第10話 阿呆首相の怒り
新丸子と日吉慶子は九州新幹線の終点、鹿児島中央駅に降り立った。本当は飛行機を使って鹿児島空港に行きたかったのだが、経理部のハゲオヤジ、禿頭三郎(とくとう・さぶろう)が、「おい、マルコ。庁舎がなくなって、備品やら什器やらを購入するのにたいへんな時に、飛行機だと! 快適な空の旅をお楽しみください……なんて誰が許可すると思ってんだ。バカもんが。鈍行で行け。鈍行で」とたいへんなご立腹で、「おやっさん。鈍行じゃあ、駅弁代がかかって経費が余計にかさむって。せめて新幹線にしてーな」と新丸子が拝み倒して、獲得したチケットであった。
「課長ってマルコって言われてるんですね。笑える」
「クソ、ハゲオヤジ。あのなあ、俺は別に母さんを探して三千里の道のりをアメデオと一緒に旅したわけじゃないからな。あとこのことは絶対に綱島には言うなよな。日吉くんは若い身空で父島駐在所勤務にはなりたくないよね」
「は、はい。でも、課長ってそんな人事権あるんですか?」
「あのなあ、みんな俺を軽く見ているが、天下の警視庁捜査一課長だよ。警視正だよ。キャリアだよ。東大は出てないけどな」
「どちらの大学なんですか?」
「……琉球大学」
「海人なんですかあ」
「いや、出身は帯広だ」
「はあ」
寸劇はとりあえずここまで、と言いたかったが鹿児島でもドタバタは続く。
「あー、疲れたなあ、日吉。新幹線って言っても日本の端まで来るのはたいへんだなあ」
「そうですね」
「なあ、桜島って見えるかな?」
「今日は天気が悪いですからねえって、課長! 観光に来たんじゃないですよ」
「まあまあ、そう言わんと」
新丸子は浮かれて通りすがりのおじさんを捕まえて、尋ねた。
「おじさん、鹿児島の名物ってなあに?」
おじさんは戸惑いながら、
「イヤイヤイヤ、西郷どんでごわすよ」
と言って逃げるように去って言った。
「聞いたか、日吉。『でごわす』だってよ。本当に言うんだ」
「課長、浮かれすぎ。よくないことが起きますよ」
「まさか」
その時、新丸子のスマホが鳴った。
「ううん。あれ、祐天寺係長だ。なんだろう」
電話に出る、新丸子の顔つきがどんどん厳しくなって行く。
「どうしました?」
「東京に帰る」
「ええ? 今来たばかりなのに」
「東京がテロでやられた。全ての鉄道網が破壊された」
「え?」
「とにかく帰ろう。東京駅からは歩きかもしれんぞ」
二人は出て来たばかりの鹿児島中央駅に戻った。
少し時間を遡って。
事件当日午前四時、首相官邸にテロ対策本部が設置され、全閣僚と関係機関の職員が召集された。まだ早朝であったため、メンバーは自動車でスムーズに官邸に来ることができた。まさか、と言うか予想されうることだが、日の出とともに、各道路は首都高などの高速道を含め、未曾有の大渋滞となり、東京の交通網は崩壊してしまう。物流も途絶え、生活物資は店頭から消え、救助に行こうにも道路が塞がれているから身動きができない。頑固な便秘がすぎて、腸閉塞を起こしてしまったのと同じだ。東京は仮死状態になってしまった。
内閣総理大臣である阿呆晋三(あほ・しんぞう)テロ対策本部本部長は、短気で有名である。すぐ怒る。子供みたいに怒る。だから今回も顔を真っ赤にして怒っている。
「どうして、各鉄道会社はこのような事態を引き起こしてしまったんですか! 説明しなさい」
緊急召集されていた、各鉄道会社の社長、会長は下を向くしかない。だって、理由なんてわからないんだもの。
「なんで黙っているんですか!」
首相の叱責が続く。
「首相、それよりも、今後の対策を建設的に考えましょう」
官房長官の簾義偉(すだれ・よしひで)がなだめる。
「まずは、自動車の交通規制ですな。阿蘇太郎です」
副総理の悪代官顔で有名な阿蘇太郎(あそ・たろう)がもっともなことを言う。これをすぐに、報道機関に送り、都民に周知徹底しておけば、問題は小さくて済んだのだ。しかし、そこはお役所仕事。判子ついたり、決済を仰いだり、もたもたしているうちに、朝が来て、あっという間に道路は自動車で溢れた。
阿呆首相は頭を抱えた。
「こんなもん、戦車でぶっ潰せばいい」
阿蘇太郎が暴言を吐いた。でも、それしか方法はないかもしれない。
「ちょっと、予想外だったねえ」
会議室で大型モニターを観ていた悪の権化、よろしくま・ぺこりは呟いた。
「政府の動きが遅かったのです。我々に落ち度はありません」
辰の将、竹馬涼真が立ち上がる。
「おお、いいこと言うね」
ぺこりが笑う。
「さてと、大事なのはさあ、次の一手なんだけど。その前に……」
一瞬の沈黙。
「おい、かっぱくん。東京に人力車と車夫を三千くらい用意して。会社も作ろう。『かっぱの人力舎』だ」
「僕、社長ですか?」
「おお、そうだ。CEOでもいいからな。細かいことは参謀本部の庶務課の人にやってもらいなさい。将軍や戦闘員、隊員には十日間の休日を与える。以上」
「あの、僕の休みは?」
「かっぱくんは、お皿が乾くまでワーキング!」
「えー」
ぺこりはカッパを無視して、お布団に潜り込んだ。
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