灯台の守人
宮古遠
第一部
一
むかしむかし、あるところに、傴僂で吃音の、丸々肥った王さまがおりました。その姿を見た人は、彼があまりにも醜い姿形をしておりましたから、王さまのことを、『
彼は三男坊でしたから、本当は王さまになれません。ですが、先王である心優しき父親が死んだとき、二人の兄も突然、後を追うように死んだので、彼が王になったのです。それ故国の人々は、『先王も二人の兄も、あの蟾蜍に毒殺されたのでは』と疑いましたが、本当のところは判らぬままです。
蟾蜍の王さまは、とにかく欲深い王でありました。ですから、方々から沢山の宝石や、宝物を集めて楽しんだり、酒や魚、肉など、いろいろの豪勢な食べ物を貪ったり、諸国の美しい女共を無理矢理に連れてきて、散々弄んだりしました。
然し王さまは、長い間、欲にまみれた生活をしておりましたから、段々、どんな事にも満足ができなくなってしまったのです。
そうして王さまが、何にも満足が出来なくなった或る日のこと。彼は大きなイビキをたて、冬眠する蛙のように眠っておりました。が突然、なにやら思いついたのか、慌てて寝床から飛び起きますと、先王の時代からこの国に仕える爺やに、こう云いました。
「もっと早く気付けば良かった。
灯台の灯火というのは、その国をずうっとむかしから照らし続けている、それはありがたい、灯りの事です。
『灯火が人々を見守り、そして、海の向こうからやってくる様々な悪いものを退けてくれるので、人々は穏やかな生活を続けることができるのです』
人々はこの言い伝えを信じていました。そして灯台の灯火をみるたび、自分たちの生活の穏やかなことをありがたく思い、炉に火をたき、食卓を囲み、そうしてみんな笑顔になって、暖かな家庭の中、暮らしているのでした。
蟾蜍の王さまは、灯火が皆に幸せを分け与えているのだと思いました。そうして、その幸福を自分一人のものにすれば、自分の叶えるべき、とても素晴らしい欲求を手に入れることができる筈だ、と考えたのです。
すると爺やは、王さまに云いました。
「王さま。そんなことをしては、この国に祟りがまいります。灯台の火がああして、外にいる禍どもを封じているから、この国はいつまでも平和でいられるのです。あれは、皆のための灯台なのです」
「わたしのおばあさんが云っていましたが、あの中には『
「王さま、貴方は、そうした昔の過ちと、おなじことをしでかそうとしているのです。それは実に恐ろしいことです。もし灯火が消えてしまったら、必ずわたしたちの生活に、なにかとんでもない禍が、起こってしまうやもしれません。どうか思い直し下さいませ。どうか。わたしの命にかけても」
王さまはその話を聞いて、少し怖じ気付きましたが、然しどうして、自分が欲しいと思った物をあきらめることができましょうか。
彼は、自分が欲しいと思ったモノは、どんな手段を使ってでも手に入れないことには、気が済まないのです。どうにも気持ちがいらだって、不安になってしまいます。
故に王さまは、爺やを磔にしました。
そして、
「灯台の灯火を手に入れ、わたしの元へ持ってきたモノには、たくさんの褒美をやると約束しよう」
と、国の人々に云いました。
然し王さまは、褒美をやる気など毛頭ありません。餌につられた何者かが、王さまの元へ灯火を持ってきましたらば、なにかの罪を作りだし、爺やのように処刑してしまおうと、考えていました。
国の人々は、たくさんの報酬がもらえることに一瞬目がくらみました。然し、やはりあの恐ろしい『守人』の棲む場所です。とても行こうとは思えません。
それに、灯台はみんなにとって大切で、神聖な場所でありましたから、むやみに立ち入るべきではないと考え、皆、見て見ぬ振りをしておりました。
然しそれでもどこからか、向こう見ずな五人の若者が、王さまの元へと集まったのです。
一人目は、この国一の、沢山の勲章を持つ、『
二人目は、立派な大太刀を携え、「森で化物を退治した事がある」と『
三人目は、古びた本を常に読む、見事な髭を蓄えた、褐色肌の『
四人目は、取り分ばかりを気にして、いつも人にゴマをする、『ズル』な商人です。
五人目は、決して自分の事を話さない、とても『
五人の若者は、必ずや灯台の灯火を、王さまの元へ持ち帰ると約束しました。そして、霧深い岸壁の上に建つ、どこが果てとも判らぬ灯台を目指し、旅立っていったのです。
二
こうして、『
すると勇敢が、
「こんなもの、わたしが切り刻んでしまいましょう」
と云って、ぶんぶんと剣を振り回し、そこへ道を造って行きます。
「さ、行きましょう」
こうして若者たちは、勇敢を先頭に、ずんずんと霧深い茂みの中へ、入って行きます。
ズルは謀ばかりを考える男でしたから、彼の、それは見事な青銅に輝く甲冑や、沢山の勲章を見て、
「この人の後ろへついて行けば、どうあっても、生き残ることができるだろう。そうしてこの人が、灯台の守人を倒したら、彼を殺し、わたしの手柄にしようじゃないか」
と考えました。
そしてズルは、常に勇敢の後ろをついて回り、男を常に称えては、おどけてゴマをすりました。勇敢も、自分の働きをほめられるので、そう悪い気はしませんでしたから、どうにも気分が良くなりました。
こうして五人の若者達は、とうとう、霧の中に佇んでいる、灯台の根本へとたどり着いたのです。
灯台の側面に、沢山の様々なツタがまとわりついています。それはなんだか、濡れた女の髪の毛が、まとわりついているように見えました。
灯台の輪郭は、上に行くほど霧に埋もれ、ぼやけて行きます。果ての方は、もう、ただの黒い陰だけに見えます。
「これからいったい、どこまで上へ登るのだろう」
皆は少し不安になりました。ですが、これしきの事で諦める訳にはゆきません。
そうして五人の若者は、灯台の入口を探しました。
然しどこをどう見ても、入口が見当たりません。
「これはいったい、どうしたことだろう」
若者たちは試しに、右から、左からと、それぞれ別れて回りながら、塔の周りを眺めてみました。然し、やはりどこにも、入口らしきものを、見つけることができませんでした。
然し気付くと、利口の姿が消えています。
四人の若者が、彼はどこへいったのだろう、と思っていると、
「入口があったぞ」
と、どこからか利口が云うのです。然しその姿は見えません。霧の中に利口の声ばかりが、響いています。
ですから勇敢が、
「どこにいるのだ。教えてくれ」
と問いますと、
「こっちだ」
と声がしましたから、若者達は声の聞こえた方角へと、歩き始めました。
そうしてどうにかたどり着きますと、そこは、灯台の丘から少し下った場所にある、何かの大きな石壁でした。
「ここに入口がある」
利口の指さすところを見ると、一つだけ、色の違う、四角い石が、石壁の中にはまっています。
若者たちの注目が集まる中、利口はその石を、ぐっと中へ押し込みました。途端、大きな岩壁の側面が、ゆっくりと側面へ引っ込んでいったのです。それは正しく、灯台の陰の方向へ伸びる、横穴でした。
「どうして、ここにあるとわかったんだ」
ズルが問いますと、利口は古びた本を示して、
「わしの爺様が『云い伝え』を纏めた本に、そう書いてあったのだ」
と云いました。
「よくやった。さあ行こう」
そうすると勇敢は、我先に、横穴へ飛び込みました。
然し利口は、
「待つのだ。もしかすると、何か危ないモノがあるかもしれない」
と云って、勇敢な男を引き留めます。
然し勇敢は、
「手柄を横取りされるのが、怖いのか」
と云って、利口の忠告を聞きません。
それでも利口は、どうにか勇敢を引き留めようと、
「そういうわけではない。然し」
と云いかけましたが、勇敢は、
「なにを云う。そんな罠など、わしに効くものか。わしはもう、幾多もの戦いを生き延びたのだ。なにを恐れることがあろうか。守人など、この槍で蹴散らしてくれる」
と、利口の言葉を遮って、引き留める手を払い、兜の面を下げると、威勢のいい声をあげながら、一目散に、剣を携え、横穴に飛び込んで行きました。
「ま、まってください」
ズルも、どうにかついて行こうと、慌てて勇敢を追いかけてゆきます。後には勇敢が駆け抜ける鎧の音が、こだまのように横穴から響くばかりです。
「どうしたものだろう」
若者たちはしばらく、顔を見合わせていました。
が、暫くすると、
「ぎゃっ」
という声と、
「ひいっ」
という声が、中から聞こえてきました。
「やはり何か、あったのだ」
そう思って、若者たちは恐る恐る、横穴の中へ、はいってみました。
すると、そこには壁から現れた無数の槍によって、方々から串刺しにされた、勇敢の死体がありました。
突然、勇敢が死んでしまったので、ズルは腰が抜けてしまっています。
「なんということだ」
若者達は恐ろしくなりました。
勇敢は確かに勇気のある人でした。が、あまり賢くは無かったようです。
その為、何かをじっくり考えることは、苦手だったのです。
勇敢が罠にかかったことで、罠は動かなくなりました。
ですから四人は、勇敢の死体と槍の隙間を通って、どうにか灯台の中へ、入ってゆきました。
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