第9話 よろしくま・ぺこり の決断
警察庁、警視庁連続爆破事件から三ヶ月。騒然としていた日本国内もようやく落ち着きを取り戻しつつあった。しかし、事件は一向に解決してはいない。それどころか、どんな犯罪組織、もしくは個人が事件を犯したのかは作者と読者の皆様しか知らないのである。お願いですから、黙っていてください。
さて、悪の権化、よろしくま・ぺこり は居室である四畳半の畳部屋で、珍しくお布団に入らず、文机の前に座って、ブツブツ言っている。
「ぺこりさん、どうしたの?」
水沢舞子が背中越しに話しかける。巨大な背中だ。
「ああ、舞子か」
「お茶を持ってきました」
「ありがと。さて、どうしたものかなあ?」
「お仕事のことですか? ならば失礼しますが」
「いやいや、そうじゃないんだ。実はな、半年前から横浜市の広報誌にエッセイを書いているんだ」
「エッセイですか? そんなことをして、組織の存在が明らかになったりしないんですか」
「平気だよ。市役所にだって、ウチの組織の人間が多数紛れてるよ。なんなら、爆破しちゃおうか?」
「市民の税金が無駄になります」
「そうだね。すまんすまん。でね、おいらのエッセイなんだが、どうも読んでくれている人が少ないみたいなんだ。半年で、応援ハガキが二枚しかきてないんだとさ」
「どんなエッセイを書いているんですか?」
「ああ、小学校入学からハーバード大学大学院までに学んだ難しい哲学をおいら流にやさしく書き下しているんだが……」
「それは誰も読みませんよ」
「そうか、やっぱりな。本当なら悪の権化としてのおいらの素顔を余すところなく書きたいんだけど、皆に止められちゃった」
「ねえ、ぺこりさん。あなたは確か、文学と歴史と経営経済を勉強したんじゃなかった? 哲学なんて聞いてないわよ」
「哲学ってのはさあ、どう生きるかってことだろ。勉強するもんじゃないよ。ダメかい?」
「ええ、当然です。ところで筆名はなんにしたんです?」
「かっぱっぱ」
「打ち切ったほうがいいわ」
「……そうするよ」
そこに参謀本部長、天馬翔(てんま・かける)が拝謁を願い出てきた。
「おう、遠慮なく入りなさい」
「はっ」
襖を開けて天馬が入ってきた。舞子はそのまま、ぺこりによりそう。
「なんか、時間がかかっているねえ。何か問題でも?」
「はい。基本的なプランはすでに完成しております。また、JR東日本、東京メトロ、都営地下鉄、その他私鉄の制服、作業着、ICカードなどは準備ができており、すでに、人員が多数、潜り込んでおります」
「なんだ、もう準備満タンじゃないか」
「はあ、ただ一つ、参謀本部内でもめていることがございまして……」
「どういうこと?」
「ええ、爆破する地域を山手線を中心とした都心に留めるか、東京都の鉄道を全て破壊するかで意見の食い違いが……」
「天馬くん、それは最重要事項だよ。なんで、すぐにおいらへ報告しないの? それはダメだよ」
「申し訳ございません。全てはわたくしの不徳の至らぬところでありました。いかようにも罰してください」
天馬は土下座した。
「土下座はダメだよ。パワハラになっちゃう。天馬くん。きみを罰する気は毛頭ない。で、その二つの案をおいらが今からチャチャっと検討するね」
「はっ、ありがとうございます」
「ねえ、舞子。きみはどう思う?」
「多摩地区や埼玉県境の方々は交通の弁が悪いから、鉄道が不通になると、通勤通学が大変になると思うわ」
「そうだね。さすがは舞子だ」
「うふふ」
「天馬くん、おいらは決めたよ」
「はっ」
「おいらは悪の権化だ。東京都全部の鉄道を爆破する。もちろん線路とか送電線だよ。駅とか、車両は傷つけてはならん。もちろん、人間には怪我ひとつさせてはいけない。保守作業員の動きには要注意だ。そして、この作戦が成功したならば、我らの組織の存在を明らかにする!」
「ぺこりさん、ウチの組織、名前がありませんよ」
舞子が憂い顔で言う。
「えっ、そうだっけ? 天馬くん」
「はい。聞いたこともございません」
「どうしよう……ええい、いいや。悪の権化(仮称)だ。舞子、皆に伝えてくれ」
「センスなさすぎ。でも、仮称だからいいわね」
「ちょっとプンプン。いずれ、かっこいい名称に変えてやるぞ!」
一週間後、夜中の三時ごろだった。東京のあちこちで爆発音が上がったとの通報が多数、寄せられた。警視庁のネットワークはまだ完全に復旧していなかったため、どれほどの爆発が起きているのか、正確に確認できなかった。その代わり、東京消防庁にも通報が殺到したため、こちらのネットワークによって事態の全貌がかすかに見えてきた。オペレーションを担当していた消防庁の隊員は色を失った。
「東京の鉄道が壊滅している……」
その頃、インターネット上で、『悪の権化(仮称)』というテロ組織を名乗る集団が、東京の鉄道爆破の犯行声明を出したが、その名称のバカらしさから、信じる人間は少数であった。
NHKは三時十五分に、臨時ニュースを開始したが、詳細が全くつかめず、「東京の鉄道が爆破されている模様です」と繰り返すのみだった。
四時になって、民放のニュースショーが始まったが、いつもの美しい女性キャスターたちは出演せず、おっかない顔をしたアナウンサーたちが、「日本において、史上、まれに見るテロが発生しました」と口々に告げた。テレビ局はこぞって、川島令三さんに連絡を取ったが、川島さんはテロのことなど全くわからない。じゃあ、一体誰を呼べばいいんだと大混乱に陥っていた。
東京上空に一台のヘリコプターが飛んでいた。朝日が登ってきて、機体に反射する。
「こりゃあ、面白い見世物だね、舞子」
地面のあちこちに立ち昇る煙を見ながら、ぺこりが囁くと、
「人騒がせはほどほどにしたら」
と舞子は叱った。
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