第28話 未知の気配

 さて、ぺこり十二神将による、北陸宮への教育は武芸に入り、いまだ続いているが、一旦、視点を他方向に移してみよう。


 警視庁捜査一課では、ちょっとしたトラブルが発生していた。なんと課長の新丸子が心身衰弱で入院してしまったのである。さすがに捜査一課長が不在ということはありえない。誰が課長代理になるのかと日吉慶子巡査部長はじめ捜査一課のメンバーたちはやきもきしていた。

 そこに、遠山警視総監がやって来た。フロア内に緊張が走る。新しく就任する捜査一課長代理は誰か? 総監に注目が集まる。総監は咳払いをすると、おもむろに口を開いた。

「ええ、諸君らも知っている通り、捜査一課長の新丸子安男警視正が急な病で入院することになった。ただ、幸いなことに十日ほどで職場復帰できるそうだ。まあ、病名は諸君らも知っての通り、心身衰弱となっているが、新丸子くんはもともとメンタルが太い男じゃないかあ。だから、ちょっと大きなショックを受けるようなことでもあったのだろう。心配には及ばない。一過性のものだよ。お見舞いも辞退して来たので、しばらく彼のことは忘れてしまおう。ああ、喉が乾いたな。小杉くん、このSuicaでお水を買って来てくれたまえ」

「はい、かしこまりました」

 小杉は小走りに自販機へ行き、全速力で帰って来た。総監の顔が引きつる。

「あ、ありがとう。きみは陸上部にでもいたのかい?」

「いいえ、手芸部です」

「ああ、そうなのか」

 総監、しばし考え込む。そして思い出したように口を開いた。

「と言うわけで、新丸子課長の不在はたったの十日間である。それなのに、いちいち人員配置をし直すというのは、お代がわりも近いこの時期にたいへん面倒で、余計な混乱の元にもなりかねないことである。そこでだな。矢部警察庁長官とも相談して、この私が、遠山勝元がだねえ、課長代理を兼任することにした。いやいや、びっくりするのも、反論があるのもごもっとも。だが、安心したまえ。私だってね、かつては捜査一課長を拝命し、あの『十億円事件』や『怪盗トエンティ・フェース事件』など多くの凶悪事件を解決しているのだ。まあ、体力は若干落ちてはいるが、頭脳と気力はあの頃と全くもって変わりないさ。出来ればこの十日のうちに『悪の権化(仮称)』事件だって解決したいと思っている。と言うわけで、しばらくはこのフロアにお邪魔するよ、よろしくね。もちろんさあ、総監の仕事もあるから、ずっとここにいられるわけではないから、その時に、息抜きをしなさい。ははは」

 捜査一課の面々はうんざりしてしまっていた。警視総監が課長代理ってことはないだろう。他にも優秀な人材が絶対にいるはずだ。おそらくは作者が新しいキャラを考えるのが面倒なんだと誰もが思った。しかし、上からのお達しには逆らえない。早速、総監の捜査方針を聞く。

「日吉巡査部長。きみがこの『悪の権化(仮称)連続テロ事件』について一番よく知っているようだから、簡潔に説明してください」

「はい。事件の発端は、信じられないでしょうが、IQ1000もある、クマが悪の組織を作り、犯罪を重ねている。そのクマが新宿のとある廃病院に潜伏していると言う、新丸子課長のSからのタレコミがあ②ことです。そこで、課長、あたし、綱島の三人で現場に突入したところ、クマの姿はなく、当時ベストセラー作家だった畳絨毯氏が椅子に縛られ、目隠し、猿轡をされていました。そして、畳氏を救出したところに、例の警察庁・警視庁庁舎爆破事件が起きたのです」

「あのさあ、日吉巡査部長。I.Q1000のクマっていうのはデマだろ? そんなのが街を歩いていたらとんでもない騒ぎになる」

「はい。あたしも実物を見たわけではないので、もしかしたら大兵肥満の天才男という可能性もありますが、ブラックマーケットの間では『恐ろしいクマ』と呼ばれているのは確かなようです。曖昧で申し訳ございません」

「公には、姿を表したことはないんだな?」

「はい。ありません。姿を見たものは警察関係にもいません」

「ふーん。クマはおかしいよ。人間を当たったほうがいい。デブの悪人だな。でもデブってさあ、バカそうだよな」

 ちょっとだけ、笑いが起きた。

「そうだ、野毛町の学校を探っていて、大学警部が急病になり、手術をした後、失踪したんだよね? 行方はわかったの?」

「いいえ。ただ、その学校は非常に怪しいのです。強固な警備網に阻まれ、なんとか、あらを探しても、一切不審な点は出てこないのです。ただ、若輩者がこんなことを言うのは恥ずかしいのですが、刑事の勘がここは怪しいと感じさせるのです」

「その学校は確か、北陸宮を保護したんだったな。手が出しにくいかもしれないし、にっくき、神奈川県警の協力も必要になる。私も上の方に話をしてみるが、できれば別の方策を練ってほしい」

「わかりました。最後に総監に質問があるのですが」

「なんだろう?」

「この前、たまたま非番にテレビをつけたら、刑事物のドラマをやっていたんです。そうしたら警視庁捜査一課ってすごい人数だったのです。それなのに、なんでこの小説の捜査一課員はこれしかメンバーがいないんですか?」

「日吉巡査部長、きみの目は節穴か? 後ろを見てみろ」

「はい……ええっ?」

 慶子の目には大勢の課員たちがせわしなく働いているのが見えた。慶子は混乱した。

「課員が少なく見えるのは作者が読者の皆様を下手に混乱させないため、わざと端折っているんだ。きみは読書中に五十人の刑事の名前が出て来たら、真剣に読むかね?」

「はい。壁に投げつけます」

「そういうことだ。紙面には出てこなくても、名もなき課員が毎日、頑張っているんだ。思い違いはたいがいにしなさい」

「誠に申し訳ございません」

 慶子は謝った。

「ところで、総監」

 反町巡査が手を挙げた。

「どうした?」

「他の方策とおっしゃられましたが、事件の数も少なく、物証も乏しいのが実情です。大きなもので言えば、大阪に現れた巨大ロボット怪獣ですが、あちらは大阪府警、兵庫県警が躍起になっていますので、下手に手を出すのは問題になるかと思います」

「そうだな。縦割り行政の弊害だよ。まだ、何か?」

「はい。ミステリー作家の畳かえすのマンションで綱島巡査が見つけた銀色の獣毛。これが大学の解析で、特殊なクマのものと判明しました。私たちは野毛の疑惑の学校の庭で、遊んでいる銀色というかグレーのエゾヒグマを目撃しています。この辺が突破口になるのではないでしょうか?」

「反町くん。きみの意見は一理ある。ただね、畳かえすの部屋で銀毛を見つけたことは、なんの事件の証拠にもならないよ。あえて言えば、畳かえす女史に人員をつけて尾行させることくらいだな。綱島くん、きみにそれを命じる。さて、君たちが大層気にしている野毛の学校だが、各界の上の方と繋がっていて、容易には手が出せないようだ。国家公安委員長や宮内庁幹部から私に無言の圧力がかかっている。きみたちが手を出すのは、どうも危険すぎる。大学警部の二の舞になる可能性がある。悔しいだろうが自粛せよ。それに、ロボット怪獣の件だが、暴れたのは関西方面だが、基地は関東、それも神奈川方面にあるんじゃないか? それを探りたまえよ。大きなプールが突然二つに割れたりさ、山の中腹が開いたりさあ」

「昔の特撮ものの見過ぎです!」

 慶子が言った。

「では、どんなところにあると言うんだ?」

「それは、巨大な格納庫ですわ」

「そんなことは、当たり前ではないか。そのしまってあるロボット怪獣をどうやって、表に出して発進させるかが大事だろ? だから、大きなプールとかさあ……」

「わかりました。そういうのは神奈川県警の人員で一斉に捜索してもらいましょう。我々では無理です」

「ゴホン。まあそうだな。この事件は警察庁広域区域重要指定事件だったな。神奈川県警のやつらをこき使ってやろう」

 遠山警視総監はニヤリと笑った。

「で、日吉巡査部長。きみは何を追う?」

「やはり、あの学校を……」

「きみもしぶといな。“マムシの藤田”みたいだ」

「どちら様ですか?」

「勉強不足だな。さすらいの刑事であり、必殺仕事人でもあった。課長よりも存在感があり、小料理屋の女将をたらしこみ、良き三人の娘のパパだった……しかしその正体は……」

「正体は?」

「あたり前田のクラッカー」

「出かけます。みんなもボヤッとしないで!」

 慶子の機嫌は超悪かった。

 一行が出て行くと、

「総監」

 と誰かが言う。総監が振り返るとそこには祐天寺真一がいた。

「警部! 記憶が戻ったのか?」

「はい。おかげさまで」

「これは奇跡だ。乾杯しよう」

 総監は一人で盛り上がったが、課員は皆、出払っていた。


 視点は、日本海のとある寂れた海岸に移る。具体的な場所を言わないのは、作者がまだ思いついていないからなのだが、これから登場するものの正体を、明かしたくないと言う思いもある。ご容赦願おう。


 その寂れた海岸を、その者は切ない気持ちをいっぱいにして見回っていた。

「どこもかしこも、ゴミ、ゴミ、ゴミ。特に多いのはプラスティックか。自然に還るのにいったいどれだけの年月がかかると言うのだ。我々が生まれ、育まれた広大な海、偉大な海を汚す者たち……やつらに必ずや、自然の恐ろしさを思い知らさねばならない」

 その者は海を汚して平然としている者やそれに気がつかないでいる者へ、激しい怒りの炎を燃やしている。

「ぼくは幸いにして、神秘なる力で、自ら抑えきれないほどの才能を得ることができた。感謝の念しかない。神秘なる力がなかったら何も考えず日々を暮らし、長い一生を無為に過ごしていただろう。でも違う。ぼくは違う。この巨大な力で海を汚す者たちに正義の鉄槌を下そう。そのために、莫大な財力をこの天才的な頭脳でこしらえたんだ。あとは、ぼくの気持ちに同調してくれる者たちを集めて、偉大なる海を綺麗にする活動を行いながら、海を汚した元凶である、巨大製造業。それに癒着する悪徳政治家たちを根絶やしにするんだ。たとえ、人々から『テロリスト』と蔑まれても構わない。ぼくは人間なんか恐れない。神秘な力にいただいた頭脳と体力があるんだ!」

 かなり長い独り言を発していた、その者はまだ冷たい春の日本海に飛び込んで行った。

 そこをたまたま二人の漁師が通った。

「あれ、茹で蛸よお、いま海に飛び込んだの、ウミガメじゃあ、なかんべえか?」

「おいおい、烏賊蔵よ。日本海のこんな冷たい海にウミガメがおるもんか。眼鏡買え。眼鏡をよう」

「バカ。眼鏡をつけて漁ができるか。それに最近は異常気象だなんだで、変わったやつらが海に現れるからよう」

「そういや、そうだな」

「だろ? まあしかし、わしらに難しいことはわからん」

「そだな。大学の偉いせんせーにでも来てもらわんと」

 そう話しながら漁師たちは歩いて行ってしまった。

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