静かな道

 ぼくの人生から登場人物が次々と去っていく

 一時はにぎやかにさえ思われたなじみの行路は

 ふと気がつくと

 うら寂れた風景に取り囲まれており

 前方にも後方にも

 目路のかぎりに枯木ばかりが続いている

 どうやらこの道の上で

 かすかにでも動いているものは

 ぼくだけのようだった


 最初に去っていったのは家族だった

 「おまえは清らかなこころを持っている」

 そう讃えながら溺愛し

 勢い余って側溝に取り落としたまま

 彼らはぼくを忘れ果てた

 いまでは思い出されることもない


 次に去っていったのは友達だった

 「おまえは優しいこころを持っている」

 そうからかいながら共に遊び

 時が要請した裏切りを顕にしたまま

 彼らはぼくを忘れ果てた

 いまでは思い出されることもない


 最後に去っていったのは想い人だった

 「あなたはわたしと似たこころを持っている」

 そうささやきながら陰になり日向になり

 交わることの痛みを残したまま

 彼女はぼくを忘れ果てた

 いまでは思い出されることもない


 ぼくの人生に現れた

 十指にも満たない登場人物たち

 思い出すだけでも愛おしい人々

 登場人物の少ない戯曲は

 類い稀な震えを獲得すると

 どこかの詩人が言っていた

 してみるとぼくの人生にも

 なにがしかの価値はあるのだろうか

 ぼくが肯んじない

 秘蹟のような意味づけが行われ得るのだろうか


 道は遠く

 動くものとてなにもない

 このぼくの人生は

 枯木さえもが騒がしく見えるほど静かだ

 空が綺麗だ

 風が綺麗だ

 光が綺麗だ

 ぼくの人生は美しくなくても

 ぼくの人生を取り囲む静寂は美しかった

 それを誰かに伝えたかった

 去ってしまった人々に伝えたかった

 来るはずのない未来に伝えたかった

 ぼくは死よりも綺麗なものは

 この静寂の内にしか見出だし得ない


 泣くことも笑うことも忘れ果てて

 枯葉に残った葉脈のような表情でぼくは

 しだいに細まって尽きてしまう暮れかけた道を

 ゆっくりと歩いていた

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