第22話 捜査一課の潜入

「で、でかいなあ」

 警視庁捜査一課長、新丸子安男はその建物を見上げた。

「何をして生計を立てているんだ? その水沢という女性は?」

「わかりません。そういう質問は上手にはぐらかされてしまうんです」

 日吉慶子巡査部長が答える。

「課長、ここは正式に捜査令状を取って踏み込んだ方がいいんじゃないっすか?」

 係長の大学学都警部が相変わらずチャラく言う。

「あのなあ、罪状はどうするんだよ?」

「思うんですけど、ここって不法建築ってことないっすか?」

「何だって?」

「例えば、風致地区とか」

「何それ?」

「いや、知らなかったらいいっす」

「警部、残念ながら風致地区ではないようです。山手だったらなあ。惜しいわ」

「すまんが、俺を置いていかないでくれよ」

 新丸子が泣きついた。

「まあ、課長ドンマイっす。日吉さん、じゃあここ、野毛山公園内に建ってませんか?」

「地図データを検索してみますね……ああ! 公園内です。違法建築ですよ」

「やったな。神奈川県の土木課に確認してみてくれ」

 出遅れている新丸子がやっと口を挟めて嬉しそうだ。

「はい」

 返事をしたまでは良かったが、日吉の電話は長引いた。相手がお役所だからだろうか? いや、違った。

「そ、そんなことあるんですか? はあ、県知事からのお達しなんですね。わかりました」

 慶子は電話を切った。

「どうした? もめていたようだが」

「もう、謎だらけです。この屋敷は神奈川県知事および横浜市長の指示により、特別条例で、建設が許可されているそうなんです。しかも、学校としての扱いを受けているそうなんです」

「私立の学校ってこと?」

「いえ、県立です」

「何の学校なんだ?」

「小中高大全てを含めた総合学校です。幼稚園も併設されているようです。それが県の特別条例で認可されていて、いろいろと県から優遇されているんだそうです」

「でもさあ、前回、お前が屋敷、いや学校か。ここに入った時、生徒とか学生はいたのか? 学校らしい内装だったのか?」

「うーん、何とも言えません。あまりに広かったので、全てを見ることは不可能でした」

「何なんだよ、ここはさあ!」

 新丸子は混乱した。すると、大学が慶子に尋ねた。

「ここの連絡先、知ってます?」

「ええ、こちらです」

 それを見ると、大学は突然電話を始めた。

「ああ、どうもでございますう。わたくし鳥取県の教育委員会で主事をしとります砂丘(すなおか)と申しますう。お世話になっておりますですう。ご責任者の方はいらっしゃいますかあ? ……ああ、どうも、砂丘と申しますう。実はですねえ、東京での会合に出席しておりましたところですねえ、偶然にもお宅様のことをお伺いいたしましてえ。そういたしましたらあ、私どものう、教育委員長があ、ぜひにもお、学内を見学をさせていただきたいとお、言っておりましてえ、そうなんですう。ご可能でございますかあ? ご可能でございますですかあ。ありがとう存じますう。で、たいへん不躾な申し出なんですがあ、明日には鳥取の方にい、戻らないといけませんのでえ、もし、もしでございますよお、今日お伺出来たらたあ、幸いなんでございますですがあ。えっ、よろしいでございますかあ。では、よろしゅうお願いいたしますう。お時間の方はいかほどにいたしましょう? あらまあ、いつでもよろしんでございますかあ。重ね重ね、ありがとう存じますう。わたくし、砂丘でございます。ええ、水沢様でございますねえ。はい、失礼致しますう」

 大学はニヤッと笑った。

「これで、堂々と大人数で入れますよ。ただ、申し訳ないですが、日吉さんは顔を知られていますのでは入れません」

「しかし、聞いてて疲れがどっとくる電話応対だな」

「役所仕事なんてそんなもんっすよ」

「あたしが入れないのはいいけれど、教育委員会に女性がいないのはおかしくない?」

「仕方ない、小杉を呼ぼう。ただの飾りだ。係長、時間は何時の約束だ?」

「ああなんか、いつでもいいそうっす」

「何だか、妙な自信を感じるな。横綱と当たる序の口のような気分だ。反町、白楽、綱島。気合を入れろよ」

「はい」


 新丸子は待ち合わせの喫茶店で、珍しく怒っていた。新丸子は小杉に「超特急で来てね」と言ったのだ。普通なら、なるだけ早く行かなくては思うだけであろう。ところが小杉は東京から東海道新幹線で新横浜に出て、横浜線、京浜東北根岸線で来ちゃったのだ。

「小杉ちゃん。きみはさあ経理もやってるよねえ」

「はい」

「ウチの経費がさあ、苦しいのは知ってるよねえ」

「はい」

「じゃあさあ、なんで新幹線なんか使うんだよ。特急料金は経費では落とさないからな!」

「でも……課長は『超特急で来い』って言いました。超特急って新幹線のことだと思います」

 小杉の瞳から涙が溢れる。

「久美子ちゃん、泣かないの」

 慶子がハンカチを渡す。

「小杉ちゃん、かわいい♡」

 大学が悶える。

「アホか! お前たち、ピシッとしろよ。小杉、今回は経費落とすからいつまでも泣いているな。俺が悪人みたいじゃないか」

「そうです。悪人。大悪人!」

 大学、綱島、反町、白楽が一斉に新丸子を指差す。そして、日吉慶子の野獣のような冷ややかな瞳。

「わ、わかりました。俺が悪うございました」

 すると小杉が言った。

「キャラメルキアートお代わりお願いします。経費で!」

 新丸子は卒倒した。


「おい、突入する前に、身なりを整えてこい。当然のことだが、警察バッチは外せよ。鳥取県庁のバッチがあればなあ。何もバッチをしてないのはやばいかなあ? 怪しまれないか?」

 新丸子課長が考え込む。すると、

「アルヨ」

 と言って、大学係長がジャラジャラと鳥取県庁のバッチをテーブルに落とした。

「な、何でこんなものを持っているんだ!」

 驚く新丸子。

「ああ、鳥取ネタは僕の定番捜査なんでーす」

 大学はニヤリとする。慶子と小杉が何だか、うっとりした瞳で大学を見つめているのは気のせいだろうか?

「大学、お前ノンキャリだよな?」

「もちろんっす」

 なぜか、ほっと胸をなでおろす、新丸子であった。


 その頃、ぺこりの四畳半の部屋に舞子が訪れていた。

「なあ舞子、このくだらない小説の主人公は誰だったかなあ?」

「さあ、誰でしたかしら? ああ、前に田尾安志さんが人間は自分、一人一人が主人公だってことを歌っていましたよ」

「おいらクマなんですけどね。まあそれより、その歌はさあ、さだまさしが作ったやつだろう。かなり古いよ、ネタが。舞子は年齢、幾つだっけ?」

「あれ? 忘れちゃった。だいたい、レディーに年齢を聞くなんて良くないわ」

「ふん、怪しいものだ。まあいい。しかし、田尾安志は何でライオンズに行ったら打てなくなっちゃったんだろうな?」

「ぺこりさんこそ、ネタが古いわ。田尾さんと言ったら何で一年でゴールデンイーグルスの監督をクビになったかでしょ」

「そんなの、田尾が三木谷の言うこと聞かなかったからに決まってるよ。それに、三木谷の野郎、大金使ってさ、ノムさんのことを招聘したかったんだろ。アイツはさあ金の使い方を知らないよ。最近だってヴィッセル神戸に大金使って大物外国人選手を連れてきてるんだろ。Jリーグ嫌いだから名前まで知らないけどね。そんな金があるなら慈善事業をもっとたくさんしろってんの」

「イニエスタ、ビジェ、ポドルスキーね」

「なんだ、なんだ、突然? あれ、舞子ってJリーグ観てたっけ?」

「いいえ、一般常識よ」

「なんか、やな感じ。ああ、ところでおいらへの用事は何だったの?」

「はい。警視庁の刑事たちが屋敷、いいえ学校って言わないと彼らに疑われちゃうわ。とにかく、何人かで押しかけてくるって電話してきたわ」

「大人数で来るとは大胆だな」

「鳥取県庁教育委員会のメンバーとして来るそうよ」

「何でわかったの?」

「この前、日吉さんっていう女性巡査部長に、警察専用ダイアルを書いた名刺を渡したから。そのスマホにかかってくれば警察ってわかるの」

「相変わらず、賢いな。でも、そうなると日吉という美人刑事は来ないってことだね。残念。覗き見しようと思っていたのにさ」

「他にも美人な刑事さんはいるんじゃない?」

「いやー、刑事だよ。テレビ朝日のドラマのようにはいかないよ。まあ、とにかく、地下への秘密通路さえ隠しておけば、大丈夫さ。ここも見せていいよ」

「ぺこりさんはどうするの?」

「お庭でお昼寝さ」

「寝てばかりね、まったく」


 新丸子課長が教育委員長に化けて、門扉のチャイムを鳴らそうとすると、大学係長がそれを止めた。

「どうした?」

「どうにもこうにも、学校名がどこにも書いてないっすよ。しょっぱなから変です」

「そうだな。ちょっとみんな、校名のプレートを探してみてくれ」

 全員揃って、周りを見回す。すると、

「ありました。やったあ」

 見つけたのは小杉刑事。何と校名のプレートは草むらに落ちていた。よく見ると壁にプレートを掲げるための輪っかが二つある。男たちで、プレートを引っ掛けた。まさかこのプレートに特殊な電磁波を出す基盤が隠れていて、刑事たちのスマホから機密情報をごっそり奪い取っていたとは、刑事たちの誰も気がつかなかった。

「まったく、行き届いてないな。ダメな学校なんじゃないか? ツッパリの巣窟。学級崩壊」

 何も知らない新丸子が呟く。そして、今度こそ門扉のチャイムを押す。門は自動的に開いた。その目の前には!

「ようこそ、神奈川県立野毛山公園内動物園総合学校へ!」

 と二百人くらいの男女が、濃いグレーのスーツとライトブルーのネクタイをして待ち構えていた。女子は同色のリボンでスカートを履いている。パッとみただけで、この男女たちが美男美女だとわかる。絶対に公務員試験を受けて入ったメンバーじゃない。何かしらのオーディションをしたに決まっている。ここは学校じゃない。宝塚かジャニーズ事務所だと、新丸子は思った。その後ろで、大学が、

「ようこそ、東京フレンドパークだね、こりゃ」

 と一人笑っていた。

「ところで、水沢って女性はどこだ?」

 新丸子は首を傾げた。すると、

「ギギギ」

 とアンティークな玄関がゆっくりと開いた。そこから現れたのは?

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