第19話 よろしくま・ぺこり の大阪壊滅大作戦
警視庁捜査一課の日吉慶子巡査部長と反町隆史巡査は横浜市中区野毛町に来ていた。まずはちびっこ剣道教室を主宰する石川という老人に会ったが電話以上の成果はなかっった。
「ちょっとこの近隣で話を聞いてみましょう」
日吉慶子が言う。
「しかし、三年も前のことです。覚えているかどうか。まあ、でもやって損はないですしね」
「いいことを言うわ。誰かとは大違いね。とりあえず、やってみましょう。あなたは飲屋街をお願い。あたしは住宅街を聞いて回るわ」
「はい」
二人は別れて捜索を開始した。
反町の予言した通り、三年前のことなど誰も覚えていなかった。徒労に終わるのかと、慶子の心が折れそうなとき、大きな森のようなものが見えた。
「へえ、動物園があるんだ。あら、しかも無料だって。素敵ね」
一瞬童心に戻った慶子だったが、心を入れ替えて、動物園の向かいのちょっとゴージャスな家に入る。表札には秋山と書かれていた。チャイムを押すと、老齢の婦人が出て来た。
「なんでしょう?」
「わたくし、東京の警視庁のものです。実はかくかくしかじかで……」
「あら、わたし覚えてるわ。あの夜にねえ、いけないんだけど、ゴミ捨てに行ったの。わたし、お寝坊さんなのよ。そしたらね、今時珍しい着流しを着て、徳利片手に陽気に小唄を口ずさんでる人がいたのよ。気持ち悪いわねえと思っていたら、腰に木刀を持ってるのよ。警察を呼んだほうがいいかと思ったらね、近所の真実くんが、その人に声をかけたわけ。真実くんってかっこよくて頼りになる青年なのよ。そしたら、その気色悪い人、ニコニコ笑って、真実くんについてどこかへ行ったわ。話はそれだけよ」
「真実という人のことをもう少しご存知でしたら教えてください」
「ああ、動物園の隣に水沢さんて女性が住んでいるんだけど、古い言い方だけど、そこの書生さんみたいよ」
「恋人とかではないのですか?」
「全然違うわ。水沢さんはあんまり表に出てこないけれど、今も女優さん。それも若いのに大女優。たまにお出かけになるときは大勢の使用人達が見守っているの。真実くんは使用人とはちょっと違うけど、最敬礼よ。水沢さんって、相当のお嬢様だわ。まだ若いのにねえ、気品があって、貫禄みたいなものがあるのよ」
「水沢さんの家はどこですか?」
「すぐそこの一番大きな、もうわたしの家なんていぬ小屋みたいに見えるお屋敷だわ」
「ありがとうございます」
慶子は一礼すると、走り出した。
なるほど、これはすごい豪邸だと慶子は思った。グレーに塗られた柵の端は見えない。季節の木々が植えられた庭。その全体はもちろん見渡すことができない。固定資産税がたいへんだろうと勘ぐってしまう。そして、ライトブルーの美しい屋敷。ちょっと気後れする。反町を呼んで二人で入ろうかと思ったが時間がもったいない。玄関、いや門にあるチャイムを鳴らす。しばらくして出て来たのは、使用人とは思えない、美しい着物を身につけた女性だった。なんと、顔はノーメークなのにキメが細かくて雪のように白い。口紅だけはしているようで、そこだけが薔薇の花のようだ。さっきよりもずっと、気後れしてしまった。反町を呼ぶべきだったと後悔するがもう遅い。
「け、警視庁捜査一課の日吉慶子巡査部長であります」
あれ? なんで最敬礼しちゃってるんだろう。
「うふふ。緊張なさっているのね。新人さん? ああ、巡査部長だから違うわね。緊張症なのかしら?」
「い、いいえ。そんなことはありません」
「汗をお拭きなさいな。でも、東京の方がなんでこんなところに?」
「はい。銘抜刀という殺人の容疑者を探していましたところ、この近辺に出没したとの情報が入りましたので、まいりました」
「銘抜刀さんね、覚えていますよ」
「えっ、本当ですか?」
「ええ。あれは三年前くらいだったかしら。ウチの真実が道で意気投合したと言ってお連れしましたよ。なんだか陽気におささを飲んでいました」
「そのあとは?」
「さあ。翌朝、お布団をきれいにたたまれて、「お世話になりました」と一筆残して、消えられました」
「そうですか……あの、真実さんという方にお会いしたいのですが?」
「ごめんなさい。真実、羽鳥真実というんですけど。四月からベネズエラにボランティアに行ってしまったの。あそこは簡単には連絡が取れないでしょ。どうしてもというなら、そちらが出向いてくださらない?」
「なぜ、そんな危険な場所へ?」
「真実は根っから、人助けが好きでしてねえ」
「あの、失礼ながら、奥様と真実さんのご関係は?」
「やだ、奥様なんて。あたし、花の独身よ。あのね、あたしの亡くなった母が昔、養護施設の理事長をしていたの。真実はそこの卒業生よ」
「重ね重ね、失礼しました。これにて、帰らせていただきます」
「待って、お茶を点てるから飲んでいらっしゃい。面白いお話でも聞かせてよ」
「は、はい」
「うふふ」
慶子は茶室に招かれた。水沢のお嬢さんは聞き上手で、警視庁の内密の話を慶子は全部話してしまった。
「ああ、久しぶりに楽しかった。またいらっしゃいな」
「ありがとうございます」
慶子はなんだか、狐につままれた思いであった。
ぺこりの居室、四畳半の部屋に舞子がやって着た。
「ぺこりさん」
「ああ、舞子か。ちょうどお茶が飲みたかったんだ」
「それは良いタイミングでしたね」
「で、用事は何かな?」
「ええ、今ね。警視庁の人間が来て、抜刀さんのことを尋ねられたの」
「それで?」
「まあ、適当にごまかしといたわ」
「そうか。警視庁もバカじゃないんだね。あの、祐天寺さんのマネキンを斬ったのが抜刀だと気が付いたのかあ」
「でね、ついでだから彼女。ああ、女性刑事だったの」
「美人だった?」
「ええ、とっても」
「見たかったなあ。なんで教えてくれないのさ。ジェラシー?」
「あたしは井上陽水じゃないわ」
「そのジョーク、読者に伝わるかな?」
「なにを言ってるの?」
「いや、別に」
「でね、彼女をお茶に誘ったの。その時、ちょこっとだけ自白剤を垂らしてみたのよ」
「危ないことするなよ」
「そしたら、面白い話をたくさん聞けたわ」
「どんな話だい?」
「あんなことやこんなこと」
「ははは。それは愉快で、役に立つ」
「でしょ」
「ところで、ウチと抜刀の話を刑事にしたのはどこのご近所さんだい?」
「秋山のおばさまみたいよ。彼女、おしゃべりだから」
「秋山さんのご主人はどこにお勤めだったっけ?」
「確か、マルハニチロの人事部長さんだったわ」
「そうか、じゃあアラスカの工場長に転勤してもらうか」
「夫婦揃っていかなくちゃならないようにしてね」
「もちろん」
「まあ、それはそれとして、抜刀の件は少し気になる。やつらの目をそらすために、あの作戦を実行するとしよう」
ぺこりは立ち上がり、総員出撃命令を出した。
会議室に十二神将が集まる。
「警視庁もバカではなかったようだよ。偽物の祐天寺さんの頸を斬ったのが抜刀だと知れてしまった」
ぺこりが切り出す。
「ああ、さすが警視庁ですな。剣術の達人がおると見える。実はわしの斬り込みには悪癖というか、欠点がありましてな」
「ほう、どういう?」
「斬り込んだ瞬間、左腕を鞘から離してしまうんじゃ」
「へえ、なんで?」
「若い頃、ダンプカーに轢かれましてな。左手を大怪我してしまったのじゃ」
「どうせ、酔っていたんだろ?」
「面目ござらん」
「ははは。まあいいさ。でもね、ここに目をつけられるのはあまり、よろしくない。そこで、前々から計画していた、カッパーキングによる、大阪壊滅作戦を行う」
「はっ」
「まずは、府民のシンボル、大阪城。それから、大阪府の新庁舎のほうね。それから通天閣。で、最後はにっくきタイガースの本拠地、阪神甲子園球場だ。事前に爆破予告を出して、被害者が出ないようにしろよ」
「ぺこりさま」
三木麻臼が手を挙げた。
「なに?」
「阪神甲子園球場は兵庫県ですよ」
「え? 嘘だろ」
「いえいえ本当です。西宮市です」
竹馬涼真も続く。
「でもさあ、おいら、プロ野球大図鑑で見たよ。昔は大阪タイガースだったって。それに本拠地が一度もかわってないって!」
「さあ、詳しくは我々も知りませんが、兵庫県なのは確かです」
「ふん、でも破壊するのは甲子園! 京セラドーム大阪を破壊したって府民はがっくりしないだろ」
「左様に存じます」
「よし、じゃあメンバーは麻臼、鋼太郎、真実、涼真だ。抜刀よ空飛びたいか?」
「ご、ご勘弁を」
「それから仲木戸科学技術庁長官と、鈴虫くんもね。よし、では準備開始!」
一週間後、大阪に突如……ではないな、予告はされてあったから。とにかく、出現したカッパーキングによって大阪の主要な場所は壊滅状態になった。大阪府警は、爆弾テロを警戒していたので、まさか、空から怪獣が飛んでくるとは思っていなかった。そして、ぺこりの希望通り、阪神甲子園球場は破壊され、長い歴史が無残なことになった。余談だが、タイガースは甲子園球場の再建まで三年に渡って、京セラドーム大阪とほっともっとフィールド神戸をホームとするジプシー(ロマ)球団になってしまった。
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