第15話 よろしくま・ぺこり のロボット怪獣計画
悪の権化、よろしくま・ぺこり は窓の外を眺めながら小唄を口ずさんでいた。
「梅は〜咲いたか〜桜はまだかいなっとな」
「うふふ」
背中で水沢舞子が笑う。
「何がおかしい?」
「相変わらず音程がズレてるわ」
「音痴ってことか!」
「まあね、でも、はっきり言っちゃうと角が立つわ」
「うぬぬ、言ってるわ。はっきりとな。なら至急DAMを持ってきなさい。おいらがMr.Childrenの『HANABI』を声高らかに熱唱しちゃいます。舞子、きみはきっと泣くよ」
「そうね。きっと、おかしくってね、お腹がよじれちゃって。それに、DAMを持ってくるとぺこりさんの嫌いなJASRACにお金を払うことになるからやめときなさい」
「うぬ。そうか……じゃあ、また別の機会にな」
「はい」
「でね、舞子ちゃん」
「なんですか」
「おいら、抹茶もいいけど、コーヒーや紅茶もたまには飲みたいなあっと思っとります」
「あら、ごめんね。でも、あたしがお抹茶が好きなの。我慢してね」
「ああ、このお抹茶はきみの飲む分のついでだったんだあ……」
「そんなことないわよ。心を込めて立てていますわ」
「それは、どうもありがとう。ああ、そうだ! 科学技術長官を呼んでくれないか?」
「仲木戸さんね。わかりました」
しばらくして、緊張した表情の男性が呼び出しを請うた。
「大元帥様、仲木戸でございます」
「おう、入ってくれ」
「はっ」
舞子が襖を開けてあげる。
「かたじけない。仲木戸、参上致しました」
科学技術長官、仲木戸礼一(なかきど・れいいち)である。
「おう、まあ座布団に座ってくれ。あぐらでいいよ。あぐらで。舞子、仲木戸くんにお茶だ。絶対に抹茶だぞ!」
「はいはい」
「仲木戸くん、緊張するのはやめなよ。おいらはクマだけど、きみを襲って食ったりしないからさ」
「はい。大元帥様のおやさしさは周りでも評判でございます」
「大元帥もやめてくれ。ぺこりでいい」
「はい。ところで、今回は何の御用でございますか?」
「ああ、今度ねえ、大阪のおばちゃんたちのさ、度肝を抜いてやろうと思うんだ。それでさあ、きみにロボット怪獣みたいなものを作ってもらいたいんだ。大阪城をぶっ壊したゴモラみたいなやつだよ」
「ぺこりさま、ゴモラタイプは残念ながら、無理ではないかと……」
「なんで?」
「大阪に、制作拠点を作れるなら可能ですが、おそらく、ぺこりさまはこちらの地下工場での制作を考えていらっしゃると思います。そうすると、大阪までの輸送ができません」
「ああ、そうか!」
「そこで、私がご提案したいのは、ガメラタイプです」
「ガメラか。クルクル回って空飛ぶやつね。うんうん、それでもいいよ」
「しかし、そうしますと、航空力学に精通したものが必要なのですが、我が組織には残念ながら……」
「ありゃ、いないんだ」
「はい」
「じゃあ、外部から招聘すればいいじゃん。金はたくさんあるよ。その道の第一人者を連れてきちゃいな」
「はい、ぺこりさま」
「うぬぬ、その顔は誰か当てがあるみたいだな?」
「はい、航空宇宙大学の古代鈴虫(こだい・すずむし)教授を推薦します」
「鈴虫? 変な名前だな」
「本当は鈴務というのですが、幼少時から鈴虫の虜で自分で改名しました。もちろん通称です。家に千匹くらい飼っていまして、秋になるとご近所からの苦情が殺到しました。で、やむなく逃がしたのです」
「手塚治虫先生みたいだな。しかし、ならばなんで生物学に進まなかったんだろうね?」
「なんでも、音を出さない鈴虫を作ろうと考え、勉強しているうちに空を飛ぶということに興味が移り、そちらの研究に没頭したのだそうです」
「それで、航空力学ね。しかし、鈴虫くんのことよく知っているね」
「はあ、実は子供の頃、両親が離婚しまして……鈴虫は私の弟なのです」
「ああ……まあ、お茶でも飲んでね」
ぺこりは少々気まずい気分になった。
「まあいいや。この件は任せるよ。よろしく」
「はっ」
仲木戸は去って行った。
「これだけ、人数がいても、足りない部分があるんだなあ。あっ、舞子、かっぱくんはどうした? 人力車は?」
「えっ、知らないの? おとといの夜中に、みんなで走って帰ってきましたよ。道の周りの人たちが見たら、びっくり仰天でしょうね」
「かっぱくんは?」
「あの人は渋谷から東横線で帰ってきましたよ。東横線は無傷でしたからね」
「なんだ! あの野郎。報・連・相の原則も知らないのか。舞子、トンカチを出せ。あいつの皿をかち割ってやる」
「乱暴はおよしなさいな。唯一のお友達でしょ」
「うぬ。お皿は割らないから、呼んでこい。至急だ!」
「はいはい」
しばらくして、かっぱくんがのんきにやって来た。
「おい、てめえ。なんで帰って来たことを報告しない?」
「す、すみません。花粉症が悪化して、入院してました」
「へえ? 花粉症って入院するほど悪化するの?」
「なんか、ぼくだけみたいです。特異体質なのかな?」
「そりゃあ、河童は特異体質だろうな。人間じゃないもの。で、調子はどうなの?」
「ようやく、今朝退院しました。実費なんでバカ高かったですよ」
「おいらだったら、医療費は無料だったのにな。まあいい、人力車作戦はどうだった?」
「都民の皆さんに大変喜ばれました」
「そう。それは良かった。しかし、余計なことを最後にやったな。きみの指令か?」
「違いますよ。目端のきくやつが、客走の途中で、そのお客が警察官だって気づいちゃって、仲間を呼んで拉致しちゃったんですよ。僕は悪くないです」
「きみはつくづく、マネジメントのできない河童だな。泳げないしさ」
「泳ぎは関係ないでしょ」
「ただの嫌味だよ。まあ後のことは羽鳥真実に任せてあるから、きみはとうぶん草刈りと城の掃除でもしていなさい。お手洗いもピカピカにね」
「えー」
「はい、さよなら。舞子、かっぱくんのお帰りだよ」
ぺこりは手を叩いた。
「さて、三千からの人力車が一気に帰ってきたら、ご近所さんにはご迷惑だっただろう。舞子、なんかお詫びの品でもお持ちしなさい」
「ええ、もうしてありますよ。馬車道十番館のお菓子をね。それに盆と暮れには付け届けをしていますから、大丈夫ですよ」
「なんだ、舞子も気が効くようになってきたな」
「これだって、女ですもの」
「うむ。すまんな。不便をかけてしまって」
「いいえ、これがあたしの天命」
「…………」
航空宇宙大学の古代鈴虫教授は兄である仲木戸科学技術庁長官の誘いに簡単に乗ってきた。その理由はギャランティというよりも、研究費用を無尽蔵に使えるというところにあった。早速、ぺこりと面談する。
「古代でございます。平素は兄がお世話になっているそうで」
「堅苦しい、挨拶は無用だよ。おいらがぺこりだ。そのままぺこりと呼んでくれ。おい、舞子。お茶をお出ししなさい。抹茶だよ、抹茶」
「ごめんなさい。抹茶を切らしているの。コーヒーでよろしいかしら?」
「ありがとうございます」
ムッとするぺこりに向かって、舞子は舌をペロリと出した。どうも、いたずららしい。
「さて、ぺこりさま。兄から簡単にガメラのようなロボット怪獣と伺いましたが、攻撃能力は強いほうがよろしいですか?」
「うーん、どうだろう。当面はこけおどし用なんだけど、将来は航空自衛隊と戦うかもしれないな」
「なるほど。そうすると、ミサイルや、レーザー光線の準備が必要ですね」
「そだね」
「機体としては二種類のご提案があります。一つはジェットエンジン、ロケットエンジンを組み込んだものです。パワーが出ますが、敵から攻撃を受けた時、燃料が爆発してしまう危険性があります」
「なるほどね。で、もう一種類は?」
「ドローン技術を応用したものです。これなら、エネルギーに電気を使えます。ただし、今の所、鋼鉄の巨大な物体を浮上させられるドローンはありません。ただ、理論的には可能なので、膨大なエネルギーを貯蓄できるバッテリーの開発が必要になります。これにどれくらい時間がかかるかは私にもわかりません。ですから、お急ぎならば、ジェットエンジンを、じっくり待てるというならドローン方式をお勧めします」
「わかった。鈴虫くんはドローンの方を完成させる自信はあるかい?」
「あります。ただ、繰り返しますが完成までの時間がわからないのです」
「了解した。おいらはドローン方式を選びたい。鈴虫くんはいくら費用を使っても、研究員を使ってもいいから、なるだけ早く完成させてくれたまえ」
「はい。まずは設計図を書かねばなりません。武器や装具は研究員の方々にお任せできると思います」
「よし、無理はしないで頑張ってくれ。ウチは八時間勤務の基本残業ナシ。万が一、残業が発生したら、働いただけ出すから、安心して。公休日は毎週二日。好きな曜日に休んで。ただ、基本は固定でね。有給はキャリア採用だから二十日だね。四月始まり、三月締め。年末年始、盆休みはフレキシブル十日間だから」
「ぺこりさま?」
「なにか問題でも?」
「あまりにも待遇が良すぎます。仲間も転職させてもらえませんか?」
「何人くらい?」
「十人です」
「まったく問題ナシ。明日からでも来てもらっていいよ。服装はカジュアルでいいから」
「ありがとうございます。ああそうだ。新しいロボット、どんな形状にしますか?」
「ううん……カメは諸事情でダメなんだ。タコは嫌だな。イカは塚っちゃんに悪いし……仕方がない、河童にしてもらえる?」
「はい、かしこまりました」
ぺこりの新しい、テロリズムが始まろうとしていた。
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