第31話 北陸宮の婚姻

 四月も終わりになった。

 ぺこりは久しぶりに十二神将会議を招集した。

「やあ、諸君。大儀である」

「ははあ」

 いつも通りの儀式のあと、ぺこりの長話が始まった。

「今日はねえ、いろいろと重要なお知らせがあるからね。だから抜刀先生、酒はちびりちびりとやっとくれ。泥酔されたら、肝心なことが伝わらないからね。そうだ、まず最初に言っておこう。亥の将を務めていた座間遥くんは退任した。理由はわかるね。忠仁さまの嫁になるためだ。嫁と将軍の両立はさあ、さすがに難しいよね。代わりにここにいる、大学学都くんが亥の将となる。彼はこう見えて銃器の扱いに優れているんだ。なお、自己紹介は時間の都合で割愛。みんな、学都と呼んででやってくれ。しかし、紅一点の遥が抜けてしまい、男所帯となってしまったなあ。男女機会均等法違反だね。世の中の流れに逆行しちゃってるよ。なんとかしようね。副将軍は全部、女性とかどうかな。でも涼真とか、副将軍に手を出しちゃうかもしれないから、おばさん、いや熟女の副将軍にしなくちゃね。ははは。話を婚姻に戻すけど、いやあ、稀に見る美男美女のナイスカップルだ。それからさあ、蛇腹が忠仁さまのボディガードになる。忠仁さまの強い希望だ。だけど巳の将はやめさせないよ。両職兼任だね。ちょっとたいへんで悪いな。一応、後任も考えたんだけど、ウチの組織の忍者部隊って、甲賀衆、風摩衆、雑賀衆でしょ。甲賀、風摩の二つは集団殺法だし、雑賀衆は鉄砲専門なんだよね。伊賀衆をスカウトできなかったのは痛いよね。ところで蛇腹は何衆なの?」

「俺は毒蛇衆だ」

「知らないなあ。お前しかいないんじゃないの?」

「師匠の元には三人、弟子がいた。でも、二人は毒蛇に噛まれて死んだよ。師匠は蝮の毒を酒に含んで飲んでいたんだ。少量なら麻薬のような効果があるらしい。俺は酒が嫌いなんで、いつも断っていた。そうしたらある日、分量を間違えたらしくて毒が回って死んだ」

「じゃあ、実質一人じゃん。おい、忠仁さまに毒蛇の術なんかお教えするなよ!」

「いや、ぺこりさま。忠仁さまは毒蛇の扱いが上手だよ」

「もう、教えとるんか! しかし、忠仁さまはなんでも飲み込みが早いな。まあいいや。でね、延び延びになっていた、忠仁さまのマスメディアへの記者会見を明日行う。これ以上延ばしていると、世間の興味が他に移ってしまうからね。ついでに婚姻も発表する。独身のままの方が、世の女性の関心を呼ぶかとも思ったけれど、スキャンダルはいけないからね。忠仁さまには、一般人、被選挙権を持った人間、日本国民として、次の衆議院選挙に出馬してもらうから。よろしく頼むよ。皇室のというか帝の血を濃く受け継いだ者が選挙に出るなんて、戦後初めてなんじゃないかなあ」

「ぺこりさま、どこの政党から出馬するんですか?」

 涼真が尋ねた。

「もちろん無所属だよ。与党も野党も新しい日本を作る能力はないだろ」

「でも、一人で活動しても意味がないのでは?」

「涼真くん、なんのための皇室の血だよ。砂糖に群がるアリのように、じゃんじゃん、人間が寄ってくるでしょ。最初は烏合の衆だね。それは仕方がない。でも、徐々に、我々の目的、方針を理解した、真っ当な政治家に首を挿げ替えていくんだ。そして衆参両議院で過半数をとる! これが平和裡に行われる、おいらたちのテロリズムだよ」

「全然、悪の権化じゃあないですね」

 珍しく、鋼太郎が発言した。

「いやいや、政治は忠仁さまにほぼ、任せて、おいらたちは暴れるよ。でも、お代がわりが落ち着くまでは動きません」

「ずいぶんと、平和なテロリストですな」

 勤勉がつぶやく。

「それから、重要なお知らせがあります」

 ぺこりの発言に、諸将が気を引き締める。

「例の連続石油コンビナート爆破テロの犯人『ぼく』の首領の正体がわかりました。円山動物園でおいらが生まれるときに偉大なる不動明王が放った力、それをたまたまベッドの下で受けてしまった……ウミガメです」

「はあ?」

「また動物ですかあ」

 諸将は難しい顔をした。

「いま、また動物ですかあって言ったの誰? 一般戦闘員に降格させるぞ!」

 お怒りのぺこり。しかし、誰も名乗り出ない。

「まあいいや。ウミガメと侮るなかれ。相手は地球上の海を自由に動けるんだぞ。我々は地上をウロチョロするだけだ。至急、強力な軍船を大量に造らなくてはならない。真実! お前を責任者とする。今日からお前は提督だ」

「はっ、ぺこりさま」

「『ぼく』はなあ、必ず我らの強敵となる。すでに多くの人材が密かに『ぼく』の傘下に入っているという情報もある。でなきゃ、あんなに石油コンビナートを爆破できないよね。火力発電所だって、本当に爆破しかねない。いまの政府にそれを阻止する能力があるのか、甚だ疑問だよ。そうしたら、我らが阻止しなくてはならない」

「なんか正義の味方みたいでやんすね」

 門木鳶山が言った。

「ああ、そういえばそうだな。そういえば、弘樹はともかく、この小説が始まってから何にも話していない、ワン・メンタンくん、なんか言いたいことない?」

「エー、タイワンニイッテ、オイシイビーフシチューガタベタイネ」

「なぜ、ビーフシチュー? なぜ台湾? なんで全部カタカナ? ええと、きみは実戦の時に頑張ってくれればいいや。まあ、とにかくさあ、我々には日本政府、凶悪なテロ組織『ぼく』の二つの敵がいるんだ。なかなかの南極大陸だよ……誰か、笑ってよ」

「ワハハハ、ペコリサマ、オモシロイアルネ」

 なぜか、ワン・メンタンが大笑いする。笑いに国境はないということか?

「なんだかなあ……言い直しますよ。なかなかの難局を迎えているんだ。この小説の初めからここまで、きみたちは遊んでいたようなもんだ。だが、これからは違うよ。生き死にを賭けた戦いのスタートだ。涼真、気勢をあげよ」

「はっ、この戦い。絶対に勝つ。勝つ、勝つ、勝つ!」

 なぜか、白けた空気が会議室に満ちた。

「……涼真くん。それは長嶋巨人軍終身名誉監督のお言葉ですよ。ではここで、涼真くんに質問です。おいらが好きなプロ野球チームは?」

「はい、ベイスターズです……えーと、やり直させていただきます。闘魂こめて……」

「もうよい。真実、きみがやりなさい」

「みなさま、勝利に向かって、ズームイン!」

「はい、おしまい。散会だよ! 大丈夫かよ、きみたち? 平和ボケは困るぞ……」

 何となく、不安な船出である。


 さて、ちょっとだけ警視庁捜査一課のフロアをのぞいてみよう。課長席には誰もいない。どうしたのかと思うと、

「やあやあ、みんな元気だった? 心配かけてごめんね。ちょっと過労だっただけなのにヤブ医者がさあ、心身衰弱とか言っちゃってさあ。ユンケルの一番高いの一ダース飲んだら全快だよ。ビンビンだよ。ああ、快気祝いに東京都民が食べないお菓子『銘菓 ひよこ』と『東京ばな奈』を千個ずつ買ってきたからさあ、二課の人も三課の人も食べてね」

 新丸子、元気はつらつに復帰。ああ、オロナミンCは飲んでいないね。

「これ、どこで買ってきたんですか?」

 日吉慶子巡査部長が尋ねる。

「えっ? 東京駅の売店だけど」

「よく千個も在庫がありましたね?」

「そこがさあ、商人の素晴らしさだよ。両店共に注文したらさあ、少々お待ちくださいって、十分で本店だか工場から持ってきたよ。我々もあの精神を見習わなければ」

 その時、

「課長、お久しぶりです」

 という声がした。

「ええっ、き、きみは祐天寺係長の……亡霊? あれ、俺って本当は心身衰弱で死んでたのか? ここは地獄か?」

「落ち着いてくださいよ、課長。祐天寺係長は生きて帰ってきたんですよ。忘れたんですか?」

「ああ、そうだった。俺たちが病院に連れていたんだよな。危うく、忘れるところだった」

 危うく、設定を間違えるところでした。深くお詫び申し上げます。作者拝。

「課長。私はまだ記憶が完全に戻っていません。なので、いまは総務・経理をやっております」

「じゃあ、小杉が捜査班か?」

「そうです。ダメですか?」

「そういう悲しげな目でみるなよ。日吉くんのような刑事を目指して頑張りなさい」

「はい、課長♡」

「♡は余計なの! でも、そうすると捜査班の係長が足りないなあ」

 と新丸子が首をかしげる。すると、

「いやあ、お待たせしました!」

 ビシッとしたスーツに清潔感のある髪型。そして、溢れ出るやる気と才智。そんなエネルギッシュ過剰な男が現れた。そして新丸子に敬礼し、名乗りを上げる。

「渋谷忠八(しぶや・ちゅうはち)警部、捜査一課係長としてただいま着任いたしました」

「ついに渋谷かあ。しかも忠八ってさあ……作者も行き詰まってるなあ。ワンワン」

 新丸子はぼやいた。


 視点は神奈川県立野毛山公園内動物園総合学校の大講堂に移る。本日ここで、北陸宮忠仁の記者会見と同時に結婚会見が行われるのだ。

 この日を待ち望んでいたマスメディアが大挙、集まっている。時刻は午後二時。民放各局のワイドショーが生放送でお茶の間にお送りするのだ。加えて、天下のNHKさんまで生中継するという。中継しないのはテレビ東京だけで、太川陽介と蛭子能収のバスの旅を再放送していた。あとでわかったことだが、テレ東の策略はあたり、まずまずな視聴率を稼いだというが、さすがに北陸宮への注目には叶わなかったようだ。


「やあ、大層な人数ですね」

 控え室のモニターを観て、北陸宮は言った。しかし、その表情に緊張の色は全くなかった。おそらくはその血のせいであろう。

 逆に、会見に参加しないぺこりが緊張している。それは北陸宮の会見の良し悪しで、今後の組織の動かし方を変えなくてはいけないからだ。だが、決してぺこりは北陸宮にアドバイスもしなければ、簡単な答弁集を作ってあげたりもしなかった。素のままの北陸宮を出してくれれば、国民の人気を得られると信じていた。

 一方、遥には厳しい口調で申しつけた。

「遥よ、絶対に余計なことは喋るなよ。『はい』か『いいえ』だけでいい。難しいことを聞かれたら、横に舞子がいるから、舞子に言われた通りにするんだ。『ささやき舞子』だな。ははは」

「ぺこりさまは意地悪だよ。あたいはぺこりさまの命令だから、北陸宮と結婚するんだからね。あの日の夜のことは忘れないで!」

「さてなあ」

 遥は怒ってどこかに行ってしまった。

「うぬ。我ながら困ったことをしてしまったものだ」

 ぺこりは考え込んだ。


 ついに、北陸宮と新妻の遥、それに介添人の舞子が壇上に上がった。一斉にカメラマンたちがフラッシュを焚く。読者の皆さんはフラッシュの点滅にお気をつけください。

 司会進行は、竹馬涼真。名前通り、涼しい顔で話し始める。おっちょこちょいなカメラマンはイケメンの涼真まで写真に撮っている。

「皆さま、お待たせいたしました。本日はお忙しい中、お越しくださいまして、ありがとうございます。さて、先日、臣籍降下なされました、北陸宮忠仁さまが国民の一人となりましたことを、自ら皆さまにご報告いたしますとともに、横におります、座間遥と婚姻することになりましたことを合わせてご報告いたします。では、忠仁さま、お願いいたします」

 北陸宮が立ち上がった。その背の高さ、美形ぶりに記者たちは驚いた。どよめきが起こる。

「わたくしが北陸宮忠仁でございます。今日はお越しいただき、ありがとうございます。はじめに正直なことを申し上げます。わたくしはまもなくご退位される今上帝陛下と一般女性の間に生まれた者でございます。故あって皇統譜には記載されてはおりませんでした。つまりは何者でもない、存在しない者でした。わたくしは皇居の奥に隠されて、何も知らないまま、無為に生きておりました。それを、理由はわかりませんが、ここにおられる水沢舞子先生がわたくしの存在をお知りになり、様々なご尽力をいただいて、臣籍降下という形で戸籍を作ることができ、また先生のもとで働いておられた、座間遥さんと出会い、人として愛情を注ぎ、注がれ、婚姻にいたることとなりました。国民の皆さまには様々な思いがあるとは存じますが、まずは人として、国民として、この場に立てたことを深く感謝いたします。ありがとうございました」

 ため息が漏れる。

「続いて、北陸宮の妻となる、座間遥よりご挨拶申し上げます」

 遥は舞子の方を向いて、何かを聞いた。それから立ち上がって挨拶をした。

「座間遥でございます。あたくしは幼い頃に両親を亡くし、以来、水沢先生の養護施設で育ち、高校まで出させていただき、いまは保育士として先生の経営する保育園で働いております。どうぞ、よろしくお願いします」

 モニターで様子を観ていたぺこりは、

「やればできるじゃん、遥!」

 と拍手喝采した。


 ええ、その後に記者からいろいろと質問があったが、壇上の三人は、そつなく答えて問題は起きなかった。遥は特に集中砲火を浴びたが、もともと根性はあるので、堂々と「はい」と「いいえ」だけで答えた。ぺこりの言うことをきっちり、守ったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る