とみこちゃん

 歳を重ねれば、それだけ時が過ぎるのを早く感じるというが、まさにその通りで。ついこの前体験版が出たゲームが、知らない間に正式リリースされている、ということが実体験としてよく起こるようになってしまった。


『ウツロマユ』というゲームも、僕にとってはそうした内の一本であった。


 子細は省くが、倒れた祖母の家に主人公が泊まりに行くと、怪物が現れ祖母の家(古民家)で追いかけまわされ……というゲームである。

 主人公は怪物に対して対抗手段が無く、そのためひたすらに逃げて隠れて、怪物をやり過ごして、様々なアイテムを入手してギミックを解除して話を進める、というようなゲーム性になっていた。


 横着な説明をしてしまうと、武器の無い『サイレン』シリーズ、あるいは和製『エイリアン・アイソレーション』といった所だろうか。


 ともあれ本作は、そうしたホラーゲームという下敷きの上、読み解き甲斐のあるシナリオや、ホラーゲーム好きならクスリとしてしまうようなオマージュまであり、非常に満足感のある作品であった。


 さて、突然ではあるが、この古民家。

 いざ3Ⅾモデルを作るとなると、色々と面倒なのだ。

 まず小物が多い。古民家っぽくするには思いつく限りで、古いテレビ、使い古された椅子と机、のれん、こたつにミカン、外に停められた車などなど。

 

 小物といえど手を抜くことは出来ず、その小物に対してもまた表面に汚しなどを入れて年季が感じ取れるようにしなければならない。


 私事で恐縮であるが、まだ業界で新人だったころにこうしたことにピンと来ず、内装込みの家一軒のモデル作成をデザイナーに依頼し、工数が短すぎると怒られたのをよく覚えている。


 その際に、先のようなことを教えてもらいつつ、それとは違う概念として『ヒューマンスケール』というものを教わった。

 これは様々なものの大きさを人間の体をベースにして考えることである。

 例えばスマホは人の手のひらで握りこめるだけの大きさだし、ベッドは奥行きが成人男性の身長分くらい。椅子の足は膝ほどまでの高さで、机は腰より少し上くらいの高さになるように……と、日常生活で周囲にあるものは全て、人間が使うことを想定して大きさが考えられている。


 で、ややこしいのが、これをゲームの中に落とし込む場合である。

 あくまで僕の経験による話だが、3Ⅾゲームに登場するオブジェクトの大きさは、最初に主人公のモデルデータを作成し、それに対して大きさを当てはめていく、というやり方が殆どだった。


主人公の身長の設定は150cmで、仮にこのモデルデータも同じ高さとして……といった具合に、オブジェクトやマップ、他のキャラモデルを作成していったのである。


ようは、その世界に住む人の――ひいては誰のための物なのかを意識して、小物や建物を作る必要があるのだ。



そういう事もあってか、ゲーム業界においても、このヒューマンスケールという単語は浸透しているようで(少なくとも僕の周りでは)、先ほどの無茶を言ってしまったデザイナーにこの単語と概念を教えてもらったのである。


話はそれから少し飛んで、2年後。

あるプロジェクトに居た僕は、そこで3Dのアクションゲーム開発に携わることになる。たまたまではあるが、そちらでも同じように家モデルを作成することとなり、プランナーとして参加していた僕は、家モデル担当のデザイナーの進行管理をすることとなった。


当時一緒に仕事をしていたのは、沢城(仮名)という、外注の男性デザイナーだった。歳は当時で30代くらい。業界ではよく見かける、長髪を後ろでくくった髪型だったのをよく覚えている。


進行管理ということもあってか、僕と沢城氏は会話することも多く、僕自身もコミュニケーションの一環として意図的に雑談をしている所もあって、作業の後半にはかなり打ち解けることが出来ていた。


その中で、彼に僕が怪異譚好きであることがバレてしまったのだが、彼自身はあまりそうしたものに興味がなく、むしろ苦手としているようだったので、僕からはあまりそうした話題は振らないようにしていた。


 ただ、ある夜のこと。

 その日も、進捗確認も兼ねた雑談をしていた折、沢城氏が僕にある話をしてくれたのである。

 話自体はそこまで奇怪ではないものの、怪談が苦手な彼から、ということもあって妙に耳に残った。


なお、その『話』は僕と語り合うにつれ事態が進んでいき、最終的に解釈によっては怪異譚と呼べなくもない、と感じたためここに記そうと思う。


 以降は、その時の彼の語りを起こしたものである。

 基本的に時系列順に彼との会話のみを文章に起こしているが、途中、僕も気になって調べたところもあり、それらも差し込まれていること、ご了承願いたい。


◆◆◆


『1』

 前にも言うたと思うんですけど、僕、兄貴が居ましてね。

 えぇ、歳は2つほど上の。

 で、その兄貴、結婚してて娘が居るんです。

 たしか、5歳くらいやったかなぁ……。


 ほんで、兄貴と嫁さん、娘、の三人と、僕の両親が一緒に実家に住んでるんですね。ほら、子育ては最初が大変や、言いますやん。


 なんで、兄夫婦を助けるためや、いうことでオトンとオカンが、兄貴の娘を一緒に面倒見るってことになって。兄貴も嫁さんも共働きやったんで、えらい助かってるみたいで、しかも実家暮らしなんで貯金も出来るみたいで、ええこと尽くめやと。


 危惧してた嫁さんとオカンとの仲も、えらい良好で。なんや趣味が合ったみたいです。


 兄貴と嫁さんが仕事に出てる間は、オトンとオカンが娘の面倒見てるみたいなんですけど――なんや急にちょっと怖いって言いだしたらしいんです。


 何でも、娘が誰もおらんところに向かって『とみこちゃん』って言っとると。


 オカンが、とみこちゃんって誰? って聞いたら「友達やねん」って。一緒におままごととか、人形遊びしてるみたいで。

 そんで、それを兄貴と嫁さんに相談したら、『イマジナリーフレンド』ちゃうんかって。


 ほら、何や怖い話とかでよく聞く、小さい子が頭の中で作る空想の友達のアレ。怖い話によう出てくるから、ちょっと不気味さはあるけど、でも成長の過程で実際に起こりえることやから、気にせんでええと。


 ほんでも、オカンは気になったみたいで。

オカン、定期的に僕に米送ってくれるんですけど、そん時の連絡の電話でその話をされたんですよ。


 アンタん時は、そんなんあった? って。

 いやいや、そんな覚えてないよ、って返したんですけどね。

 っていうか、オカンが知らんかったら、僕も知らんよ、と。


 ガイシさんも、そういうのあったりします?



『2』

先週言うてた、イマジナリーフレンドの話なんですけどね。

何か進展あったみたいで、何でもその『とみこちゃん』が、兄貴の娘に名前聞いてくるらしいんですって。


あなたのお名前は? って

娘は『ひなた』って答えるんですけど、とみこちゃんは『お母さんの名前は』って聞いてくるそうです。そんで、答えると今度は『お祖母ちゃんの名前は?』って。



イマジナリーフレンド、ってそういうもんでしたっけ?



『3』

 例のイマジナリーフレンドなんですけどね。

 ちょっと変なことが分かりまして。いや、まぁ偶々やと思うんですけど……。

 兄貴の嫁さん、妹さんが居るんですけど、その妹さん曰く、兄貴の嫁さんも昔『とみこちゃん』と遊んでたって言うんです。


 当の嫁さんは、そうやっけ?って覚えてないらしいんですけど、妹さんはえらい気味悪かったみたいで覚えてたんやと。


 しかも、嫁さんのお母さんも昔、そういう名前の子と遊んでたらしいんです。

 えぇ、これもイマジナリーフレンドらしくて。

 その話はえーっと、兄貴から見たら嫁の母方のお祖母さんが言うてたみたいです。

 今度嫁さんの実家に帰るみたいなんで、そん時にまた詳しく話を聞くとか。



『4』

 小さい子って、何考えるか分かりませんよねー。

 また兄貴の娘の話なんですけど、このまえ押し入れの中に入り込んでじっとしてたらしいんです。

 かくれんぼでもしてるの? って見つけたオカンが聞いたら、『おはしらごっこ』してるねん、って。


 なんでしょうね、おはしら、って



『5』

 聞いてきたらしいです、『とみこちゃん』の話。

 でも、なーんか毛色が違うみたいで。

 嫁のお祖母ちゃんの話なんですけどね、昔よう遊ぶ友達に『とみこちゃん』って子が居ったらしいんです。

 おままごととか、人形遊びとか。

 そういうんを一緒にやったり、外でどっかに探検に行ったり。

 

 でも、ある日、そのとみこちゃんが居らんようになってしもうたんやと。

 お祖母ちゃんが住んでた村は、山のふもとやったみたいで、よう土砂崩れがあったらしいんです。


 で、ある日、夜中にえらい地震があって、外出てみたら土砂崩れが起こってたと。幸いにもお祖母ちゃんの家からは遠かったらしいんですけど、土砂崩れが起こってるのは、とみこちゃんの家やったらしいんです。


 えらい事や思って、落ち着いてから行ったらしいんですけど、もう何もかんも土砂に埋もれてしもうてて、そこに家があったんかどうかさえ、分からんかったらしいんです。


 まぁ、今から、60年以上前の家ですから、強度とかもやっぱり今ほど強くは無かったんでしょうね。


 土砂に巻き込まれたんは、とみこちゃんの家だけやのうて他にも何件かあって、村の大人たち総出で、救助活動をしたらしいんです。


作業が終わったくらいで「とみこちゃんは大丈夫ですか」って、お祖母ちゃんは大人たちに聞いたらしいんですけど、皆大丈夫やから、って言ってそれで終わり。


 大丈夫やから、というのはちょっと変ですよね。

 大丈夫やった、やったら分かるんですけど。


 納得いかんけど、でもそう皆から言われたらもう食い下がるしかありません。

 当時のお祖母ちゃんは、まだ6歳くらいなんで。

 大丈夫や言うてたから、じゃあ、いつかまた会えるはずやと思って過ごしてたんです。

 でも、いつまで経っても、とみこちゃんは会いに来ません。

 おかしいと思って、お母さんに聞くんですけど、『とみこちゃんって誰?』って言うらしんです。


 ――えぇ。


当然、とみこちゃんは、お祖母ちゃんの家にも来ていましたから、お母さんも知っているはずです。なのに、知らんぷりをする。

 いくら説明しても、誰? と要領を得なかったそうです。

 

 それでおかしいと思って、とみこちゃんの家に行くんですけど、もうそこは土砂崩れのせいで更地になってて、何も無いんですね。


 以降は誰に聞いても、とみこちゃん何て知らんの一点張りで。

 小さい村やから、皆見てるはずやのに。


 もうとみこちゃんの事、覚えてんのは自分だけやと思ってたらしいんですけど、それも時が経つにつれて、お祖母ちゃん自身も、ホンマにとみこちゃん、って居ったんやろか、って思うようになったらしいんです。


 物凄い昔の頃の記憶やし、それこそイマジナリーフレンドやったんやないかって。


そういえば、とみこちゃんの家族を見たことが無いな、って思い出したらしくて。とみこちゃん自身も、そういう話はせんかったし……。


 でも、家に帰る所は見たんです。

 自分が住んでるのと同じくらいの普通の家に、とみこちゃんが帰ってくのを。


 ただ、その家も大人たちが集会所代わりにしてたのを思い出して……あれっと、なったと。



 ……っていう話を、昔お祖母ちゃんによくされたそうです。

 

ちなみに住んでたところで、土砂崩れがようあったらしいんですけど、その一件以降とみこちゃんとは会えんくなった代わりに、土砂崩れの頻度は下がったらしいんです。


 もしかしたら、山の神様と遊んでたのかも、って言ってたそうです。



『メモ1』

・件の村は東北地方の●●県。

・現在では合併等で名称が変わって今は、■■■■村とされている。

・実際に過去土砂崩れが頻発していたらしく、昭和40年代に鎮魂のための小さな社が設置されている。

 

・沢城氏の兄嫁の曽祖父が、この村の村長であったらしい

・この社は村長が設置した。



『6』

 この前言ってた、イマジナリーフレンドの話なんですけどね。

 いや、何か兄夫婦がノッてきたみたいで。

 何でもお祖母ちゃん、今は施設に居るらしいんですけど、ちょっともう体が悪くなってしまってるみたいでね。

 本人も家に帰りたいんやと。

 せやったら、次の休みに帰ってきて孫と一緒に遊ぼうか、て。


 で、そん時にとみこちゃんの家があった所に行かんか、言うんですよ。何でも一連の話は、そのとみこちゃんがお祖母ちゃんに会いたいから出てきてるんちゃうんかと。


 なんや、ネットでそういう風な感じの、土地神様と遊んだ話とか見たらしく手、それちゃうんかと。


 僕としてはちょっと不気味な話に感じて来てるんで、気乗りはせんのですが、兄貴らはやる気みたいで。

 今度下見してくるみたいです。



『7』

 兄貴から聞いたんですけどね。

 そのとみこちゃんの家があったって場所、今は更地になってて小さい社があるだけみたいらしいです。

 慰霊のためのもんでしょうかね。

 ただ、大きさがちょっと変、というか。まぁ、さっきも言ったんですけど、全部小さいんですね。


 鳥居とか、その奥の社とかも大人が潜るには小さいというか。

 階段の高さとか、扉の大きさ、取っ手の位置とか全部子供用やったというか……。

 しかも、社の中には小さい人形とかが置かれてたそうです。

 ――いやまぁ、勝手に開けんなよ、って話なんですけどね……。


 なんでしょうね。

 もしかしたら、ホンマに土地神様を祀ってて、それが子供とかなんですかね?



『8』

 そういや明日土曜に、お祖母ちゃんと一緒に例の社に行くらしいです。

 何でも嫁さんの家族も皆行くみたいで。

 流れで僕も誘われたんですけど、さすがにお断りしましたが……。


 ガイシさんなら興味ありそうですよね。

 ははは。



『メモ2』

・会社から沢城氏への年賀状については、喪中のため見送り。

・沢城氏は葬儀のため数日の休みを取られる。

・メンタル面のケアも考慮して、このままプロジェクトから外れることも考慮し、代替の人員を探す必要がある。


・会社から何らかの電報は、亡くなられた人数があまりにも多いため、唯一の生存者で入院中でもある氏の兄に対する、見舞いの品を用意する方向で決着。



『メモ3』

 ●●県■■■■村で発生した土砂崩れについて。

・ニュースによると、崖への亀裂、水の噴出といった前兆はなかったらしく、異様に突発的なものであったらしい。

・犠牲者は当時、慰霊に訪れていた沢城氏の兄と、その嫁一家。

・死亡したのは、村長の血筋の人間だけ。(兄嫁、兄嫁の妹、兄嫁の母、兄嫁の祖母、兄嫁の娘)

・唯一生存した沢城家の夫は入院したものの、奇跡的に軽い捻挫だけで済んでおり、事故発生後2週間で退院。


・今回の土砂崩れによって、慰霊のために設置された社がその設置場所ごとえぐられるような形で倒壊した。


・社直下の地面が掘り起こされ、救助活動の際、その個所から5~6歳ほどの少女の白骨死体が見つかったと報じられている。


また、白骨死体の頭部は一部陥没しており、他殺の後、埋められたのではとのこと。

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