第3話 権化の城

 横浜市に野毛山動物園という小さな動物園がある。入場は無料だ。お近くにおよりの際はぜひお立ち寄りください。ここにはねえ、なんとパンダちゃんがいるんだよ。パンダの前にレッサーってつくけどさ。でもね、発見されたのはこっちが先なんだよ。あの白黒のでっかいのはあとから見つかったんだ。それで、先に見つかったのをレッサー、あとのでかいのをジャイアントってしたの。それなのにいつの間にか、ジャイアントが取れちゃって、パンダといえばでかくて笹ばっかり食べているやつになっちゃったのさ。おかしな話だ。


 悪の権化、よろしくま・ぺこり は自宅の食堂で、サーロインステーキを二キロ食べていた。サラダもスープも、クロワッサンもあるよ。太るはずだ。

「パンダなんて所詮、笹しか食わないだろう。ふふふ」笑うぺこり。しかし、ジャイアントパンダはヒトも食べる。


 それはともかく、冒頭に野毛山動物園をご紹介したのは、ここが、ぺこりの秘密の自宅だからである。入口から順路に沿って進んでいくと、トラやらなんやら大きな動物がいっぱいいる。その中に『エゾヒグマ』という柵があるのだが、主人公はいない。稀に暇つぶしにギャラリーを喜ばせることもあるらしいのだが、ぺこりはこう見えて多忙なのである。

 飼育員口を入ると、そこは別世界になる。大富豪にも稀なる豪邸がそこにはある。一流の家具を揃え、一流の芸術品が館を飾る。これ、全て貰い物、貢物である。貧しい境遇に育ったぺこりは最低限の生活ができればいいのである。しかし、一の家来である、F .かっぱが「大組織の棟梁にはそれらしき格式が必要です」と言って、なんだかんだと仕入れてくる。ぺこりは暖かいお布団とテレビと文庫本とインターネットがあればいいのにねえ。


 ぺこりの部下や訪問客たちは動物園の通用口から入ってくる。だから最初は「なんで?」と思うのだが、飼育員自体がぺこりの部下なのである。飼育員たちは横浜市からお給料をもらうのだが、その十倍の金額をぺこりからもらえるので、完全服従である。


 それはさておき、今日のお客は畳かけるであった。

「やあ、よく来たね」

「はい」

「どうしたの?」

「原稿が書けました」

「ほう、それはすごい。見せてよ」

「はい」

「ふむふむ、これは傑作だ!」

「ありがとうございます。でも……」

「どした?」

「畳絨毯の名前でないと売れないような気がして……」

「ああそうか! でも大丈夫。おいら、出版社にもコネがあるから。かっぱくん! 興奮社の赤井社長を呼んで」

「はーい」

「社長!」

 驚く、かける。

「うん、彼ならすぐ来るよ」

 すると、かっぱの怒鳴り声がする。少々、うるさい。

「赤井社長、いらっしゃいました」

「どうも、赤井でございます。ぺこりさま、何のご用でございましょう」

「儲け話ですよ。この原稿を三百万部刷りなさい」

「そ、それはちょっと……」

「バカだな。彼女は畳絨毯の姉で、やつのゴーストライターだ。スキャンダル含みで、これは売れるよ。嫌なら、集団社の青野くんに売っちゃうよ」

「す、刷らして頂きます。売らせて頂きます」

「まあ、協賛金はよろしくね」

「ははあ」


 畳かけるの一応処女作『不審死たち』は都合六百万部の大ベストセラーになった。

 これを読んだ警視庁の綱島巡査部長は「あれ? どっかで聞いた話だなあ」と思ったが、よく思い出せなかったので、読了後、ブックオフに売ってしまった。十円だった。

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