第14話 新丸子課長の心情
警視庁捜査一課長、新丸子安男は、小さな機械を机の上に放り投げた。そして、ため息をつく。
「祐天寺……」
じっと天を仰ぐと、天啓を得たかのように前方を見据え、両手で柏手を打った。
「課員、全員集合。班に関係なく全員だ!」
「課長、集合場所は?」
日吉慶子巡査部長が尋ねる。
「あっ、ごめん。急に思いついたんで会議室予約してないや。日吉、悪いけど予約して来て。全員一旦解散!」
課員がみんなずっこけた。
赤面する新丸子の机上の電話がなった。
「はい、新丸子」
「ああ、忙しいところすまない、遠山です」
「あっ、総監!」
思わず立ち上がる新丸子。
「おいおい、慌てなくていいよ。ああ、祐天寺くんのこと聞いたよ」
「も、申し訳ございません」
「何を謝ることがある。拉致されただけだろう。殺されたわけじゃない」
「しかし、相手は前の警察庁長官と警視総監を殺害しております。祐天寺くんも警察の一員。残念ながら……」
「何を悲観的なこと、言っているんだ。拉致までの道行の録音媒体があるんだろう。全力で捜査すれば、必ず、見つかる。テロリストはこんな大規模事件を惹き起しながら二人しか殺害していないんだぞ。なんなら、私も捜査に加わったっていい」
「そ、総監。ありがとうございます。捜査会議には是非ご出席ください」
「あ、ごめん。これから警察庁長官の矢部義則(やべ・よしのり)くんに会うんだ。私たちは同期でね。いいやつだから、協力してくれるよ。じゃあ、頑張って」
ガクッときた。まあ、警視総監が捜査に加わるなんて、テレビ朝日のドラマみたいだな。そう思っているとまた電話がなる。たぶん、副総監の甲斐からであろう。嫌味を言われるのは確実だ。ナンバーディスプレイをみると、ほーら、甲斐である。イヤイヤながら新丸子は受話器をとった。
「新丸子捜査一課長。電話は3コールまでに出ると新人研修で習わなかったかね?」
「すみません。約二十年前のことなもんで……」
「私の電話に出たくなかったんだろ?」
「い、いやあ、今日はいいお天気ですねえ」
「ああ、おかげで私の花粉症もいい感じに出現しているよ」
「そ、それはお大事になさってください」
「なぜ、医師や看護師は『お大事になさってください』というのだろうか? 恥ずかしながら、私は昔、メンタルクリニックに行ったことがあるんだが、そこでも言われた。体に異常はないのにな。不思議だ」
「ま、まあ定型句とでも言いましょうか……しかし、副総監が、メンタルクリニックとは意外ですね」
「どうせ、きみたちは私を冷酷な機械のように思っているんだろう。しかし、私も人間だ。若い時からキャリアとして、生き残るために、唇の端を噛み切って、出血したこともあれば、駅のホームから飛び降りたいと思ったこともある」
「そ、そうなんですか?」
「逆に友人たちを悲惨な事件で失ったこともある。あるやつはバスルームで手首を切り、あるやつは自分の住む、可愛い家族の住むマンションだぞ。そこから飛び降りた」
「…………」
「キャリアっていうのはな、失敗が許されないんだ。いや、許されはするんだが、周りの蔑みが半端ないんだ。私は遠山さんが羨ましい。彼は何度も左遷させられながら、持ち前のバイタリティでのし上がってきた。気がつけば、私の上司だ」
「なんでしょう、副総監に対するイメージが変わりました」
「そうか。だが、恐れていてくれた方がいいんだが。ああ、余計なことを言ってしまった。私も疲れているのだろう。それで、例の捜査一課警部の拉致事件なんだが」
「はい」
「捜査会議に私や上層部の者数名も参加させてもらう。役職は作者が面倒がって調べていないので割愛する」
「はあ?」
「私が何かおかしなことを言ったか?」
「い、いいえ。空耳だと思います」
「何か、拉致に関わる音声データがあるんだろ?」
「はい、祐天寺警部が送信機を用いて、本部に音声を残していました」
「うん、優秀な男のようだな。なんとか救出したい。状況は厳しいかもしれんがな」
「はい」
「とにかく、会議で会おう」
「はい」
新丸子は考えた。あの甲斐副総監ですら苦しむ、キャリア制度ってなんだ? そしてこうも考えた。「いけねえ。俺も一応キャリアなんだあ」
課員が全員、新丸子を可哀想な目で見た。
そこへ、
「課長、大変です!」
綱島が走り込んできた。
「どうした? いぬのフンでも踏んだか?」
「冗談言ってる場合じゃないですよ。人力車が……」
息を整える、綱島。
「人力車がどうした?」
「町中からいっぺんに消えてなくなりました」
「なんだって? まだ交通網も完全じゃないのに」
「課長、これは祐天寺係長拉致事件と関わりがあるのでは?」
日吉慶子が言う。
「そうだろうな……」
額に両手の親指を当てる、新丸子。でも、別に何も考えていない。いや、一つだけ潜在的に考えていた。煙草吸いたいなあ。
祐天寺警部誘拐拉致事件の捜査会議が始まった。冒頭、祐天寺が録音したという音声データが公開された。
「なるほど、埼玉まで行くとは、祐天寺という男は頭が切れるようだな、新丸子係長」
甲斐副総監が言う。
「それは、実務にかけて私たちは彼の足元にも及びません」
新丸子が答える。
「だが、敵はそのことによって警戒を強めたんだな」
「相手が上手のようでした。人力車にはハイテク装置がついていました。それで、仲間を呼んだのでしょう」
「最後、注射を打たれたようだが?」
「恐らくは催眠剤だと思われます。毒物ならば、死体を現場に残しておくか、もうどこかで発見されているでしょう。暖かくなってきました。死体はすぐに腐敗してしまいます」
「と言うことは、生存の確率は?」
「高いと思われます」
「日吉、綱島、目撃情報は?」
「今のところありません」
「ただですね、僕が気がついたのですが、あれだけ走っていた人力車が東京から消えてしまった模様です」
綱島が自慢げに言う。
「それはどう言う意味だ?」
甲斐が尋ねる。
「祐天寺係長を拉致したことによって、東京で仕事がしにくくなったのではないでしょうか?」
「ほう」
「もともと、運賃は五百円です。儲けるためというより、ボランティアだったのでは?」
日吉慶子が続ける。
「なるほど……ならば、組織名などを明らかにして、世間に名前を売っても良さそうだが?」
「副総監、それをしないのは、人力車の運営が悪の組織によって行われたということではないでしょうか」
「確か『悪の権化(仮称)』という組織が、犯行声明を出していたな」
「ふざけた名前なので、皆が無視していました」
と新丸子。
「ちょっと、調べて見たほうがいいんじゃないか? しかし、鉄道網を破壊する一方で人力車で人々を助ける。変わった組織だな」
「よし、すぐに行動開始だ。第一班は日吉、綱島、菊名、大倉山。第二班は反町、白楽、田園、渋谷だ!」
「はい」
「あのう、私は?」
取り残された女性刑事、小杉が戸惑った表情で尋ねる。
「きみは私と遊軍だ。いつでも動けるように備えておけ!」
「ああ、はい」
(……大丈夫かな? この娘?)
内心で新丸子は思った。
「では、会議は終了だ。報道管制を敷くから、このことはおもてに出ない。もし、知っているやつがいたら逮捕してしまえ」
甲斐が叫んだ。なんか、キャラクターが変わってしまった。作者が思いつきで書いているからである。
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