第17話 よろしくま・ぺこり の大暴走
かすかな機械音が目覚ましとなって、祐天寺真一は目を覚ました。だが、目が覚めたことを周囲の人間に悟られぬように注意して周囲を観察した。どうも、先ほどいた場所とは違うようだ。調度品は相変わらず豪華だが、少し小ぶりになっている。そして何より、窓がない。監獄なのだろうか? いや、それにしては快適すぎる。今、横になっているソファーなどはフカフカだ。そして、なぜか先ほど、にらめつけていたゴッホの絵がいまだ、壁にある。同じものか? 複製品か? それとも、何か特別な意味でもあるのだろうか。そして、体に浮遊感がある。何か薬を注射されたのだろうか? いや、気絶している人間にわざわざ薬など用いることはないだろう。もう少し、観察を続けたかったが、不覚にもくしゃみをしてしまった。だれかが近づいてくる。
「お目覚めですか、祐天寺さん。よっぽど驚いてしまったのね。ごめんなさい。お加減は大丈夫? ご気分が悪かったら言ってくださいね。医師を呼びますから」
確か、舞子と呼ばれてした女性だ。たおやかで美しい。でもどこか、崩れているというか清楚な中に何か独特な雰囲気がある。不思議な人だ。
「ねえ、祐天寺さん。もう、巨大なクマを見ても気絶しない? 無理なら言ってくださいね」
「はい。先ほどは、不意をつかれたので、恥ずかしい所業をお見せしてしまいました。今なら、大丈夫だと思います。しかし、あの巨大なクマはなんなのですか? 私を食い殺させるための野獣ですか?」
「ふふふ。あなたを殺す気なんて、あの方は毛頭考えていませんよ」
「あの方とは? この組織の首領ですか?」
「そうですよ」
「首領が、私に会うというのですか?」
「そう」
「ならば、こちらも腹を据えてかかりましょう」
「それがいいわ。また気絶するといけないから」
「えっ?」
その時、扉が開いた。羽鳥真実と竹馬涼真が入ってくる。そして……
「やあ、先ほどは驚かしてごめんね。時々さあ、自分が巨大なクマだって忘れちゃうんだよね」
最後に入ってきたのはクマ。しかも喋った! 祐天寺はかなり混乱した。しかし、クマの口調はとてもフレンドリーだった。そのことを思うと、心拍数が少し下がったような気がする。
クマは用意された巨大な椅子に座った。
「よっこいしょ。おいら、椅子は嫌いなんだよね。でも、この洋室であぐらは似合わないってみんながいうんだ。まあ、一番いいのはお布団なんだけどさ。ここにはないからね!」
クマは手前勝手に話している。声色はとてもやさしい。なんなんだこのクマは? 用心棒か? それにしては偉そうにしている。
「私は警視庁捜査一課の祐天寺真一です。貴公は一体何者ですか?」
祐天寺は我慢できなくなって、クマに尋ねた。
「ああ、おいらね。まあ、あんまり世間に浸透していないみたいだけど、今は『悪の権化(仮称)』を名乗っている、あなた方からみればテロリスト集団を率いている、よろしくま・ぺこりっていう者だよ。気楽にぺこりって呼んでくれよな」
「えっ、貴公が警察庁、警視庁連続爆破事件や東京鉄道連続爆発事件の首謀者なんですか?」
「貴公はやめようよ。ぺこりって呼んでよ」
「はあ、ぺこり殿が全ての黒幕……」
「ねえ、殿もやめてよ、こそばゆい。さん付けで頼むよ。まあ、作戦を立案、実行したのは部下たちだけど、責任者はおいらだよ」
「あの、クマなのに、どうしてそんなことが? 根本的になんで言葉を話せるんですか? 知能もかなり高いようですが、なぜに?」
「おいらねえ、ハーバード大学の大学院を卒業しているんだよ。ちょっと自慢なの。まあ、どうしておいらがこんななのかは、説明に相当な時間がかかるからさ。今日は割愛。きみとは長い付き合いになりそうだから。ゆっくりとね」
「なぜ、私と長い付き合いになるんですか? 私は、あなたを逮捕するのが役目ですよ」
「ふふふ。それは無理だよ。きみ、ご家族は?」
「妻と、娘が……」
「おいらは気楽な独身さ」
「まさか? 二人に何かしたのか!」
「いいや、元気に生活しているでしょ。おいらが言いたいのは、家族をもっと幸せにするための提案だよ」
「?」
「おいらは優秀な人材を欲している。ズバリ言おう。今の給料の五倍出す。ボーナスは年に三回。週休完全二日制。きみの場合は土日がいいかな? 娘さんと過ごしたいでしょ。就業時間は八時間。フレックス制。残業代は全額支給。昇給あり。幹部登用あり。これでどう?」
「……どうと言われても。私にも警察官としての矜持があります」
「ああそう。でも、考えてごらんよ。現在の警察の腐敗を。きみたち、ノンキャリアが一生懸命汗水垂らしたってさ。世の中ちっとも良くならない。おいらはねえ。今はテロリストもどきをやっているけど、最終的には日本人を幸せにしたいんだ。心豊かな人間を作る。そのための資金は十分にある。どうしてかは言えないけれどね。ああ、そうだ。今、きみはどこにいるか知ってる?」
「ぺこりさんの秘密基地では……」
「ふふふ。ウィンドウ、フルオープン!」
ぺこりが小型マイクに叫ぶと、壁がいっせいに下がり、巨大な窓が出てきた。
「見てごらん」
ぺこりが誘い、祐天寺が窓から下を覗く。
「こ、これは!」
「大東京、大パノラマさ。この、乗り物こそ、ぺこりの怪獣ロボット『カッパーキング』だ! きっと下にいるヒマな望遠鏡マニアはUFO出現! って騒いでるよ。ははは」
祐天寺はぺこりのスケールの大きさにやられてしまった。
「まあ、即決する必要はないよ。でも、早く決めたほうが家族に会えるのも早くなるよ」
そういうと、ぺこりたちは部屋を出て行った。施錠はされていなかった。
カッパーキングが地上に戻ると、ぺこりは科学技術庁長官の仲木戸礼一と、カッパーキング製造責任者、古代鈴虫を呼んで激賞した。
「この短期間で、これほどのロボット怪獣を作り上げるとは見事だよ。二人には特別なお礼をしなくてはね」
「ありがとうございます」
「これで、大阪府民をびっくりさせてやろう。彼らがタイガースのことを忘れちゃうくらいにね」
「はっ」
「ではその前に、警察官僚を驚かしてやるか……」
パシフィコ横浜で警察庁広域区域重要指定事件の対策会議が行われている最中、警視総監遠山勝元に一枚のメモが渡された。
「な、なんだって! おい、ここにはモニターみたいなものはないのか?」
遠山は叫んだ。
「あ、あります」
と施設の人が慌てて、天井から巨大なモニターを下ろす。
「この、SNSに繋げてくれ」
遠山は施設の人にメモを渡す。
モニターには中東の砂漠のようなものが映っていた。真ん中にオレンジ色の袋状のものを着せられた人間がいる。
「あ、あれは!」
「祐天寺係長! どうして?」
続いて画面に覆面をした男が現れた。手にはになぜか日本刀。どうも年配の武芸者に見える。男は画面に一礼すると、祐天寺の後方に立ち、日本刀を鞘から出す。
「ま、まさか」
男は目にもとまらぬ速さで祐天寺の頸を一閃した。
「キャー!」
「わあー」
大会議室は大混乱となった。そして、SNSは画面から消えた。その間、一切の説明もなかった。
「な、なんという……」
呆然とする、遠山警視総監。
「ゆ、祐天寺係長!」
新丸子課長はじめ、捜査一課の面々は顔面蒼白になっていた。
「この仇は必ず、必ず俺が……」
新丸子は両手でズボンを握りしめた。
「はい、カット。ナイスですよ銘将軍」
撮影監督が銘抜刀を褒める。
「何を抜かす。マネキンを斬るなんて、名刀、同田貫に申し訳ないわ」
「マネキンとは違いますよ。ハリウッドからきた特殊造形作家が寝る間も惜しんで作った、祐天寺さんの……ああ、マネキンかあ?」
「ほれみろ。わしは不機嫌だ。帰って酒を飲む」
「ははは、抜刀らしいな。ところで祐天寺さん。自分の頸をはねられた気分はどうですか?」
ぺこりが尋ねる。
「それは、いい気分ではないですよ。しかし、なんでこんな真似をするんですか?」
「うん、一つは警察機構にショックを与えるという、まあ、ちょっとしたイタズラだね。もう一つはきみの存在を消しておいた方が、あとあと便利なんじゃないかなあという推測ね」
「推測ですか?」
「勘とでも言っておこうか。きみにはさあ、おいらのそばにいていろいろと相談にのってもらって、なおかつ、実戦の指揮もとってもらいたいわけ」
「十二神将という方々がいると聞きましたが?」
「彼らはさあ、まだ若かったり、アクが強すぎるんだよ。きみみたいな、しっかりした真っ当な大人の指揮官が、おいらは欲しかったのさ」
「それは、少し買いかぶりですよ」
「いやいや、おいらの人を見る目は鋭いよ。まあ、よろしくね」
「はい」
こうして祐天寺はぺこりの組織に入ってしまった。
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