リモートワーク


 振り返ってみれば、2020年という年はひたすらに耐え忍んだ1年であったように思う。

 コロナウィルスの感染拡大によって、緊急事態宣言が発令され、企業はその就業形態の変更を余儀なくされ、飲食店ならびに接客業は、その売り上げに大打撃を受けた。


 そうした中で僕たちゲーム業界がどうであったかというと、ほかの企業と同じく、テレワークへの移行を余儀なくされることとなった。

 僕の会社でも、社長と営業が車を出し、社員全員のデスクトップパソコンをそれぞれの自宅に運送し、それを各社員が受け取り、自宅で再設定して――というようなことを、どうにか3日ほどかけて行い、なんとかテレワークへと切り替わっていった。


 ただ、この自粛期間というのも、読者の皆様の知る通り、おおよそ6月ごろには解除されており、僕ら業界の人間もそのころからは、通常の勤務体制に戻っていったのである。

 自粛期間後のある夜のこと。

 僕は久しぶりに友人の『新原(仮名)』とゲームをすることになった。

 協力してモンスターを狩る、例のオンラインゲームである。

 何やらイベント期間中だったらしく、そのイベント終了までに素材を集めなければならないらしいのだが、今まで忙しくて手が出せず、開催期間ギリギリまでほったらかしにしてしまい、すっかりケツに火が付いた状態なのだという。

 僕としては、そのゲームはしばらくやっていないものだったので、久しぶりにプレイするのも悪くないと思い、新原の手伝いを承諾することにした。

 僕は新原にディスコード(ボイスチャットソフト)で、通話を繋いで、ゲームを立ち上げた。

 

 とはいえ、この手のゲームをプレイした方なら、察しはつくかと思うのだが、こういう素材を集める類のゲームというのは、最初こそ『あーだ、こーだ』と喋りながらプレイしているが、同じことを何度も繰り返す性質上、中盤を過ぎるとだんだんと、分かりやすく中だるみしてしまうのだ。


 今回もご多分に漏れず、僕と新原も始まって1時間を超えたところで、プレイしているゲームに対する話題もつき、黙々と作業のごとくモンスターを狩り続けることになっていってしまった。

 いつしか、口数は減り、僕の耳にはゲームの音声と、ディスコード越しに聞こえる新原のゲームの音しか届かなくなっていた。


 ただ、さすがにマンネリ化してきたので、休憩も兼ねて一度装備を変更しようということになった。


『ガシャン ギィィン ガキャン ギィィン ギィィン ギィィン』

 ゲーム内のUIが動く際に鳴るSEだけが、大きく耳に届く。




『そういやお前、怖い話とか好きやったやろ』


僕も別の武器を使おうかと、ガチャガチャ装備をいじっていると、ふと新原がポツリとつぶやいた。

「なんや急に」

『いや、この前のリモートワーク期間中にな、ちょっと俺の会社っていうか、オフィスで変なことがあったんよ』

「なんや、空き巣にでも入られたんか」

『惜しいなぁ。――空き巣やのうてな、お化けに入られたんや』



 以下は、新原から聞いたその話を、『俺』こと『新原(しんばら)』の視点で僕がまとめたものである。

 なお、登場人物に名前をふっているが、新原も含め、それらは全て仮名であることをご了承願いたい。


◆◆◆


 俺の会社も、お前のとこと同じで、社員全員、自分のパソコンを持って帰って――ってやつやったんや。

 とはいえ全部やのうて、プロジェクトごとに管理してるロム焼き用のマシンとかは、そのままやったけどな。


 少し妙なことが起こったのは、リモートワークが始まって2週間が経ったくらいのことやったな。


 そのころには、すでに俺もこの自粛生活にも慣れていて、リモートで面接もやって他社から人員を追加したりもしてたんや。

 っちゅうんも、俺が所属していたプロジェクトが、ちょうど物量の大量生産の時期に差し掛かっとってな。もともとこの時期に、外の人間を複数人アサインするつもりやったんや。

 何人か人を入れて、リソース作成用の資料を共有して、作業指示も出して、スケジュールを調整して、どうにかプロジェクト全体に大きな遅れが出ないように進行して――ってえらい大変やったわ。

 ただまぁ、仕事自体は自粛期間中でも、普段とそう変わりなく進めることが出来てたんは、幸せなことやったんろうなと思う。


それでもちょっと気になるところがあってな……。

お前のところはどないしてるか知らんけど、『カメラ』ってあるやろ。

写真撮るほうやのうて、ビデオ通話用のやつ。

あれがな、俺の会社やと家にある人と無い人とで、半々くらいでな。

 会議とかの時に基本はビデオ通話でやるねんけど、カメラ持っていない人はスマホで代用してたんや。

でも、慣れてきたあたりから、何かそれも面倒になってもうて、結局しばらくしたら半分くらいの人が、声だけの参加になったわけよ。


 そんでや。

人のアサインは、俺ともう一人、上司の『高山さん(たかやま)』って人でやっとってな。

忙しくなってくると面接も、その高山さんだけに任せることもあって、それが重なってくると、さっきのカメラの件もあって、一緒に仕事をしているのに一度も顔を見たことがない人もちらほら出てくるようになってきたんや。


 ただ、俺も顔の分からん相手と仕事するんも、別に初めてとちゃうから、そん時はそこまで気にならんかった。


 確か、そんな人らがちらほら出始めた時やったと思う。

 変なことが起こったんや。

 

 まぁ、リモートワークの弊害っちゅうか、自宅で仕事をしとるせいか、遅い時間になっても、ずるずる仕事しとることが、まぁまぁあってな。

その日もそんな風に、仕事を続けとったんや。


 時間は確か、夜の十一時頃やったかな。

 俺は納品された画像データのチェックをしてた。

 まぁ、やり方は色々あると思うけど、俺のところは、まず発注をかけた企画が、納品物が資料通りかとか、納品点数はあってるか、みたいな軽いチェックをする。そんで、そのあとにデザイナーに回す、っていうやり方をしてた。

 せやから、俺がとりあえず、その上がってきたデータを確認してたんや。


 俺がその時確認していたのは『道間さん(どうま)』っちゅう女性のデザイナーさんのデータやった。

その人も俺が一回も顔を見ていない、外注さんの一人やった。

 その人が女性なんは、社内会議で通話だけで参加してもらった時の声から分かっとった。


 納品されたpsdに目を通して、発注資料と見比べる。

 道間さんに依頼してたんは、ゲームで使用する背景画と小物の画像データやった。

 道間さんからは受け取りが初めてやったから、ちょっと不安やったけど、特になんも問題ないし、クオリティもめちゃめちゃ高かったから、ホッとしたんは覚えてる。


 ――そん時はな。


 そんで俺が明日の朝に道間さんに送る用のメールを作っとったら、slack(チャットツール)の社内窓に通知が来とったんや。



〈toAll:今誰か会社にいますか?〉



 社長が、社員全員向けにそう聞いとったんや。


 さっきも言ったけど、時間は夜の十一時過ぎで、しかも今は自粛期間中や。

社員の殆どがリモートワークに切り替わってるから、会社には誰も居るはずがない。

 せやのに社長はそんなんを聞いとる。

 なんやこれ思って、俺がしばらくその窓を見とると、誰かが社長のメッセージに返事をした。

 

<to(社長):僕は家にいますよー>


 その人は自粛期間中も唯一、会社に出とった役員の『広松(ひろまつ)』さんやった。

 ただ社長はなんやそれでも気になったんか、もう一回 <他はー?> と質問を続けた。


<to(社長):何かあったんですか?>

<to(広松):誰かのパソコンがついてる>


 社長が言うには、業務のついでに社内のパソコンの稼働状況を外部から確認したら、今朝の時点では稼働してなかったパソコンが一台、夜の時点で稼働しとったらしいんや。


 そのパソコンは、個人のものではなくて、他のロム焼きマシンとかと同じ種類のIDのもんらしくて、誰かが何かの作業用に、今日会社に出てきて電源を入れたままにしてるんちゃうかって、――そういう話やった。

 別に業務に必要なことやったら問題ないねんけど、ただ社長としては、そういった旨の報告も受けてないし、しかもそのパソコンのIDもあまり見覚えのないものやったから、みんなに聞いてみたんやって。


 その後、各プロジェクトの管理者に確認が飛んでんけど、誰もそんなことはしてないって返事してた。


 でも、こうなると困った話で、ただ事実だけを並べて整理したら、『社外の誰かが留守の間にオフィスに侵入してパソコンの電源をつけた』ということになるわけや。


 とはいえ、会社も防犯設備はしっかりしとる。

 オフィスへの扉には電子ロックがかけられとるし、開けるには専用のカードが必要や。

仮にどうにかして忍び込んだとしても、社員が退室し、中を『点検モード』にしてしまえ

ば、すぐに警報が鳴って、契約しているセキュリティ会社の人間が飛んでくる。

 

 でもまぁ、もしそうなってたら、さっき言ったセキュリティ会社から社長に連絡が飛んでくるはず――なんやけど、何となくチャット見てる感じ、そういう連絡は来てないんやろなってのは、みんな分かってた。


 ただ、さすがに今はどうすることも出来へんやろってことで、社長と広松さんが明日出社して確認する、っていうので話が纏まりかけてたんやけど――


<toall:スカイプのカメラで社内の様子とか見れたりしません?>


 同期の『桜庭(さくらば)』って奴が提案したんや。


 そいつが言うには、会社に置いているパソコンを遠隔操作して、そのパソコンでskype(ビデオ電話ソフト)を立ち上げて、会社のパソコンと通話することで遠隔操作しているパソコンのマイクや、カメラから、ちょっとだけやけど会社の様子が分かる、って話やった。


 確かにその方法やったら、多少は分かるかもしれんってことで、会社にパソコンを置きっぱにしてて、しかもそれがカメラとマイクのあるパソコンの人間を探した。

 

 普通、そんなん居らんと思うやろ?


 おったんや、一人。

 うちの営業の人間で『木下(きのした)』ってやつが、会社にパソコンを置きっぱなしにしとったんや。

 持って帰るのが面倒くさかったんと、自粛期間もすぐに終わるやろっていう、そういう魂胆やったらしい。

 まぁ、結果は延びに延びたけどな。

 

 そんで、とりあえず確認する事になって、今起きているメンバーで通話のための部屋を作って、木下の会社のパソコンにテレビ電話をかけた。

 木下が会社のパソコンを遠隔で操作して、そっちで通話を受けたら、桜庭の言うた通り、俺のパソコンの画面に、木下の会社のパソコンから見た社内の様子が映った。


 そういうても、カメラは別に、監視カメラみたいには動かせん。

通話用のもんやからな。

あくまで取り付けられた位置からしか、見ることは出来ん。

 

 俺らはしばらく、木下のカメラが映すアイツの席と、その奥の様子をじっと見つめとった。

 暗くて、誰もおらんオフィスの映像をじぃっとな。

 ホラー映画みたいに、急にわっとお化けとかが出てきたら、どないしようかと思ったけど、結局そうはならんかった。


 しばらく目を凝らしていたが特に何も映らんし聞こえんしで、しびれを切らした社長が、

『さすがに何も分からんか』

 とつぶやいた。

『誰か侵入してたとしても、こんな時間まで居るなんてことないですからね』

 って広松さんも言うとった。。


 俺もしばらく、真っ暗な画面を見つめとったけど、さっき言ったみたいに特に何も映らんかった。

また明日やなと思い始めたところで、木下がつぶやいた。


『なんか聞こえません?』


 なんやと思って、こっちのパソコンの音量上げてみたけど、なんも聞こえん。


『いや? 何も聞こえへんけど?』

『なんの音が聞こえるんです?』

『PCの音ちゃうん?』


 他の連中がそう言ったんやけど、当の木下は音を聞くんに集中してるのか、黙りこくってしまって、何やら気味の悪い時間が過ぎていった。


 不意に木下が「あ」とつぶやいた。

アイツの家のパソコンのほうから、何か操作するような音が聞こえてくる。


『なんか分かったんか?』

 社長の問いに木下は『いいえ』と答えた。


『何かは聞こえるんですけど、音が小さくてよう聞こえんくてですね……。ただ、そういえば、会社のパソコンの設定で、環境音をはじくみたいな設定にしてるような気がして――あ~、やっぱりしとるわ』


 カチカチと、マウスのクリック音がして、それから『これならどうです?』と、木下が言った。

 たぶん、言ってた設定を変えたんやろな。

 でも残念ながら俺は、一向に何も聞こえず、社長も困った顔で『う~ん』と唸るだけやった。

 ほかの連中も同じみたいで、みんな眉間に皺寄せて、画面じっとみとったけど、なんも聞こえてないみたいやった。


 ただ一人、木下だけが何かを聞こえているような素振りをしとった。

『何か聞こえるんか?』

 どうしても気になって俺が木下に聞いたけど、なんやアイツも『うぅむ』と唸って黙ってしもうたんや。

 そん時は、多分何が聞こえてるか、自分でも良く分かってなかったんやろうな、と思った。

 結局、その日はそのまま解散になって、あとで社長と広松さん出社して、確認することになった。


 結論から言うと、原因は空き巣でもなくて、パソコンにあったんやと。


 誰も使っていないパソコンが、確かに立ち上がってた。

ただ、そのパソコンが壊れてるのか、シャットダウンしても、なぜか再起動してまうらしくて、困り果てた社長が根本のコンセントから抜いたらしい。


 それからしばらくして、世間もちょっとは落ち着いて、俺らもリモートワークを終えて、会社に出社し始めるようになったんや。


 俺は、どうしてもあの音が気になったんで、久しぶりの出社日に直接、木下に聞いた。

 でもアイツは、何とも言えん顔して『よう分からんかったんです』って言うだけ。

何回か食い下がってようやく、『何か鉄っていうか、そんなんが擦れるような音がしたんです』って言ったんや。

俺はてっきり、女の声とか、何か変な鈴の音とかが聞こえてたんかと思ってたもんやから、『何やそれ』って言うてもうたんを覚えてる。


木下も、どっかのパソコンの駆動音か、外の音かって言うとった。

俺の会社は大通りに面してるからな。

トラックや何かが、よぉ通るから、その音かもしれんて。


 ただ、その日からが木下は、残業をせんようになった。

定時になったらすぐに帰るようになってな。

前までは、遅うまで何やダラダラやっとったんやが、ぴしゃっと仕事を終わらすようになってたんや。

ブラック企業やの言われとる、今の時世的には、それが正しいのんは分かるんやけど、それでも何か俺には引っかかる所があってな。

もしかして、やっぱりあの時の音で、他にも何か聞いとって、それで夜遅くまで会社にいたないんとちゃうか――って。


まぁ、今となっては分からん話なんやけどな。

 ちょっと話飛ぶけど、木下は先月に退職したんや。

 別の会社に転職する、って他の奴から聞いた。

 今になって考えたら、早くに帰ってたんは、その転職活動をしとったからなんかもな。

 

 でも……俺にはアイツが何かにビビっとるように見えてんなぁ。



 あぁ、ほんでや。

 木下から、音の話を聞いた俺は『あれはパソコンかトラックの音』で、自分の中で決着ついてもうて、もうすっかり終わった気でおった。



 だから、この次の話は、それとは何も関係ないもんやと思った。



 通常の業務体制に戻ってしばらくしてから、俺は社長と役員の広松さん、それから上司の高山さんに呼び出された。

 何かヤバいことでもあったんかと身構えとったら――。


 あー、これ言うてもええ奴かな。

 まぁ、お前にやったらええか。


 話の最初のほうで、『道間さん』って人がおったやろ。

 俺が顔を見てない外注さん。

 その人のデータがな――、全部、別会社の背景の丸コピやったんや。

 ぜーんぶ。

 

 なんで分かったんかは、もう運でしかなかった。

 たまたま俺の会社の別プロジェクトの人間が、その道間さんが描いた背景を、テスト用のロムで見ることがあって、そこで『これ●●●●●って会社のゲーム背景ですよね』って言いよったらしいんや。

 指摘した本人は、背景はまだ仮やと思ったらしいんやけど、実際はそうやない。

 きちんと俺が発注して、納品されたもんやった。


 これはエライことになっとる。

 俺も、ベテランいうほどではないけど、会社に入ってそこそこにはなる。

 でも、こんなトンデモないことされたんは、初めてやった。

 どうやらそれは、社長も広松さんも高山さんも同じみたいで、みんな、どないしよか、ってことになってた。

 

 ただ、状況としては、まだ救いのあるほうやったみたいで。

 実は支払いはまだしてなかったみたいなんや。

 せやから、道間さんとの契約は破棄して、新しく背景担当の人をアサインすれば、問題ないって感じやった。


 ほなもう、それで行きましょ――って普通はなると思うやん。

 ところがどっこい、俺の会社は律儀いうか、なんというか……。


 その道間さんに、コレコレこういう理由で契約破棄させてもらいますね、ってちゃんと言うって、言い出したんや。

 それ自体は別に普通のことやと思う。

 問題は、その道間さんに、その時点で連絡が取れんかったことや。

 メールも届かん、電話も出らん。

 そんな相手、もうほっといたらええやんけ、と俺は思ったけど、社長はちゃうかったらしい。一応、最後の手段があるから、言うて、な……。


 家行ってこい、て。


 マジか、と思ったわ。

 せやけど、そもそもは俺がチェックで気づかんかったんも悪いんか? とも、ちょっと思ってもうたし、その会議の後で行ったんや。

 ちなみに一人でや。

 高山さんは別のプロジェクトも受け持ってたから、そっちで会議が入ってもうてたからな。

 

 道間さんの家は、俺の会社から地下鉄で5駅くらい離れたところにあってな。

 ついて分かったけど、いわゆるマンション街、みたいなところやった。


 道間さんの家も、このマンションのどこかの一室らしくて、社長から貰った道間さんの資料を見ながら、目的のマンションを探した。

 

 ほんでたどり着いたんは、こじゃれたマンションやった。

 てっきり金に困って、こんな詐欺をしたんやと思った俺は、そこでちょっと驚いた。


 中に入ったら、エントランスも綺麗なもんやった。

 ええとこ住みやがって、みたいな気持ちになったんを覚えてる。


 とりあえす、仕事をパパっと済ませよう思って、インターホンで道間さんの部屋番号を押して鳴らした。

 ほんで押してから思ったんや。

よくよく考えたら、この住所、嘘ちゃうかって。


最初からこっちを騙す気でおったら、正しい住所書くかって。

現にメールも、電話も繋がらんくなってるやったら、ここもそうちゃうかって。

 

 何回かチャイムを鳴らしたけど、やっぱり反応はなくてな。

あ、ここもあかんわ、ってインターホンから離れた瞬間、


『はい』


 って、返事しよったんや。

 しかも、声はあの会議で聞いた道間さんのもんやった。


 びっくりしたけど、ひとまず、ここに来た経緯を説明したら、道間さんはひとしきり謝罪をした後、『ではお待ちしております』と、エントランスの自動ドアを開けた。


 いや、お待ちしております――って。


 心の中でツッコミ入れてたわ。

 いや、確かに面と向かって話あったほうが、ええけども。

 俺の頭の中では、入った瞬間に襲われて――みたいな悪い想像しかなかった。


 でも、開いた自動ドアが閉まりかけた瞬間、気ぃついたら俺は扉の向こうに滑り込んどった。

 

 心の中で『あーあ』って思いながら、もう半分くらいヤケになって、部屋に向かった。

 道間さんの部屋を見つけて、扉のインターホンを鳴らそうとしたら、


『開いてますのでどうぞ』


 て、中から声がした。

 

 俺は、もうこのあたりで正直得体のしれん、気味の悪さを感じてた。

 なんで玄関の扉が開いているのか。

 なんで道間さんは開けに来んのか。

 なんで俺が扉の前にいることが分かったのか。


 まぁでも、そん時の俺はもうだいぶヤケになってたから、ええいままよ、って気持ちで扉を開けて中に入ったのよ。


 扉を開けたら、奥は廊下になってた。

 突き当りにまた扉があって、廊下の左右にも襖と、扉があった。

 まぁ、奥がリビングなんやろな、と思って、俺は――ちょっと迷ったけど、靴を脱いで上がって、歩いてった。


 リビング前の扉のノブをつかんで、回して開ける。

 そしたら、妙に扉が固かった。

 油がさされてないっていうか、しばらく誰も触ってなかったっていうか。

 とにかくギギギ、て音がして、ぎこちなぁく扉が開いた。

 ほんで、扉が全部開いて、リビングが見えたんやけどな。


 誰もおらんかったんや。

 それだけやのうて、何も無かった。

 世の中にはそういう人もおる――ミニマリストっていうんか? って聞いたけど、そういう感じでもなかった。

 床のフローリングには、うっすら埃が積もってたからな。


 もしかして、夜逃げでもしたんか?

 って思ったけど、せやったらさっきの声はなんやったんや、って話になる。

 誰もおらんリビングで「道間さん」って叫んだけど、どっからも返事はない。

 誰も、この家にはおらんのか、って思って気味悪なって、もうアカン無理や、ってなった瞬間に、パッと目に入ったもんがあった。


 なんもない部屋の隅っこに、紙が落ちとったんや。

 やめたらええのに、俺はその紙がどうしても気になって、拾い上げて見てもうた。


 それは写真やった。


 その写真には女の子が映っとった。

 どっかの工場みたいな所の前で、何人かの小学生か中学生くらいの女の子がずらっと並んで、なんや不愛想な顔して映っとったんや。

 何かの集合写真みたいにも見えるけど、せやったらもうちっと愛想のええ顔するやろ。

 

 俺はこれが道間さんの何かの思い出の写真何かとも思ったけど、そもそも道間さんの顔が分からんから、この中の誰が道間さんなんかも分からん。

 ただ、どうにもこうにも怖くなってもうて、俺はその写真を元に戻して家を出た。

 出る時に部屋番号も確認したけど、貰った資料の部屋番号で間違いは無かった。


 俺は会社に戻って、社長にもろもろ説明した。

 写真の件は、まぁ、ついでみたいな感じで、もぬけの殻で道間さんの学生時代っぽい写真だけがぺらっとあっただけです、って言った。

 道間さんの件は役員のほうで何とかする、ってことになって、俺は元の作業に戻った。


 結局、あの声は何やったんか。

 住所として資料に記載されていた、あの部屋は?

 道間さんって、結局なんやったんや?


 正直、いろいろ気になる所はあったんやけど、そん時プロジェクトは、β1の納期前とかで、忙しさのほうが勝ってもうてな。

 挙句の果てに、高山さんも退職するってことになって、もう、俺としては、一人火の車みたいになってもうて。

 よくよく考えたら、高山さんが抜ける前に、道間さんのこと聞いといたら良かってんけどな。忙しすぎて、そこまで頭回らんかったんよなぁ……。


 で、や。

 俺が納期直前でヒィヒィ言ってる最中に、また社長から呼び出されてな。

 もう次は何ですか、って聞いたら、これ見てくれ、って、社長がパソコンのディスプレイを指さしたんや。


 俺の会社は、パソコン作ったり、初期化したりすんのを社長がやっとってな。

 全部が全部ってわけやないねんけど、今回のは社長がしてたらしい。


 そんで、社長がその時修理してたんが、リモートワーク中に勝手に起動してたパソコンやったんや。

 シャットダウンしても再起動するんを直そうとしてたんやな。

 

 あの時は、そのパソコンが誰のパソコンかは分からんままやってんけど、再セットアップのために中を漁ってたら、気になるデータが見つかったらしくてな。


 最初は俺も何のことか分からんかった。

 ディスプレイには画像データのサムネイルがずらっと並んでて、よぉーっと見てみたら、それが俺のプロジェクトの画像データってことが分かった。


 さらに厳密にいうなら、全部道間さんが俺に納品した、丸コピした背景画像データやった。


 当然、おれはそんなパソコンに道間さんのデータなんて入れてないし、他のメンバーもそんなことしてない。する理由もないからな。

 せやのに、そこに入ってた。

何か嫌な予感がしてメーラーを起動したら、メールアドレスが道間さんのもんになってた。

送信履歴にも、俺にメールを送った履歴がある。

 

 もう俺はわけが分からんかった。

 じゃあ、俺はこのパソコンからデータを受け取ってたんかって。

 でも、その時間には会社には誰もおらんはずなんや。

 

 全部それ話したら、社長が青い顔して、どっか遠い所のデスクを指さした。

 そこはこの前退職した木下のデスクやった。

 俺がどないしたんですか、って聞いたら、社長が『アイツの横やねん、このパソコンあったん』って。


 うわ、て。

 知らんと、声が漏れてもうてた。

 

 木下は鉄の擦れる音がした、って言うてた。

 けどリモートワーク明けから、アイツは残業せんくなったし、帰るのも何かにビビりながら帰る感じやった。

 転職活動してたにしては、何か妙やった気がする。


 ホンマは違うもんも聞こえてたんとちゃうか。

 もしそうやったとして、それが自分の席の近くから聞こえてたら、そら早よ帰るやろと。


 とりあえず、このパソコンどうします? って話になって、まずネットからは遮断しっぱなしにしよう、ってことになった。

 常識的に考えて、外部からの不正アクセスの可能性もあったしな。

 そんでさらに、一回バラすってことにもなった。

 これはパソコン内部に、不正なパーツが無いか確認するっていう意味やった。


 その場の流れで、俺がドライバーを工具箱ごと持ってきて、社長がその場でパソコンの箱を開けたらな。


 ほんならな。

 な。

 

 中から、写真が出てきたんや。

 道間さんの家で、俺が見たのとまったく同じ写真が出てきたんや。



◆◆◆


「ほんで、そのパソコンはどないしたんや」


 新原の話を聞き終えた僕は、震える声を抑えながら、彼に聞いた。

『まぁ、パソコンはバラして、写真は気味が悪すぎるからお祓いに出した、って聞いたな。実際にしにいったのは、社長と広松さんの二人で、やけど』

「お前は?」

『へ?』

「お前は、お祓いしてもらったんか?」

『いや、俺はしてへんけど。あぁ、まぁ、確かにしたほうがええんかもなぁ』


「いいから早よ行ったほうがええぞ」

『何やお前、深刻なトーンで言いよって』

「――お前今、何してる?」

『いや、家でゲームを――』

「そっちやのうて、ゲームの中の話。お前、今、クエスト行ってないよな」

『お前が行ってへんのに、勝手に一人で行くわけないやんけ。マイルームで装備変えてる最中や』

「鍛冶屋にはおらんのよな」

『まだ素材集まってないからな』



「じゃあ、お前、ヤバいぞ。音、するからな」



『ガシャン ギィィン ガキャン ギィィン ギィィン ギィィン』



 休憩時間に入ってから聞こえ始めた――いや、実際はもっと前から聞こえていたのかもしれないが、僕が勝手にゲームのSEだと勘違いしていた音があった。

 そしてそれは、鉄の擦れる音にしか聞こえず、しかも新原が今いる所では絶対に鳴らない音だった。


『マジか。いや、うーん、でも、俺には聞こえんぞ』

「こっちでは聞こえる。お前、マジで一回お祓い行っとけ」

『いやいや……。えぇ、マジか……? ちょっと一回通話切っていいか』

「何すんねん」

『パソコンの中見るんや。写真あったら、画像撮って送るわ』

「いや、要らんからな。っていうか、お前、ホンマに――」

『ほな、ちょっと後でなー』


 僕が言い終わる前に、新原は通話を切り、ディスコードの彼の状態もオフラインになった。


 以来、彼からの返事はない。

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