第11話 よろしくま・ぺこりの思惑
悪の権化、よろしくま・ぺこりは水沢舞子に耳掃除をしてもらっていた。クマに耳掃除が必要なのかは疑問が残るが考えても仕方ない。現実を見つめよう。
「舞子、庭の梅が咲きそろって来たね」
「ええ、紅梅、白梅、それにね、ぺこりさん。一つの木に紅白両方咲いているのもあるのよ」
「面白いね。受粉の関係かな? ところで、かっぱくんの人力車稼業はどんなもんだい?」
「ええ、小回りがきくし、車夫の体力がすごいので、自動車を除去しきれない現状では重宝されているようよ」
「そりゃあ、我らの誇る戦闘員たちだからな。まあ、良かった。かっぱくんもたまには役に立ったか」
「違いますよ。実務は庶務の柏尾元気(かしお・げんき)さんが取り仕切ってるのよ。かっぱくんはお飾り。クレーム処理はやっているみたいですけどね」
「あいつ、河童の王族のくせに腰が低いからな」
「ふふふ」
「鉄道の方はどうだい? 修復は進んでるのか?」
「そんなこと、将軍様たちに聞けばいいのに」
「いちいち、彼らを呼び出すのは面倒だ。みんな緊張して硬くなってしまう。平然としているのは関根のじいさんと蛇腹くらいだな。で、どうなんだ?」
「ええ、JR東日本さんと東京メトロさんは複数個所を爆破されたから、少し遅れがちみたいだけど、後の私鉄はせいぜい二、三ヶ所でしょ。案外早く修理が済みそうよ」
「ならば、新入生やフレッシュパーソンは満員電車に乗れるんだな。良かった」
「やさしいことを言うのね」
「バカ言っちゃいけない。やさしいのは妹の方だ」
「えっ?」
「つまりはお前に憑依している妹がさせるのだ。おいらは、悪の権化だよ」
「よくわからないわ」
「この野毛山動物園内に保護いぬ、保護ねこを育てるスペースを作ったのもお前だ。これで横浜市はいぬねこ殺処分ゼロになった」
「良かったわ」
「市に『はいからさん』の名前で十億円の寄付をして保育園を増設させて待機児童ゼロにしたのもお前だよ」
「そうなのね」
「つまりはおいらが極悪非道を行い、お前が良い行いをする。これでプラスマイナスゼロなんだ」
「あたしにはぺこりさんがものすごく善人に見えるわ。人だって殺さないし」
「いや、必要であれば殺すよ。警察庁長官と警視総監を殺すように命じたのはおいらだし、畳絨毯をピストルの暴発に見せかけて殺したのもおいらさ。そういえば、畳かけるはどうしてるんだ?」
「いまや、大ベストセラー作家よ。すごいミステリーをどんどん書いているわ。いつも、献本が来ているじゃないの。なんで読まないの?」
「ああ、単行本は重くてさ。文庫化されたら読むつもりさ。ちゃんと買ってね」
「そんなに太い腕をしているのに」
「全部脂肪なの」
「ははは」
「うむ。舞子、考え事ができた。下がってくれ」
「はい」
舞子にはああ言ったが、おいらの願いは日本の平和だ……ああ、急に一人称になってすいません。ここからはぺこりの一人語りです……なんか、幻聴みたいなことが起きたなあ。なんだろ? まあ、いいや。おいらの願いは日本の平和。できれば、世界も平和にしたいけれど、財力的に無理だろうな。できないことはしないでおこう。
さて、根本的になんで日本は平和じゃないんだろう。戦争とかないから、一見、平和に見える。でも、人々の心は満たされていないように感じてならない。陽気に街で歌っているあんぽんたんな若者も、シルバーシートでおばあさんが立っているのに、スマホゲームに夢中になって気づかないアホサラリーマンも、一人の人間に立ち戻れば、幸せを希求しているはずだ。それが人間の本能だとおいらは思う。クマだけどな。
では何がそれを阻害しているのだろう? そうか、絶望感か。未来に対する絶望感。これが彼らを自暴自棄にさせている。
その絶望感を生み出したのは何か? そうだ。決まっている。政治だ。政治を変えなくては日本は変わらない。少なくとも今の阿呆首相は粛清の対象にしても文句は出ないだろう。では自由民主党は? こいつらを全員ぶち殺すことはたやすい。でも、もしかしたら明るい未来に向かって頑張っている議員もいるかもしれない。うーん、正直わからない。あの緑のババア、いや御局(おつぼね)都知事が言っていたな。「選別」。おいらに人間の選別はできるのだろうか? 野党はどうなんだ? 自民が悪なら野党は善か? そんなことは絶対ない。共産党はどうなんだ? 考えたらきりがない。答えが出ない。ああ、こんな時、頼りになる相談相手が欲しい。舞子? 妹の憑依だけど、彼女に非道はさせられない。将軍たち。忠実な部下だが、おいらと討論できる力はない。涼真か? 残念だが若すぎる。彼がひとかどの男になった時にはおいらは老いたクマになっているか、動物慰霊碑の下にいるだろう。かっぱくん? あいつは性根のいいやつだ。でも残念だが脳みそが小ちゃすぎる。天馬参謀総長。頭は切れるが、理系すぎて、哲学は語れない。なんで、こんなに部下がいるのに話し合える奴がいないんだ。できたら勤労の志士に生まれたかったよ。
ああ、ちょっと現場視察をしてみようかな? 隠れた逸材がいるかもしれない。でも今日はやめとこ。考えすぎて疲れちゃった。
ぺこりは布団にひっくり返って寝てしまった。彼の一人語りはここまでである。
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