第26話 よろしくま・ぺこりの静かなる革命

 舞子がぺこりの四畳半の部屋に入ると、ぺこりは珍しくお布団の中ではなく、テーブルの前に腕を組んで座っていた。

「あら、どうなされたの?」

「うぬ」

「なんだか難しい顔ねえ」

「今までな、市の広報誌の担当者が来ていた」

「えっ、ここにですか? 警備にも誰にも気が付かれずに……」

「そうなんだ。舞子も気づかなかったようだな。仕方がないから、おいらが手ずからカルピスを作ってふるまったよ。しかしねえ、あの大学くんの時と違って厳重な警戒をしているはずなのに彼女はやって来たんだよなあ。警備責任者数名には一年ほどマグロ漁船に乗るか、静岡刑務所の雑居房に入ってもらったほうがいいかもな。角川春樹はあそこで相当、イジメられたらしいからね。ははは」

「申し訳ございませんでした。徹底的な警備の見直しを将軍たちに申し付けます。しかし、その担当者はぺこりさんのお姿を見てびっくりしなかったんですか?」

「平然としてたわ。まあ、警備のことは頼むね。それはそうとして、言いたいのはあの広報担当の女性のことなの。その市の担当者さあ、鬼山(おにやま)さんっていうんだけど、さっきも言ったけどさあ、肝が座っているのかな? おいらをみても全然動じないんだ。こっちが驚いたくらいだよ」

「すごい胆力ですね」

「そうなんだろうな。そして言うんだよ『ぺこりさんのエッセイは打ち切りにさせていただきます』ってね。なんの衒いもなくさあ。ストレートにだよ。でね『どうして?』と聞いたら『はい、残念ながら人気がないんです』またまた、ストレート。おいらはK.O.寸前さ」

「すごい女性ですね」

「そうなんだよ。まあ、エッセイを辞めることに異存はないからさ。『いいよ、実はおいらも面倒だったんだ』と快諾したら、鬼山さんさあ、爆弾を投げつけてきたんだ」

「ぺこりさんに爆弾! 敵だったの?」

「言葉の爆弾だよ。過剰反応しすぎ。鬼山さんたら『ペコリさんの半生がドラマチックだと言うことを小耳に挟みました。是非、それを半生記にして連載してください』だと。なんで、おいらの半生を知っているのかが解せないんだけど、それも面白いかなあと一瞬思ってしまったわけ」

「ダメですよ、こんな大切な時に」

「そうだよね。でも、鬼山さんを手ぶらで帰らせるのはかわいそうだと思ったんだ。だから、畳かえすを紹介してやった。ものすごく大喜びしていたよ。大ベストセラー作家だからな」

「鬼山さんて、とっても美人だったんでしょ?」

「いや、残念ながらブサイク。舞子、またジェラシーか? もう、陽水は歌わないよ」

「ジェラシーじゃ、ありません。ただ、ぺこりさんはクマのくせに美人が好きすぎます。新垣結衣さん、綾瀬はるかさん、長澤まさみさん、広瀬すずさん、浜辺美波さん、吉岡里帆さん、池田エライザさん、永野芽郁さん、福原遥さん、黒嘉嘉さん、中邑菫ちゃん……キリがないわ」

「仕方がないよ。おいらはオスだもの」

「じゃあ、メスグマに発情しなさいな」

「それがさあ、そうはならないんだよねえ」

「これからは、変態大グマと呼ばせていただきますわ」

「じゃあ、舞子はどうなの? 好きなイケメンとかいないの?」

「それが……全くいないの」

「それも不幸だなあ」

「ぺこりさーん」

 ぺこりの大きな躰に飛びつく舞子であった。


 この頃、警視庁副総監室のフロアの端に置かれた観葉植物の影で、新丸子捜査一課長は強烈な自己嫌悪に陥っていた。

「なんで隠れちゃったんだろう? 俺」

 さすが、脇の甘い警視庁であっても、副総監室前には立ち番がいる。のんきに「やあ」なんて出て行くのはちょっと雰囲気的に無理だ。

「ああ、トイレに行ってたことにしよう!」

 と思って左右を見るがトイレはない。しまった。トイレは副総監室の中にあるのだ。

「ああ、俺は来客のジイさんが帰るまでここにじっとしていなくてはならんのかあ」

 情けない気持ちになる新丸子だった。


 副総監室の中では……

「先生、お久しぶりでございます。相変わらず、お元気のようで何よりです」

「なんの。どこもかしこもボロボロだよ。それでも、ぺこりさまが、なんだかんだとな。十二神将だとよ。年寄りをその気にさせるよ」

「そのぺこり殿とは一体どう言う方なのですか」

「人智を超えた頭脳を持った、クマだ」

「クマ? 動物園にいるクマですか?」

「そうだよ。まことにもったいない才智だ。人間であったらなあと思うことしばしだ」

「それほどの者ですか」

「一度、お会いしてみれば、そのすごさがわかる」

「突然、襲ったりしないんですか?」

「まあ、激怒させれば、固く尖った爪で一閃し、恐るべき牙で噛みつき、肉を削ぎ、強烈な腕力で身体中の骨を砕くだろうが、安心しなさい。ぺこりさまはいつも笑顔だ」

「失礼なことをお聞きしますが、未知の新興宗教ではないんですよね?」

「違う。日本を幸福に近づけるための集団だ。まあ勘違いされそうな雰囲気はあるけどな。少なくとも集金機能のための組織ではない。まあさあ、組織の目的のために、きみたちに多大な迷惑をかけたがな」

「そうですよ、庁舎の再建に三年かかるんですよ」

「すまんな」

「いえ、でも警察官僚の害虫を二匹、潰していただけましたから。あれは刺し違えの自殺と判断されました。先生たちの組織による被害者はゼロです」

「ほう、ありがたい。ところで、警視総監の遠山くんと言うのはどう言う人物かな?」

「正直、よくわかりません。正義感はとても強いようですが、昼行灯のようでもあり、また、政治には全く興味がなさそうです」

「我々の支障にならないかな?」

「観察は続けます。ただ、先生たちの目的が大勢の国民にとって正義であるならば、敵対はしないのではないかと思います」

「そうか。まあ頼むよ。ところでさあ甲斐くん。きみは最近、同じような夢を見たりはしていないかな?」

「……なぜ、それを。毎夜、全く耳にしたこともない宮様をお救いせよと言う声が聞こえてなりません。何かの天啓かと、日ごろそうしたことを信じない私が思ってしまい、近々、宮内庁に質問をしようと思っていたところです」

「ふふふ、そうか。そうすれば良い」

「まさか、これも?」

「さあなあ。これからも、ちょっとばかりきみの力を借りるかもしれん。よろしく頼むよ。迷惑だろうが付き合ってくれたまえ」

「わかりました。先生」

「ではな」

 関根勤勉は立ち上がり、出て行った。その頃……

「ああ、やっとジイさん出て行ったよ。あれ? でもさあ、立ち番はそのままだよなあ。俺はバカだった。それならとっとと走って逃げればよかった。うわあ、猛烈にトイレに行きたい。もう、走れないよ。パトラッシュ」

 仕方がないので、匍匐前進する新丸子。すぐに立ち番に見つかってしまった。

「課長、ご気分でも悪いんですか?」

「ト、トイレに……」

「じゃあ、副総監室のをこっそりつかちゃったらいいですよ。副総監はお出かけのようですから」

「へえ、そうなの……」

 新丸子は脱力した。果たして、こんな男にぺこり退治ができるだろうか? まず無理だな。もっと強いキャラを作らねばいけない。ああ、一人いた。誰かは今の所、秘密だよ。


 さて、しつこいようですが、確認です。このユーモア小説は完全なるフィクションです。ウソなんですよ。だから、間に受けてSNSで誹謗中傷したり、右翼の人に言いつけないでね。まあ、作者の匿名性は守られているから、右翼の宣伝カーに取り囲まれるのはKADOKAWA本社だけど、万が一、作者の素性が知られてネットで晒されたらさあ、怖いよ。じゃあ、こんなバカな小説は書かなければいい? それは正論だけどさあ、作者は書きたいの!


 その日、今上帝におかれては、さしたる公務もなく、禅譲に向けた残り少ない日々を皇后陛下との皇居散策に当てていた。まもなく、重い責務から離れる。心の中にも暖かい日差しが当たっているようだった。その伝令が来るまでは!

「陛下、皇太子殿下がお越しです」

「皇太子か。はて、予定にあったかしら?」

「いいえ、お忍びとおっしゃっています」

「うむ。妃殿下に何かあったかな? 皇后よ、ともに会おう」

「はい、陛下」

 ところが伝令は顔色を変え、

「不敬ながら申し上げます。皇太子殿下は陛下お一人とのご拝謁を強く希望されています」

「強くですか?」

「はい、日頃の穏やかな殿下に似合わず、声に怒気を含ませており、職員一同、少々狼狽しております」

「そうですか。わかりました。皇太子と二人だけで会いましょう。皆は下がりなさい。皇后もな」

「はい。何かよくないことでなければよろしいのですが……」


 今上帝と皇太子殿下は広い皇居の庭にある東屋で会見した。ここならば、聞き耳を立てる不届き者はいない。

「さて、皇太子よ、いかような用事かな」

「陛下、いえ、あえて父上と呼ばせていただきます」

「うぬ。構いません」

「では父上、率直にお伺いいたします。北陸宮という名にお聞き覚えはございますか?」

「…………」

「わたくしの夢に、このところ毎晩のように北陸宮という哀れな存在があり、そのものを助けろという啓示をいただいているのです。父上、ご存知ですか?」

「皇太子よ。わたくしは深き罪を犯している。その、そなたの見た夢というのは、きっと天照大神様のお怒りの現れでしょう」

「父上、どういうことでしょう」

「清子の下にな、わたくしの息子がいます。皇后の腹ではない子です。皇后の体調がすぐれぬ時、わたくし一人が金沢へ行きました。そこに天女のような美しい女性がいました。わたくしは罪を不貞の犯しました。女性は懐妊し、男の子を産みましたが、すぐに女性は亡くなりました。わたくしは金沢で生まれたので北陸宮としました。しかし、わたくしはどうしても皇后にこのことを言えませんでした。皇后を愛していたからです。なので、北陸宮は皇居の奥の奥に幽閉しています。特に父としての愛情も与えず、学びもさせていないため、白痴のような状態と聞いています。これがわたくしの罪です」

「父上、実は出版社系の週刊誌や月刊誌がいくつか、北陸宮のことを調べているようなのです。もし、スクープとして出されると、この時期、とてもよくないことと存じます。できれば、父上が自らその存在を明らかにすることが良いかと献策いたします」

「わかった。まずは皇后に話そう。そして会見をしましょう。ですが、その後の北陸宮の行く末が心配です」

「それが、密かに北陸宮を一般人として引き受けたいという者がおりまして」

「秘密は漏れていたのか?」

「そのようです。ですから週刊誌らが動いていたのでしょう」

「で、北陸宮を一般人として引き受けたいと言っているのは、どういう者ですか?」

「水原舞子という篤志家です」

「篤志家ですか」

「恵まれない子供のために横浜で学校を経営しているそうです。何も知らない白痴の状態の北陸宮を託すのには適しているかと」

「そうですか。戸籍は?」

「新しく作ることができるようでございます」

「何か、よくないことに利用されたりはしませんか?」

「簡単に人定を調べましたが、特に何も出ませんでした」

「そうですか。ならば、北陸宮の幸せをねえ、願いましょう。すぐに解放してあげなさい。あとは職員に任せましょう。皇太子よ。ありがとう」


 数日後、今上帝は急遽、皇室担当記者をお呼びになった。もう平成には会見はしないことになっていたから皆が驚いた。今上帝の会見が開かれ、その場において、北陸宮の存在が明らかにされた。帝の手は少し、お震えになっていたが、皇后陛下がそっとお支えになっていた。お二人の御心を鑑みて、個別の質問は記者団が遠慮した。

 北陸宮は世間の話題になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る