第6話 名前のないテロリスト
爆破事件当日。
官邸にはテロ対策本部のメンバーが召集され、慌ただしい雰囲気に満ちたが、蓋を開ければ死者どころか、けが人もゼロ。建築物の崩壊だけとわかって、阿呆首相も「憎むべきテロリストではありますが、人命を損なわないと言う姿勢には感ずるところがございます」などと、のんきなことを言っていた。しかし、警察庁長官と警視総監の行方がわからないとなって、事態は急変する。
そして、靖国神社での刺殺体。阿呆首相も「これは日本有史、前代未聞のテロであります」と言って、首都新聞の女性記者、満月氏に「嘉吉の変は? 本能寺の変は?」と突っ込まれ、「えー、現代日本における初めてのテロであり」と言い直したところを満月記者に「浅沼稲次郎刺殺事件はテロじゃないんですか?」とまた突っ込まれて、短気な阿呆首相は「現代というのはですねえ、平成のことを言うんですよ。あなたは不勉強だ」と怒鳴った。しかし、負けない満月記者は「では首相、昭和は現代ではないんですね。現代生まれでない方が現代日本の舵取りをしておられる。なんかおかしいですね」と発言し、他の政治部記者は思わず失笑した。阿呆首相は顔を真っ赤にして会見場を逃げ出した。
臨時警視庁が置かれている、渋谷警察署では副総監からの繰上げで新しく警視総監となった遠山勝元(とおやま・かつもと)を主席とする緊急テロ対策会議が行われていた。遠山といえばほとんどの方がピンと来るだろう。幕末の名奉行、遠山左衛門尉景元の子孫である。言ってみれば、警察機構の名門ですな。ああ、でも金さん以降のご先祖さまが警察に関わっていたかは知りませんよ。横には副総監に昇進した、甲斐耀蔵(かい・ようぞう)が座る。この男、警視庁一、怜悧で残酷な男と言われ、多くのライバルを陰謀その他で蹴散らして今の地位に就いたやつなのである。為に、通称妖怪と呼ばれている。一部の者は「今回の爆破事件と刺殺事件の犯人は昇進をしたい甲斐なんじゃないか?」とひそひそ話をしている。命知らずの奴らだ。万が一、この話を甲斐に聞かれちゃったら、闇に葬られてしまう。よくて左遷である。命があるだけ、左遷の方がマシかもね。しかし、一方でお金にはクリーンなところがあり、昨日も、新警視庁建設にあたっての口利きを頼んできた建設業者をその場で逮捕した。変わった男である。まあ、とにかく、警視庁の主だったものが結集してしまったため、渋谷署の面々は居場所がなくなってしまい、近くの国学院大学の講堂で免許の更新などの職務をこなしていた。渋谷署の面々は「早く仮の事務所を見つけてくれよ」と口々にこぼしていた。実は同様の出来事が臨時の警察庁となった新宿警察署でも起きていて、「公安のやつがいるから、缶コーヒーも飲めねえよ」とベテラン刑事がぼやいているとかいないとか。免許更新などの諸業務は京王プラザホテルのエントランスで行われている。迷惑は諸方に及んでいるのだ。
警視庁の緊急会議の口火は甲斐副総監が開いた。
「捜査一課長、新丸子安男警視正! 貴兄は一課長の重責にありながら、爆破事件の際、居場所不明となっていたと言うではないか。それは本当か?」
「ええ、重要な任務がありましたので、ちょいと席を離れておりました」
「その重要な任務とは?」
「ええ、今回のテロの首謀者を逮捕するって言う、誰でもできる簡単なお仕事です」
「なんだと? 貴兄、ふざけているのか? 詳細を話せ!」
「まあ、わたくしの使っているSが、新宿の廃病院にやつが女と潜んでいると言う情報を持ってきましたので、ちょいと部下を二人ほど連れて行ってみたんですがねえ。残念ながら、ガセでした」
「ガセ」
「ええ、どうもやつに気がつかれたようで。情報をくれたSはかわいそうに総武線にはねられて死にました」
「馬鹿者が! その段階で上層部に知らせておけば、状況は変わったかもしれないのに」
「まあ副総監、あまり、いきり立たずに」
遠山が口を開いた。
「新丸子くん。さっきから『やつ』って言っているけれど、このテロリストは名乗っていないの?」
「はい。今の所、件数も少ないですし、今回の予告にも名前はありませんでした」
「ふうん。テロリストってのは普通さ、自分たちの存在をアピールする為に行動を起こす者ですよねえ。副総監?」
「そうですな」
「こうなるとさあ」
遠山は砕けた口調で言った。
「次の事件を待つしかないんじゃない?」
「そ、総監!」
「だって、今回だって、犠牲者は二人だけ。しかも死者に鞭打つようだが、あの二人、いろいろと評判がよくなかった。あとはSが死んでいるか。新丸子くん、そのSはどんな人物?」
「はあ、正直に言うと、金のためなら誰にでもつくような男でして。評判は良くないです」
「じゃあ、死んでも害はないか……諸君、まずはテロリスト集団の正体を暴くことから始めてくれ。いくら金を使っても、少々手荒い真似をしていい。やつらが、とんでもないことをしでかす前に、芽を摘み取るんだ!」
「はい!」
さすが、名奉行の子孫。的確な采配であった。甲斐も文句が言えない。
捜索が始まった。
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