第21話:夏の猛暑、釧路で避暑

 今年の夏は暑く8月2日から10日間北海道に行こうと義朗に言われ日

程などを任せた。8月2日、早朝出発し、羽田に8時について、9時の

釧路空港行きの飛行機に乗って11時に釧路についてバスで釧路駅へ駅近く

の食堂で昼食をとって午後2時に釧路プリンスホテルにチェックインして

、翌日、網走を抜けて稚内まで走り昼食をとって夕方6時に帰ってくると、

どっと疲れ、明日も十勝の方へドライブするというので涼しい釧路で休んで

いるというと、じゃー、和美と2人で行って来ますと言って出かけた。

 その日は、ゆっくりして11時頃にホテルを出てバスに乗って釧路駅近く

で昼食をとり市内を散策して回った。そして午後3時過ぎに戻って早めに

寝た。涼しいのが一番ありがたく、よく寝られた。夜7時に義朗が戻って

きたので夕食をとりながら、明日の計画を話すと、一郎が、翌日は、

駅前の釧路観光のパンフレットを見せて、これでゆっくりと観光して

くると言うと了解して別行動することにした。


 観光コールが3つあって2日おきに観光をして回った。それ以外は、

涼しい潮風を浴びて、散歩をして疲れたら昼寝する生活をして涼しい夏を

楽しんで、8月11日に長津田に戻ってきたが涼しい、北海道から一気に

暑い真夏の関東に戻ってきて1日中、エアコンを掛けて生活していた。


 12月20日にグアムに飛んで、避寒の旅に出かけて、メーシーズで

バーゲンセールのドレスを買って4日間、昼間、健康のため散歩したが

汗びっしょりになり日焼けするほどの日射しで気持ちよかったが日本に

帰ってくると急激に温度が下がって体調崩して2日間寝込んでしまった。


 避寒と行っても程度問題だと感じて冬のグアム夏の釧路は気をつけよう

と感じて金井一郎と義朗夫婦が日本に帰って、やがて2003年を迎えた。

2003年は寒い日が続き、快晴の日の昼にたまに散歩に出る程度だった。

 金井一郎夫婦が3月になり一足早い熱海桜祭りに行って早咲きの桜を見て

、温泉に入り1泊して帰って来た。その後2003年5月、亡き金井次郎の

長男、秀二は目標を橫浜市大医学部を希望し翠嵐高校で勉強して成績が

学年3位まで上がり合格の可能性75%となり2004年に橫浜市大

医学部を受験することを決めたと言う知らせを聞いた。


 その後は進学塾の模擬試験を受けて受験に備えて勉強の日々が続き、

しばらくして2004年となり、金井一郎の家族全員で初詣でに行き、

秀二の橫浜市大医学部合格祈願をしてきた。2月の試験に合格して橫浜市大

医学部に合格して医学部の近く大学の近くにアパートを借りて大学に通う

ようになった。その後、長女の秀子は2004年10月に三菱銀行を

めざして就職活動をしていて、好反応をもらっていた。


 その後2005年4月に東京都立大学を卒業して三菱銀行都立大学

支店に入行し近くの目黒区のマンションに引っ越して行った。

 同じ時に義朗の長男・太郎も希望していたキーエンスに就職できて、

会社近くのマンションへ引っ越して行った。

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