早食い勝負
キム
早食い勝負
駅のホームにあるお蕎麦屋さん。
今日はちょっと時間に余裕がないので、一度も利用したことがないがこの店に入ってみた。
自動ドアを通ると入り口横に食券機があったので、食券制であることを把握する。
五百円玉を入れて、きつねそばのボタンを押す。
食券とお釣りを手に取り、食券をカウンターのおばちゃんに渡す。
「お願いします」
「あいよ。半券持って待っててね」
千切られた半券を受け取り、カウンターから離れる。
立ち食い席を見回すと、結構混み合っているが食べられないことはなさそうだ。
適当に空いている席を見つけてあそこにしようと決めていると、おばちゃんが叫んできた。
「はい、十番さんきつねそば十一番さんきつねそば十二番さん月見そば!」
手に持っている半券を確認する。
十一番。私だ。
カウンターに行って半券を渡し、きつねそばが乗ったおぼんを持って先程決めた席に向かう。
椅子がないテーブルだけの席に着くと、同じタイミングでおぼんを持ったサラリーマンが並んだ。
おぼんの上をちらっと見ると、私と同じきつねそばが乗っていた。
多分、一緒に呼ばれた人だろう。
割り箸を取って、手を合わせる。
「「いただきます」」
挨拶がかぶった。
お互いに横目で相手を確認しつつ、割り箸を割る。
負けられない……!
同じタイミング、同じ食べ物、偶然ではないだろう。
私は時間がないから早く食べるだけなのだ、と自分に言い訳をしつつ、心の底から湧いてくる対抗心を糧に麺をすする。
ズズッズーッズッ
もしゃもしゃもしゃもしゃもしゃ
ごくん
はあー
ズーーッ
食べる手と口を止めずに隣を見ると、あちらもとても急いで食べている。
いや、ただ急いでいるだけではないのだろう。
明らかにこちらに対抗意識を持っている。
唐突に始まった早食いバトルにも動じていない様子。
サラリーマンの人だとこういう突発的な勝負は日常茶飯事なのだろうか。
考えていると手が止まりそうだったので、それ以上は考えることをやめ、食べることに集中する。
箸で一度に挟める麺の量、口の中に残っているまだ噛んでいない麺、最短の手順で食べきるルートを頭の中で構築する。
十数秒の間、ひたすらに食べて食べて、食べた。
麺の量はあとひと口ほど。
ゴールが見えてきたので再び相手の器の中を確認すると、私の方がリードしていた。
勝った……!
勝利を確信し、最後の麺の束を箸で挟む。
挟んだ麺を口に入れる。
噛む。噛む。噛む。
飲み込む。
私は麺のなくなった器の中に目をやった。
―――話は変わるが、
きつねそばの『きつね』とは、トッピングとして乗っている油揚げのことを指す。
そばとは別にトッピングとして購入した油揚げなら別皿にするか尋ねられることもあるが、きつねそばとして購入した場合の油揚げは基本的にそばの麺の上に乗せられてくる。
そしてこの女子大生。
大好物は最後に食べる派だった。
当然のように、油揚げも残っている。
そして話は女子大生の視点に戻る―――
しまった。
気づいたときには、先程の勝利を覆す焦りが止まらなかった。
麺は食べ終わった。
しかし、私たちが食べているのはきつねそば。
麺だけではない。油揚げがある。
そしてその油揚げは、まだ手付かずで残っていた。
油揚げは大の好物なので、味わうことなく食べるなんてことはできない。
ああでもこれを食べきらないと早食いには勝てない。
どうしようどうしよう。
「ごちそうさま」
私が悩んでいると、隣のサラリーマンが手を合わせていた。
負けた。
私は早食い勝負に負けたのだ。
どれくらい悩んでいたのかわからないが、相手はその間に残りの麺と油揚げを食べ終わってしまったようだ。
向こうは敗北者に興味すら持つ気がないように、こちらには一瞥もくれずに食器を片付けて店を出ていってしまった。
あるいは、これは私が勝手に始めて、勝手に負けた勝負だったのかもしれない。
つゆをたっぷり吸った油揚げを噛むと、敗北の味がした。
早食い勝負 キム @kimutime
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