第二部




     三



 灯台の内側は、それは見事な様相をしておりました。

 一面に古代の見事な壁画が描かれており、その中で、女達、男達、動物、そして様々の子供達が、生まれるままの姿で、自由に飛び回っているのです。それはまさしく、天上の楽園を写し取ったものでした。

 暫く四人は、その、見事な建築に見入っていました。

 すると突然、低く、冷たい、重苦しい声が響いて、


「塔の中へ入ったのは、おまえ達だな」


 と云ったではありませんか。


「みろ」


 利口が指を指しました。

 そこには、銀の甲冑に身を包んだ、鎧の騎士が立っていたのです。


「灯台の守人とは、お前だな」


 自慢が云いました。


「いかにも」


 彼は凛々しく答えました。

 足を広げ、剣を腰元に携えて、私たちを見据えています。

 守人は続けて云いました。


「あの男のようになりたくなければ、大人しく立ち去るがよい。命だけは助けてやる。だが、此処でみた何もかもを、決して人に話さぬ事を、約束するならばな」


 灯台の守人は、そう云って、四人の若者を帰そうとしました。

 すると自慢が、突然、


「その首、もらった!」


 と叫びながら、見事な大太刀を抜き、瞬く間に灯台の守人へ討ち掛かっていったのです。


「愚かな」


 然し、自慢の刃は、まったく灯台の守人を捉えることができませんでした。刃も自慢も、守人の身体を、悉くすり抜けてしまったのです。


「なんだ」


 そう思い振り返った自慢は、全てを知りました。

 灯台の守人は、そこに居なかったのです。

 四人の若者が見ていたものは、蜃気楼のように揺らめき、浮かび上がる、灯台の守人の姿だったのです。

 まやかしと知るや、自慢は守人に、「魔法使いめ」と唸りました。

 すると守人は、


「宜しい。それがおまえ達の返答ならば、わたしも、わたしの力を持って、おまえ達を迎えてみせよう。頂上へたどり着ければ、だがな」


 と云いながら、霞のように消えてしまいました。

 ですから自慢は、消え去る守人に、


「必ずお前を、我が大太刀の錆にしてくれる」


 と吐き捨て、自慢の大太刀を示しました。


「そうだそうだ」


 ズルも自慢の言葉にのり、威張っています。

 こうして四人の若者は、灯台の守人を倒し、灯火を手に入れるべく、灯台を登りはじめました。




     四



 若者たちは、さまざまな仕掛けのある部屋をくぐり抜け、そうして、階段を駆け上がり、ひとつずつ、灯台の中を進んで行きます。

 それはひとえに、利口の持つ手帳に記された『云い伝え』のおかげでした。これにより、若者たちは塔の中でなにが起こるのかを、全て知ることができたのです。

 それ故ズルは、また、勇敢のときと同じように、


「この人の後ろへついて行けば、どうあっても、生き残ることができるだろう。そうしてこの人が灯台の守人を倒したら、彼を殺し、わたしの手柄にしようじゃないか」


 と考えました。

 自慢は塔を上るあいだ。先ほど蜃気楼の守人を蹴散らしたことを、「守人が自分を恐れたからだ」と、散々云って聞かせました。

 そして彼は、また、塔の中に現れる魔物を倒すたびに、


「みたか! 我が刀の腕前を!」


 などと、一々声高々に叫ぶのです。

 然しそれは、


「みろ! ねずみを殺したぞ!」


 などと、どんなに小さきモノを殺しても、さも、なにやら巨大な化物を殺したかのように、朗々たる声で、いかにも仰々しく、自慢するのです。

 ズルはそれを、毎回、「あっぱれ」「さすが」と、キチンと褒めたてました。

 それは利口も同じでした。が、彼は内心、「どうして彼はこんなにも、手柄を一々聞かせるのだ」と、自慢の様子に少しうんざりしておりました。

 然し、自慢は一応、それなりに腕が立ちますし、何かが起これば必ず声をだすものですから、どんな危険も判りました。

 ですので、


「彼はわしよりは弱い。だから、今は生かしておこう」


 と、蓄えた髭をさすりながら、思いました。

 実は、彼は勇敢が死んだとき、そこに罠があることを、判っていました。

 ですが利口は、


「こいつは馬鹿だが腕が立つ。だから今のうちに殺したほうが楽だ。それに、こう云って危険があると示したら、彼はきっと、わたしに手柄を取られると思い、果敢に中へ飛び込むだろう」


 と考えたために、勇敢を死ぬようにし向けたのです。

 ズルが自分を利用して、手柄を横取りしようとしているのも判っておりましたから、いずれ自慢もろとも、酒に毒を仕込んで、殺してしまおうと考えていました。

 また、彼は王さえも殺し、何もかもを自分のものにしてやろうと、深く深く、考えを巡らせていたのです。


「……然しこの男、一体何を考えているのか」


 利口は、無口がなにも喋らないので、彼が何を考えているのか、全く判っていません。故に利口は無口のことを、少し不気味に思いました。

 そして、


「わたしが灯火を手にした後、彼が何をしでかすか判らぬ。ゆめゆめ用心しておいた方がよいだろう」


 と思い、彼を上手く始末する方法を、色々考えることにしたのです。



   ×   ×   ×



 そうこうするうち、彼らはとうとう、てっぺんの近くまでやってきました。

 然し、次に上へ登る為の扉の左右には、恐ろしい形相をして、巨大な剣を持つ二対の巨像が、若者たちを、待ちかまえているのです。


 右の巨像は、青い瞳をしておりました。

 左の巨像は、赤い瞳をしておりました。


 どちらも美しい宝石を目玉として、灯台を訪れる者共に、睨みを利かせているのです。

 巨像の側には、数多の髑髏が山となり、積みあがっております。


 いままでも、多くの部屋に、いろいろな髑髏が転がっておりましたが、この部屋ほどではありません。ですからこの部屋で、どれほど『灯火を求めた愚者たち』が死んでいったのか、どれほど二対の巨像が恐ろしい存在なのか、若者たちには、はっきりと判りました。


 然し巨像にも、キチンと『云い伝え』がありました。それは、『巨像の臑を切り裂けば、そこから命の源があふれ、巨像は死んでしまうだろう』というものでした。

 ですから四人の若者達は云い伝えを信じ、どうにか巨像を倒すべく、恐る恐る門の方へと歩を進めたのです。


 利口はズルと無口に、「自分と自慢が巨像の気を引きつけるうちに、石像の臑を切ってくれ」と云いました。

 然し、目を光らせ動き出した、二対の巨像との戦いは、とても一筋縄ではゆきません。二対の巨像の攻撃で、若者たちは散り散りに、みんな吹き飛ばされてしまったのです。


 そうしてとうとう、まともに動ける若者は、利口一人になってしまいました。

 役目を言いつけたズルは怯えて、骸骨の中に埋もれて、全く動こうとすらしません。

 無口は吹き飛ばされた所為か、地面に身体を突っ伏した、全く動かなくなっています。死んでしまったのやもしれません。

 自慢はそれなりに戦いましたが、やはりそれなりの実力なので、その内疲れてへとへとになり、動けなくなりました。


 こうして利口は、誰にも『臑を斬る』ことを、押しつけられなくなりました。もう、自分でやるしかありません。

 ですがそれは、相手の領域内に飛び込むことですから、一瞬のうちに済ませねば、あの、上と下がバラバラになった髑髏のように、死んでしまうことになるでしょう。

 然しここで諦めれば、彼の野望も叶うことはないのです。


 こうして利口は、遂に覚悟を決めました。 

 利口は二対の巨像が、自分めがけて剣を振り、切りかかる様を見切った後、剣の上へと身を飛びあげて、ぐん、とたちまち一息に、剣を足場に跳びました。

 そして、


「えいっ」


 と一声あげるままに、利口はサーカスの演者ように、くるり、くるり、と宙を舞い、そして二つの巨像を越えて、見事に後ろをとったのです。

 そうして彼は振り向くままに、瞬時に身体を捻り回し、バネのような身体のしなりを、最大限に利用して、激烈な一閃を引き起こし、見事に二対の巨像の臑を、切り裂き抜いたのでありました。


「やったぞ!」


 利口は思わず叫び、思わず天を仰ぎました。

 が、次の瞬間。

 巨像は動きを停めることなく振り向くと、歓喜に溺れる利口の身体へ、その、巨大な剣でもって、左右から利口を割りました。


「な――」


 喜びのあまり、判断の遅れてしまった利口は、無惨にもそのまま巨像の刃にかかり、積み上げられた髑髏と同じく、巨像の餌食となったのです。

 利口の身体は二つに分かれ、上と下のそれぞれが、左右の壁へ、面子のように張り付きました。

 上の利口が、呻きました。


「ばかな、云い伝えの通りに、わたし、は――」


 そうしてもう、利口は喋らなくなりました。

 確かに彼のもつ『云い伝え』は、とても正しいモノでした。

 ですが、それはあくまでも、彼のおじいさんが書いた、人づてに聞いて調べ歩いた、『うわさ話』であったのです。ですからおそらく、その部分が、別の何らかの伝説と混ざってしまったのでしょう。

 利口は半ば云い伝えを、『信仰』しておりました。

 ですから彼は、その信仰物の真偽を、しっかり確かめようなどとは、まったく思わなかったのです。


 こうして利口の上と下は、積もり積もった髑髏の上へ落ちて、ゆっくりペタリとうなだれました。利口の血は、まるでかき氷のシロップのように、髑髏の山を赤く染めてゆきます。

 まだ暖かい鮮血が、髑髏に隠れるズルへかかり、ズルは思わず「ひっ」と云いました。

 もう若者達には、どうすることも出来ません。ズルはやはり怯えていますし、無口はやはり眠っています。

 然しそうした中であって、自慢一人がよろよろと、その大太刀を支えにして、どうにか起きあがったのです。

 そして、


「ええいこの、けったいな岩山どもめ! 今こそわしの最後の一太刀で、その身体ごと切り裂いてくれる!」


 と威張るや、もうやけっぱちに、最期の力を振り絞って、こちらを見据える巨像めがけ、一散に飛びかかってゆきました。

 すると一瞬、何か煌めく四つの線が、彼の後方から巨像の目めがけ、飛び込んで行きました。四つの線は、それぞれ右の巨像の青い目に、左の巨像の赤い目に、たちまち突き刺さってしまいました。

 然しそのことに気が付いたものは、誰も居ませんでした。


 すると巨像は、見る見るうちに苦しんで、溶けてゆきます。そしてとうとう最期には、ただの砂山になってしまいました。

 自慢がそのまま、砂山の上へ着地すると、何が起こったのやも判らず、暫く震えていました。が、また、あの蜃気楼の守人のように、自分の気合いに巨像が怯み、やられたのだと、都合良く考えましたから、


「みたか哀れな巨像共! わしの見事な太刀筋を!」


 などと吼えたてて、そこにできあがった砂山の上へ、歌舞伎役者のように足をかけ、そして天へ刀を掲げ、見栄を切りました。

 それを見たズルは、今度は自慢のそばへ行くと、


「天晴れ! 流石は天下無双の技を持つお方!」


 などと、利口のことはすっかり忘れ、やんややんやと散々自慢をほめたてました。「そうだろうそうだろう」と、自慢はたいそう良い気になって、何度も自分の強さを誇りました。

 そうしている間に、無口も起きあがりました。どうも彼は、気を失っていただけのようです。

 こうして生き残った三人は、いよいよ奥の扉を開け、灯台の守人の御座す部屋へと、登ってゆきました。





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