第33話 阿呆首相の決断

 ぺこりの部屋を出た、竹馬涼真と大学学都は目の前のエレベーターに乗り込んだ。しかし、昇降ボタンの前に立った学都はなぜかボタンを押そうとしない。

「学都さん、どうしました?」

 涼真が尋ねる。

「涼真さん、わたくしはやっぱり、とても気になるんですよ」

 学都は言った。

「何をです?」

「我が組織の巨額な資金の出どころです。涼真さんはご存知ですか?」

「いいえ、私も聞かされていません。おそらく、十二神将でそのことをご存知なのは関根老人だけだと思いますよ。あの方だけが旗揚げ当時からの参加メンバーですから」

「後の参加メンバーは引退されたんですか?」

「実はそれもよくわかりません。噂ではなにかクーデターのようなものが、あったとか、なかったとか。すみません。不確実なのでこれ以上は言えません」

「いいえ、こちらこそ不躾で」

「学都さん。資金の方なんですけどね。私も考えたことがあるのです」

「えっ?」

「私が考えたことは、ぺこりさまの配下に日銀内部に食い込んでいるものがあるのではないかということです。それはもしかしたら日銀総裁かもしれません。とにかく、お札を密かに、そして大量に発行できる立場の人がいて、ぺこりさまの要求に合わせて、お札を刷るのです」

「でも、それをやったら、インフレが起こってしまいますよ」

「それが、ならない。なぜならぺこりさんのために刷られたお札は公式には存在しないからです」

「それじゃあ、偽札じゃないですか」

「いいえ、日銀で発行された本物です。いわば、お札の幽霊」

「それで、ぺこりさまは資金を湯水のように使えると」

「ええ、ただし必要な資金がいるときだけです。学都さんはご存知ないと思いますが、我が組織は別名義で様々な企業を作って儲けています。その売上総額はトヨタ自動車やソフトバンクをはるかに超えています。それぞれが完全な別会社になっていますから、連結決算の対象になりませんので、表には一切出ませんがね。それに、大量のディトレーダーがいて、毎日、株価を操作して、これまた日々、利益を出しています。ちゃんと個人個人で確定申告をしていますから、査察を受けることもありません。クリーンなお金が入ってくるので、この秘密基地は安定して運営されるのです」

「そうなんですか。いや、ちょっと恐ろしいですね」

「ええ、このシステムを構築したぺこりさまの頭脳は恐ろしい。今はただの引きこもりのようですがね」

「まったくです」

 学都はようやく下りのボタンを押した。


 日本国総理大臣、阿呆晋三はSPがちょっと目を離した隙に、胸ポケットに隠し持っていた、「水なしで飲める胃薬」をぺろっと口に入れた。もともと胃腸が弱いのだが、首相たるものが弱味を見せると、野党の連中や、自党内の反主流派に「お辞めになれば、楽になりますよ」と痛烈な嫌味を言われるに決まっている。本当は病院に行って、強い胃薬を処方してもらわないと、この胃の痛みは消えることはないのだ。しかし、日本はいま、とんでもない非常時にある。帝のお代がわりを成功の内に終わらせ、続発するタンカー爆破テロを解決しなければ、日本の平和、そして自分の健康を維持することも不可能だ。国民の不信任と自らの体調不良により、道半ばで、辞任しなくてはならなかった自分の第一次政権の時のことが脳裏に浮かび、胃から苦いものが込み上げてくる。それをぐっとこらえて飲み込んだ。

 タンカーのテロ防御は喫緊の問題だ。このままでは我が国の石油備蓄が乏しくなり、石油ショックの二の舞いになりかねない。国民はバカだから、トイレットペーパーではないにしろ、何かに狂ったように飛びつくのは目に見えるようだ。特に最近はSNSなどにより、デマが簡単に横行してしまう。それだけは避けないと、統一地方選挙、夏の参議院選挙で野党に負けてしまう。無党派の人間が一番多いという、日本のおかしな政治構造の元では、何が起こってもおかしくないのである。

 とりあえず、阿呆首相はアメリカ合衆国のジョーカー・スランプ大統領に、ペルシャ湾へアメリカ海軍の空母、一隻か二隻と攻撃型潜水艦の派遣を要請した。スランプ大統領はそれを快諾してくれた。正直なことを言うと、あのアメリカのキチガイジジイに借りを作るのはたいへんにプライドを傷つけられることだ。けれど、それでなくても、日米同盟による中国、ロシア、北朝鮮への圧力の効果は計り知れない。それに最近は韓国とて信用のできる隣国ではない。はっきり言えば敵国である。所詮、我が国はアメリカという大国の庇護がなければ生きていけないのだ。我が国が独立国だなどと本当に考えている人間が、この政界にいるんだろうか? 日本共産党くらいか? しかし、日本共産党とて、今では現実の見えない原理主義者の集団ではない。結局は皆が、日本はアメリカの属国、またはアメリカの州の一つなのだと心の奥では思っているのだ。でも、それを公に言ってしまったら、絶対、選挙に負ける。なんとも不甲斐ないことだが、日本の国会議員にはバカが多いと思う。我が与党の半分以上がバカだろう。もしかしたら、野党の方がバカの比率は低いんじゃないか? 秘書たちが草稿を書いたのは自明の理だけれども、国会において、あれだけ我々に厳しい質問をすることができるのだから。一方、我が身を翻ってみると、委員会において、まともな答弁一つもできず、自分はパソコンを一回も使ったことがないと自信満々に言うバカ。口利きばっかりして、金の亡者かと思える厚化粧のバカ女。なんで、自分はそんなやつらを閣僚にしなくてはいけないのだろう。言わずもがな派閥の論理である。また、胃が痛んできた。阿呆首相はSPの様子を注視し、ちょっとした隙にまた胃薬を口に放り込んだ。どうも、今日は効き目が悪いようだ。胃か腸に潰瘍ができたかもしれない。しかし、今は倒れるわけにいかなかった。


 石屋毅(いしや・たけし)防衛大臣が緊急に官邸へ来たのは夜も遅くなってからだった。石屋は優秀とまではいかないが、前出のバカ大臣より、だいぶマシな方で、記者たちへの受け答えもきちんとできる。まあ、それが当たり前なのだが。

「首相、恐るべきデータが解析されました」

「なにかね? まさか、テロリストたちが魚雷でタンカーを沈めたとかいうジョークではないだろうね」

 余裕を見せる首相。

「首相、残念ながら、魚雷以上の武器です」

「なんなんですか、それは?」

「生物兵器です」

「イルカかなにかですか?」

「それが……ウミガメです」

「えっ?」

「しかもですね、自爆ではなく、そのウミガメはタンカーの船底を突き抜けて、また泳いでどこかへ行ってしまうんです!」

「ウソでしょう?」

「いいえ、アメリカの軍事衛星が映し、コンピューターで解析された動画に、全てが収められています」

「ああ、そうですか……すみません、石屋大臣。わたくしの腹痛が限界に達しました。秘密裏に病院に連れて行ってもらいますか?」

「はい。おい、SP! 急げ!」

 その夜、阿呆首相は密かに虎ノ門病院に運ばれた。首相は、

「なんで、虎ノ門病院なんですか! あそこは大平元首相が急死されたところじゃないですか。不吉が過ぎます」

 とわめいたが、鎮静剤を打たれておとなしくなった。

 虎ノ門病院に入った阿呆首相は応急処置だけを施され、翌朝には閣議に出席していた。いつもバカにしてますけど、首相もたいへんだ。


 その閣議において副総理の浅尾太郎が、のんきなことを言った。

「こうなると、ガッチャマンとかゴレンジャーみたいなものが必要ですわな。わははは」

 浅尾のアニメ、特撮もの好きはオタク界では有名である。

「なにをバカなこと……」

 阿呆首相は「おっしゃる」という言葉を飲み込んだ。一見するとボケたような浅尾の発言も、実は的を射ているかもしれない。

「官房長官、防衛大臣、至急にプロジェクトチームを作って、副総理の言うような、特殊部隊を編成できるか検討してください。これは野党にも、マスメディアにも絶対に漏らしてはいけません。漏れたら、我が党の支持率はゼロになります」

「は、はい。首相」

 簾義偉官房長官と石屋防衛大臣が戸惑いながら返答をした。しかし、一体、どんな特殊部隊を作ればいいのだろう? 特殊部隊ならSATが既にある。まさか、漫画のように五人やそこらで何かする部隊なんて作っても意味がない。二人が戸惑っていると、

「お二人さん。歴史を知らんのかね。歴史を。戦国時代に陰で活躍した者たちがいるだろう。わははは」

 副総理はなぜか上機嫌だ。

「忍者ということですか?」

 簾官房長官が尋ねる。

「さあね。俺はガッチャマンだと言っただけだよ」

「ガッチャマン……科学忍者隊。忍者じゃないですか!」

「わははは」

「しかし、忍者なんて現存するんですかねえ?」

「姿を見せないのが忍者だよ。わははは」

「とりあえず、調査します」

「とりあえずではいけません。すぐにです。急いでください。危機は喫緊に迫っているのです。海のテロリストだけでなく、警察庁舎や鉄道網を破壊したテロリストもいるのです。待ったなしです!」

 力強く言うと阿呆首相は立ち上がって、官邸を出ていった。閣僚たちは首相が、虎ノ門病院に行くとは思ってもみなかった。


 内閣府の職員が忍者について調査のため、静岡に住む、在野の歴史研究家を密かに訪ねていた。本来なら、大学のお偉い名誉教授などに話を聞くべきなのだろうが、そのようなところで話を聞けば、すぐに世間に知られてしまう。そこで、あえて、在野の人物を選んだのだ。在野とはいえ、その人物は忍者研究の第一人者として史学界では名の知れたものであった。

「わざわざ、いらっしゃいませ」

 歴史家は職員の訪をねぎらった。

「ありがとうございます」

 職員は歴史家の書斎に招き入れられた。質素な部屋だった。ただ、古い典籍にあふれている。小さな座卓があり、職員は座布団を進められる。

「まずは、粗茶ですが、喉を潤しください」

「ご丁寧にありがとうございます」

「で、お話とは?」

「はい。率直に申し上げます。現代において、いわゆる忍者という者は実存するのでしょうか?」

 歴史家は、ふうと深呼吸し、答えた。

「難しい、ご質問です。結論を言えば、いると言えばいる。いないと言えばいない」

「すみません。少々分かりにくいのですが?」

「失礼しました。忍者といえば、有名どころの伊賀衆、甲賀衆、雑賀衆、風摩衆、根来衆などがあります。そのうち、甲賀、雑賀、風摩などは末裔もおって、かつては親交もあったのですが……」

「どうしたのです?」

「それが、数年前にぱったりと姿を消しました」

「急にですか?」

「そう。まさに忍術のように消えました」

「ということは、もう忍者はいないと……」

「いや、あくまでも可能性の問題なのですがね」

「ええ」

「伊賀衆、もしかしたらこの者らが、どこかに隠れているかもしれません」

「本当ですか!」

「確証はありません。伊賀といえば、有名な服部半蔵。その末裔さえ見つけられれば、おそらく、その者の下で忍びたちが密かに鍛錬を積んでいるでしょう」

「では、服部半蔵はどこにおりますか?」

「いや、それは全く分かりません。あなたは確か、お国の役所の方でしたね。その力を使えば探すことも可能なのではないでしょうか?」

「そうですね。本当にありがとうございます。で、このことは恐れ入りますが、ご内密に願いますか?」

「ええ、わかりました。その代わり、私を密かに殺そうなどとは思わないでくださいよ。こう見えても、忍術の心得はありますからね。あははは」

「ご冗談を。それどころか、公の歴史研究所にご推薦させていただきます」

「いや、それは結構。宮仕えには懲りておりますので」

「それは残念です。申し訳ございませんが、急ぎますのでこれで失礼させていただきます」

「はい、さようなら」

 職員は走るように去って行った。


「勤勉老よ、あなたは宮仕えが嫌なんだね?」

「ぺこりさまが聞いていると知っての冗談じゃよ」

「ふふ、まあいいや。これでさあ、国が服部半蔵を見つけたら、横取りしちゃおうね」

「ぺこりさまは悪ですなあ」

「だって、悪の権化だもん」

 

 果たして、服部半蔵の末裔は見つかるのか?

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