Act.31『女装学園・ライジング』

 昼休みの体育館裏。

 ほとんどの生徒が立ち入ることのない一種の穴場スポット的なその場所では、3人の女子生徒らが扉前の段差に座りながらタバコを吸っていた。


 県内でも有数の進学校であるここ葉世ノ木ハセノギ高校では、日頃の勉強によるストレスが溜まっている者も決して少なくない。

 彼女たちはまさにその典型例であり、表向きには優等生を演じつつも、裏では非行に走ることで鬱憤を晴らしていた。



「ほんとさ、マジでなんなの!? 昨日のアイツ〜!」


「ねー。なんかウチらが悪者みたいにされて後味悪かったわ」



 そんな彼女たちがもっぱら話題にしているのは、カツアゲの現場に乱入してきた新入生についてだった。


 名前は麻倉朔楽。校内では入学2日目にして既に一躍有名人となっており、もはや彼を知らない生徒はまず居ないだろうと言えるほどである。

 大半の生徒たちは彼に羨望と憧れの眼差しを向けているようだったが、ここにいる女子生徒たちは違う。とくにリーダー格の少女は昨日の出来事を相当根に持っているらしく、先ほどから盛大な愚痴を煙とともに吐き捨てている。



「ああもう、ガチでムカつく! 芸能人がフツーの学校に入ってくんなってのさ!」


「それ言えてるー。ウチらは刺し盛りの大根かっての」


「でも、キレイだったよね……テレビで見るよりも凄かったってゆーか」


「…………花子さあんた、まさかアイツに惚れたんじゃないでしょうね?」



 リーダー格の少女に問い詰められて『ち、違うよ!』と慌てて首を振ったのは、昨日朔楽に顎クイ──もとい手で顔を掴まれた女子生徒だった。

 口ではとっさに否定したものの、その頬はほんのりと赤く染まってしまっている。どうやら図星らしい。



「ん……まあ、美人なのは認めるけどさ。だからってこのまま新入生にデカい顔されるのもなんかしゃくじゃん?」


「う、うん。それもそうだね」


「いっそしちゃうってのもありかもねー」


「それ、アリ寄りのアリ!w」



 (約1名はあまり乗り気そうではないものの)自分たちの邪魔をしてきた朔楽へと仕返しをするために結束する女子生徒たち。

 さっそく朔楽を陥れるための手を画策しようとしていたそのとき、そんな彼女らの元へゆっくりと近付いてくる足音があった。



「っ、誰!? ……ってなんだ、あんたかよ」



 反射的に吸っているタバコを隠そうとする女子生徒たちだったが、目の前に現れた人物を見るなりそれも杞憂に終わる。

 そこにいたのは、中学時代から3人にカツアゲの標的にされている学年が1つ下の少女だった。彼女は幽霊のように覇気のない足取りで歩いてくると、3人から少し離れたところで立ち止まる。



「やっほー。やっとうちらに金貸してくれる気になった?」


「……ほら、やっぱり懲りてない……」


「は、なに? ブツブツ言ってても聞こえないんですけどー」



 完全に相手を見下しているような品のない笑い声をあげる女子生徒たち。

 このとき後輩の少女はピクピクと肩を小刻みに震わせていたが、3人がそれに気づく様子は欠けらもなかった。



「…………ない、ですか」


「ハァ。だから聞こえないって……」


「お、お金借りるとか言って、一度も返してくれたこと……ない、じゃないですか」


「はぁ? もしかしてあんた、ウチらのこと疑ってんの?」


「えー、何それひっどーい。人のことを疑っちゃいけないんだよぉー」



 まるで面白がっているようにケラケラと笑い立てる3人だったが、それでも少女は怖気付くことはあっても決して退こうとはしなかった。

 彼女は震えが止まらない喉を必死に律しながらも、やがて覚悟を決めたような眼差しで訴えかける。



「じ、じゃあ……返してください。い、今すぐに……!」


「……いきなり何あんた。昨日は邪魔が入って借りられなかったハズなんですけど」


「そ、そうじゃなくて……い、今まで貸した分、ぜんぶ……15万8032円」



 挑むように少女が告げた言葉の意味がすぐにはわからず、3人の女子生徒たちはポカンと口を開けたまましばらく固まってしまう。

 が、やがてその数字の羅列が“今までに借りた金の総額”であると理解した瞬間、彼女たちの間でどっとおかしな笑いが込み上げた。



「も……もしかしてこいつ、いちいち貸した金額を数えてたの!? うわキッモ!」


「てか一桁まで記憶してるとか流石に引くわー。まさか本気でお金を返してもらえるなって思ってたワケ?」


「えっ……」


「アハハッ、だとしたらマジでケッサクだわー! カモに金なんか返すわけないじゃんねぇ!」



 とうとう女子生徒たちの口からハッキリと、返済する意思がないことが告げられてしまった。

 どうしようもない現実を突きつけられた少女の中で、そのとき決定的な何かが途切れる。彼女は感情が消え失せてしまったように虚ろな表情で先輩たちを見つめながら、制服のポケットにずっと隠し持っていたある物を取り出した。



「あーあ……大人しく返してくれたなら、こんなこともせずに済んだのになぁ……」


「は? あんた何言って……」


「でも、仕方ないよね……だって許せないもん。私だけ泣き寝入りするなんて、そんなのはもう嫌」



 先ほどまでとは明らかに異なる雰囲気を放っている後輩に、女子生徒たちも徐々に違和感のようなものを抱き始める。

 が、彼女らがそれに気付いた時には、すでに状況は歯止めが効かないところにまで来てしまっていた。これから自分たちに降りかかる事になるであろう惨劇に、3人は抵抗もできずただ打ち震えることしか許されていないのだから。



「これから私はあなた達に“復讐”します。あの男の人から貰った、この道具チカラで──」



 凍てついた声音でそう宣言した少女の手には、拳銃のような形をした真っ赤なデバイスが握られていた──。





 校舎裏にて事件が起こるよりも少し前。

 昼休み開始のチャイムが鳴ってすぐに、朔楽のいる一年生の教室へとその人物はやってきた。



『あんた、私と付き合いなさい。これは先輩命令よ』



 そんな思わせぶりなセリフを言い放った(実際このとき教室中にどよめきが起こった)先輩──もとい神崎双葉は、これから昼食を摂ろうとしていた朔楽を否応なしに引っ張っていってしまう。

 そうして彼女に連れてこられたのは、学校の屋上だった。辺りには誰もいないその場所に連れてくるなり、双葉はフェンスに寄りかかりながら話を切り出す。



「……さて、あんたをここへ呼び出したのは他でもないわ。1つあんたに聞いておきたいことが──」


「ちょい待ちパイセン。その前にまず色々と謝ることがあんだろ……」


「私が? あんたに? 何を?」


「俺はこれからッ! この朝に買ったピザまんを食べようとしてたんだよッ!!」



 朔楽は叫び訴えながらも、紙袋に10個以上も入っているピザ風中華まんを堂々と見せつける。

 すでに殆ど冷めてしまっているであろうそれらを眺めながらヨダレを垂らしている彼を見て、双葉は呆れたため息をついた。



「はぁ……わかったわよ、じゃあ食べながら聞いてちょうだい」


はほふはわかった


「昨日は色々あったせいで話しそびれちゃったけど……あんたとは一度、認識合わせをしておく必要があると思ったの。言っとくけどこれは“神崎双葉”としてじゃなく、“トリニティ・スマイルのフタバ”としての相談だから」



 どおりでこのような人気ひとけのない場所へ連れて来たのか──と、朔楽は口いっぱいにピザまんを頬張りながらも心の中で納得する。

 ただの世間話なら教室や廊下でもできるが、アクターとしての相談事ともなれば話は別だ。『SakuRaik@サクライカ』のメンバーであることが半ば周知の事実となっている朔楽はともかく、正体を知られていない双葉が公の場で話すわけにはいかない。



「ごくん。……で、その俺に聞いておきたいコトってのは一体なんだよ」


「単刀直入に聞くわ。アクターが戦う必要がなくなった今、私たちにできることってなんだと思う?」



 質問を投げかけながらも双葉は、その視線をフェンスよりも遥か遠くへと移す。

 彼女の見つめている先には、天高くに聳える塔があった。周りの如何なる高層ビルよりも高いその建造物──“TOKYOベツレヘムツリー”の上部に浮かぶリングからは、相変わらず桜色の粒子が絶え間なく放出され続けている。



「『対精神侵食汚染抗体拡散機アンチ・ヴォイド・ワクチン・ディフューザー』……アレが起動してから1ヶ月くらいが経つけど、その間に日本国内でのアウタードレス発生報告は一度もない。


 今のところ関東支部わたしたちは一応“待機”ってことで、他の支部への応援にも回されてないけど……ねぇ、本当にこれでいいのかしら」



 双葉はどこか自信なさげに、関東支部に所属するアクターたちの現状を嘆いた。


 アウタードレスが全く出現しない──言うなればその状況は、アーマード・ドレスを操るアクター達に出番が回ってこないのと同義である。

 『ベツレヘムツリー』のカバー範囲に含まれない国外などでは今も相変わらずアウタードレスが出現し続けているようだったが、出撃命令が下るのはほとんど現地の支部にいるアクター達のみで、関東支部のアクター達の待機が解かれたことはこの1ヶ月の間に一度もない。


 この現状をあえて言葉を選ばずに言い表すとすれば、『仕事が入ってこないのに形式上給料だけが振り込まれている』ような状態だった。

 ある意味おいしい立場でもあるのだが、ただひたすら何もしないで待機し続けるというのは、居心地が悪い事この上ない。



「私も詳しくは知らされてないけど、どうやら国外でも散布装置ディフューザーの配備が進められているらしいわ。いま世界はそれだけ大変な状況だっていうのに、私たちにできることは何もないのかしらね……」



 もし将来的に『対精神侵食汚染抗体拡散機アンチ・ヴォイド・ワクチン・ディフューザー』が世界中に設置されれば、理論上はアウタードレスの自然発生を完全に根絶することが可能となる。

 逆にいえば、配備が完了するまでは完全に安心しきれない……というのが、今の地球人類を取り巻く偽らざる現状なのだ。そんな予断を許さぬ状況下である、双葉が自分たちだけ待機し続けていることを不安がってしまうのも無理はなかった。



「いやマジメかお前。実際やることねーんだから、別になにもやらなくていいに決まってんじゃねーか」



 小指を鼻の穴に突っ込んだ朔楽が呆れ顔で答えた。

 これでも真剣に相談したつもりだった双葉は、あんまりにも雑な彼の解答に思わず面食らってしまう。



「……あのねぇ、私のハナシ聞いてた? 世界が今どれだけ重要な時期に直面しているかホントにわかってる?」


「知らねーよ、海外旅行も行ったことねぇし。つーか待機命令が出てんだから、それが俺らアクターの“今できること”だろ」


「でも……」



 一見なにも考えていないようでしっかり核心を突いてきた朔楽に対し、双葉は肯定も否定もできずに言い淀んでしまう。

 それくらいの簡単なことは、彼女もとっくにわかっているはずだ。それでも双葉がこの現状を素直に受け容れられないのは、きっと彼女自身の必要以上に強い責任感がそうさせてしまっているのだろう。



「……お前、意外とイイやつだったんだな……」


「………………………………はあぁっ!?」



 なんの脈絡もなくいきなり褒められたことで、それまで完全に無防備だった双葉の顔が火を点けたストーブみたいにカアッと赤くなる。



「な、なんでそうなんのよ! てか意外とって何!?」


「だってそうだろ? 別の国に住んでるヤツらのことまで考えられるなんて、フツーじゃできねーって。なんつーか俺、お前のことちょっと見直したわ」


「うぅ……あ、アクターなんだから当然、でしょ……」


「でもよ、“こんな時期”だからこそ何が起こるかわからねーんだ。もしも俺たちが支部から離れてる間に敵が現れちまったら、守るやつがいなくなっちまう。そうなっちまうのが一番マズいだろ?」


「それは……、そうだけど……」



 どうしても煮え切らない様子の双葉とは対照的に、朔楽は気楽そうな笑みで上方を見やった。そんな彼の視線を追うように双葉も昼間の空を見上げる。

 澄み渡るような青、風の音、小鳥たちのさえずり、木々のざわめき──そんなゆったりとした時間を感じさせる景色や音色たちは、荒んでいた心も洗い流してくれるようだった。戦いのない平穏が、そこには確かに実在していた。



「俺たちが守っていかなきゃなんねーのは、今ココにあるモンだ。だから俺たちの力が本当に必要になる時までは、ピザまんでも食いながら大人しく見守ってよーぜ」


「……!」



 いきなり朔楽から中華まんを投げ渡され、双葉は日頃のレッスンで鍛えた運動神経と反射力でどうにかキャッチする。

 思わず手に取ったそれをしばらく不思議そうに見つめていると、側からその様子を見ていた朔楽が笑い声をこぼした。



「へへっ、外で食うピザまんも結構ウマイんだぜー? 食ってみろよ、フタバ!」


「……冷めてるし。あと呼び捨てするな、バカ……」



 そう言い返しつつも双葉は、なんとなく一口だけ食べてみることにする。

 両手で包むように持っている中華まんの皮は、買った時間が朝であるためとっくに冷めきっている。……そのはずなのに、何故かほんのり温かくなっているような気がした。



「……おいしい」


「おおっ、わかる!? そうなんだよー、ここの店のは他のとこよりもチーズが多くってよぉ〜っ!」



 聞いてもいない情報を勝手に、しかも嬉しそうに解説し始める朔楽。

 そんな彼を隣で見ているうちに、双葉はそれまでの思いつめていた自分が何だか馬鹿らしく思えて来てしまう。そんな2人の耳に突如としてつんざくような悲鳴が飛び込んできたのは、その直後の出来事であった。



「なんだ今の声、体育館のほうから……!?」


「! ね、ねえ、アレを見て……!」



 なにやら慌てている様子の双葉に制服の裾を引っ張られ、朔楽もすぐ彼女の指差した方角に目を向ける。

 校舎からはやや離れた位置にある体育館。昼休みはあまり人の出入りがないその場所の直上に、緋色の雷光を帯びた黒雲が出現していた。


 まるで青いパレットに赤の絵の具をこぼしたように、徐々に青い空を侵食していく謎の大穴。その次元にポッカリと空いた空洞の正体を、朔楽たちは知っている。

 今さら見紛うはずもない──しかし、を目の当たりにした彼らは思わず自分たちの目を疑ってしまう。



「う、嘘……どう見ても顕現兆候アドベントシグナルよね、あれ……」


「アウタードレスが、来る……!?」



 『ベツレヘムの夜桜』より約1ヶ月。

 しばらく守られていたはずの平和は、このとき再び音を立てて崩れ去った。

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