? ただねえ、次の首領候補が決まらないからなあ。どうするんだろうな、おいらがぽっくり死んだら? まあいいか。死んだ後のことを考えたって一文の得にもならない」

 などと考えているうちに、畳の上でぺこりは眠り込んでしまった。翌日、風邪を引いたことは言うまでもない。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る