第13話 よろしくま・ぺこりの次なる一歩

 横浜野毛山動物園に密かに建てられているよろしくま・ぺこりの居城。その会議室にぺこり軍の精鋭、ぺこり十二神将が揃い、定例の御前会議が開かれようとしていた。十二神将の面々は甲冑などではなく、お揃いの濃いグレーのスーツに銀色にも見えるライトブルーのネクタイをしていた。当然、誂えものであり、横浜高島屋のベテラン職人たちが毎年三月に新しいスーツを仕立てに来る。あら? 秘密の城に人を入れちゃっていいのかしらと思う方もいらっしゃるだろうが、仕立ては表にある別館で行われているので、職人たちは組織のことは何も知らない。仮に知ってしまっても口外することはまずないであろう。そんなことをすれば、いくらぺこりの組織でも、刺客を送り込むに決まっている。ぺこりの組織には優秀な刺客が何人もいるのだ。ただ、その方面の仕事がほとんどないので、訓練の時間以外は主に雑用をしている。ちょっと、モチベーションが下がりそうなものだが、お給金が業界他社の十倍なのと、たまに視察にくる、ぺこりのカリスマ性に惚れ込んで、皆が一生懸命勤めるのだ。


 ここで、少し面倒ではあるが(作者がです)、十二神将の顔ぶれを見て行こう。恐らくは、このお披露目が最後の登場となる将軍もいるであろうと思われる。


 会議室のテーブルは馬蹄状になっている、そして一番左に座るのは子の将軍、三木麻臼。彼は既出なので覚えていられる方もおられるだろう。目端の効く男であり、背は低いが気宇壮大と言われている。丑の将軍は土佐鋼太郎(とさ・こうたろう)。頑強な男だ。戦闘の際は守備に就くことが多い。ぺこりの守り盾とも言われる。寅の将軍は目白弘樹(めじろ・ひろき)。沈黙の将軍と呼ばれ、滅多に口を開くことのない無口な男である。しかし、一度、剣を抜けば進んだ道は真紅に染まると噂される。卯の将軍は関根勤勉。老将である。この者も既出である。辰の将は竹馬涼真。抜擢されて間もない若き将軍である。巳の将は蛮将、蛇腹蛇腹。こいつは決して真っ当な男ではない。卑怯な真似はするし、部下に暴力は振るう。パワハラ野郎だ。誰もがこの男を将軍にすることを反対したが、なぜか、ぺこりが推挙した。蛇腹の心の悲しみを読み取っていたのだ。二人で懇々と話をした後、蛇腹は言った。「俺はこれからも変わらないぜ。邪道な蛇腹だ。でも、ぺこりさまへの忠誠はなあ一番になってやるぜ」。午の将は勝栗洋三(かちぐり・ようぞう)とにかくスタミナがある。未の将は最年長、銘抜刀(めい・ばっとう)恐ろしき一刀流の使い手だが、いつも徳利酒を飲んでいる。完全なアル中である。申の将は門木鳶山(もんき・とびやま)。俊敏な攻撃力を持つとともに、資材調達の名手でもある。酉の将は既出の羽鳥真実。聡明な男だが、シャレの効いた部分もある。割合、ぺこりに仕事を指名されることが多い男である。個性の強い十二神将の中では素直で使いやすいのだ。かつて蜀漢の諸葛亮孔明が重要な仕事には関羽、張飛といった使いづらい者ではなく趙雲を用いたのと同じかな? 戌の将はワン・メンタン。中国少林寺で最強の男と呼ばれている。現在は日本に帰化し、王面丹と言う名を用いることがある。王貞治氏を尊敬しているようだ。最後、亥の将は紅一点、座間遥(ざま・はるか)。稀に見る美しき女性なのだが、質実剛健流という空手の達人で、人を殺すことをなんとも思わない、恐ろしい女なのだ。他の将も安易には近づけない。だが、ぺこりの愛妾という噂もある。


 さて、ここで一つの疑問を感じる方もいらっしゃるであろう。ぺこり十二神将が優秀な武人であることはわかった。だが大事な御前会議に総参謀長はじめ、作戦担当の家臣がいないのかと。

 答えは、十二神将が武力だけでなく、知力においても組織の頂点だからである。作戦立案も彼らが行うのである。あの蛇腹蛇腹もか? と思うかもしれないが、彼だって、某一流大学を首席で卒業しているのである。まあ、その後、非合法の団体に所属しちゃって、別荘の方に働きに行っていたこともあるようだが。


「大元帥様の御成り!」

 大音声が響き、のっしのっしとぺこりが水沢舞子を伴ってやってきた。

「皆、気楽にな」

「はっ」

「では、会議を始めよう。まずだな……かっぱのところの若い衆がさあ、余計なことをしちゃってさあ……」

「どういうことですか?」

 麻臼が尋ねる。

「うーん。まあ、良かれと思ってやったんだろうから、叱れないんだけどさ、警視庁捜査一課の刑事を拉致しちゃったんだよ」

「これは、余計なことを……」

 抜刀が徳利片手につぶやいている。

「そんなやつ、一思いに殺せばいいっすよ」

 蛇腹が言う。

「それを言うな。バカもん。とにかくさあ、東京に置いといたら危ないだろ。だからさあ、ここに連れてくることにした。真実、手配を頼む」

「はっ」

「ここに来ていただいて、どうするの?」

 舞子が聞く。

「まあ、スイートルームに監禁して、うまいもの食べさせておいて、ゆっくり洗脳してさ、使えそうなら、勧誘しようか。拒否されたら、記憶を消して、お台場あたりに置き去りだな」

「まあ、楽しそう」

「何が楽しいものか。できたら、おいらが記憶を消したいよ」

 ぺこりがぼやくと、科学者の一人が、

「記憶喪失用の注射はすぐに用意できますが?」

 と真剣な顔をしたので、ぺこりは護衛官にそっと科学者を退場させた。

「ほんと、I.Qの高いやつはシャレがわからねえな。ああ、諸君らじゃないよ」

「はっ」

「ところで、ぺこりさま。次はどのような攻撃をお考えですか?」

 涼真が訪ねた。

「そうねえ。東京は少し、いじめすぎたね。大阪なんかどう?」

「地理的な知識に欠けますが?」

「それは、諸君らが勉強しなよ。おいらはしないけどね。ゴモラみたいにさ、大阪城をぶっ壊したら、大阪のヒョウ柄、着ているおばちゃんたちはアイデンティティを失うんじゃないの。ねえ、知ってる? ゴモラってさあ関ヶ原の合戦の時の黒田長政の兜がモデルなんだってさ」

「ぺこりさま、大坂城を破壊して、人々は幸せになりますか?」

「涼真、いいとこつくね。確かに、おいらの究極の目標は日本の平和。日本人の幸福さ。でも、そのためには現政権を倒さなくてはいけないの。今は、その第一段階。すなわち、政権を動揺させる。だから、大坂城を爆破するのさ。別に名古屋城でも、姫路城でもいいよ。やりやすいところを研究しな。あとのものは準備万端整えるように、散会!」

 ぺこりは巨体を持ち上げて去って行った。


 会議後、涼真は卯の将、関根勤勉を呼び止めた。

「将軍!」

「うん? ああ、涼真かどうした?」

「あの、たいへんに恐れ多いことなんですが」

「ああ、別に構わんよ。俺も誰も告げ口なんかせんわ。したところで、あの方は、腹を抱えて笑われるだろうな。あの巨大な太鼓腹をユッサユッサ揺らしてな。震度2にはなる」

「そ、そうですか。では、ありていに申し上げます。大元帥様のやりようは少し、視点がずれていると言うか、遊ばれていると言うか……わたくしはこう思うのです。首相を暗殺すれば、それで事足りるのではと。なんなら、わたくしがその勤めを。もしくは、それこそ、国会議員全てを抹殺するとか……」

「涼真、それはちょっと甘い考えだ」

「そ、そうでしょうか?」

「ああ。もし、首相を暗殺したところで、次のバカ首相が出てくるだけだ。国会議員を殺しても同じ。地方には県会議員、市会議員、村会議員らがたくさんいる。それを支援するものたちもいる。それらを全て殺すのか? ジェノサイドじゃ。彼らの考えをゆっくりと変えて行く。日本を少しずつ変えて行く。それがぺこりさまのお考えだど思うぞ。まあ、多分にお遊びの面があることは否めないがな。劇薬には副作用があると言うことだ。漢方薬のように長いスパンで見る。ぺこりさまや俺たちが死んでも、涼真たち若い世代で結論が出ればいいんだ。もういいな。俺は孫と遊びたくてウズウズしているんだ」

 勤勉は手を振って立ち去った。涼真は考え込んでしまった。そこへ酉の将、真実がやってきて、

「涼真、ぼーっとしているなら、手を貸してくれ」

 と言うので、何もわからずに真実について行く涼真だった。

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