Act.32『女装学園・ターニング』

 屋上からアウタードレスの出現を目撃していた朔楽と双葉は、出撃命令が出される頃にはすでに各々の機体を呼び寄せていた。

 2人は躊躇うことなくフェンスを飛び越え、そしてジャンプとほぼ同時にワープアウトしてきたゼスサクラ、及びゼスフタバのコントロールスフィアへと滑り込む。すぐに機体のシステムを立ち上げると、朔楽はやや興奮気味になりながらメリーのいる司令室へと通信を繋いだ。



「どうなってんだよ、こりゃあ……! アウタードレスはもう現れないんじゃなかったのか!?」


《げ、原因はこちらでも調査中さ! だけど……これはもう不可解としか言いようがないが、計測上アンチ・ヴォイド・ワクチンは正常に散布されている。だからアウタードレスが自然発生する条件は揃っていないハズなんだけどぉ……!》



 メリーも予想だにせぬ事態に混乱しているのか、普段の落ち着きを欠いてしまっていることがスピーカーから聞こえてくる声からもわかる。



(一体なにが起こってやがるんだ……?)



 やや飲み込みきれていない状況に戸惑いつつも、とりあえず今は考えるのを後回しにして擬似神経回路の接続を開始する。それによって視覚と同期したカメラアイを動かすと、敵の姿はすぐに目視することができた。


 黒くくたびれたローブで全身を包み込んだような、どこか退廃的な印象を抱かせる外観。

 右手には一般家庭などで用いられるようなごく普遍的な形状の包丁が握られており、妖しげな銀色の鈍い光をギラギラと放っている。



《“ベノム・ストーカー”と言ったところかしら。あのドレスからは何だか、底の知れない怨念みたいなモノを感じるわ……》



 目の前にいるアウタードレスを見たフタバは、その姿をおぞましげに言い表した。


 アウタードレスとは言わば、媒介者ベクターとなった者の願いや深層心理を体現した存在である。その法則はたったいま対峙している“ベノム・ストーカー”にも適応されるのだが──それにしても一体どれだけの怨念を溜めこめば、これほどまでに醜悪な憎悪に満ちた心の壁ドレスを生み出せるのか。



「とにかくこんなところで戦うわけにはいかねぇ。まずはヤツを校舎から遠ざけねーと……!」



 が、そんな朔楽の思惑に反して“ベノム・ストーカー”はゆっくりと体育館のあるほうへ進路を取り始めてしまう。

 焦燥に駆られつつも、直ぐさま機体を敵のもとへ向かわせようとする──そのとき、朔楽は目を疑う光景を目にした。



(……っ! アイツら、なんであんなところに居やがる!?)



 ちょうど校舎からは陰になっている体育館の裏側。休み時間に人が出入りすることはほとんどないと思われるその場所に、どういうわけか昨日カツアゲをしていた3人の女子生徒がいた。

 彼女たちは突如目の前に現れたアウタードレスに腰を抜かしてしまったのか、一向にその場所から動こうとする気配がない。このまま敵の進行を許してしまえば、あと数歩歩くだけで彼女らが下敷きになってしまう──



「くそっ……!」



 最悪のビジョンが脳裏に浮かび、気付けば朔楽は考えるよりも早く機体を走らせていた。

 アーマード・ドレス一機がギリギリ通れる幅の地面を蹴り、女子生徒たちと“ベノム・ストーカー”の間へと鋼鉄の巨体を割り込ませる。そして背後で怯えている彼女たちの盾となるように、包丁による刺突をとっさに手首を掴んで食い止めた。



「俺のシマで……暴れてんじゃねぇぇぇ!!」



 拳で掴んだ相手の腕からヴォイドエネルギーを吸い上げ、それをリソースにしてゼスサクラは一気に“スティール・バイク”へとドレスアップを果たす。

 それと同時に朔楽は力を爆発的に解放させ、“ベノム・ストーカー”を両手で持ち上げてはだだっ広い運動場のほうへと投げ放った。



「おいてめーら、大丈夫か!?」



 アウタードレスが砂煙を巻き上げながら地面へ顔面から着地したのを確認すると、朔楽はすぐに機体の足元にいる人物たちへと外部スピーカーで呼びかけた。

 見たところ女子生徒は3人とも怪我をしている様子はない。しかし緊急で伝えたいことがあるのか、こちらの機体を見上げながら必死に何かを叫んでいた。



(あン……?)



 朔楽はとっさの判断で手元の立体投影ホログラムコンソールを操作し、音声を機体外部の集音器に拾い上げさせる。

 そうしてようやく聞こえるようになった少女からのメッセージは、朔楽にとってひどく不可解な内容を孕んでいたのだった。



《あ、がいきなり、変な道具であのドレスを出したのよ……! それであたし達、殺されそうになってぇ……!》


「何……?」



 本人たちも急な事態に頭の整理が追いついていないのか、たどたどしい言葉で懸命に何かを訴えている。


 ──『殺されそうになった』、そう言ったのか? だとしたら誰に……?


 断片的な情報がかえって混乱を招いていたそのとき……耳鳴りな接近警報の音がコントロールスフィアに鳴り響き、思考していた朔楽を無理やり戦闘へと引き戻す。

 とっさに顔を上げると、再び起き上がった“ベノム・ストーカー”がこちらを目がけて急接近しつつあった。運動場から十分な助走をつけて勢いよく跳び上がり、ゼスサクラから見て斜め上方より一気に急襲を仕掛けてくる──!



「……っ! やべ……」


《ボサッと突っ立ってないで! ああもう、ドレスアップ・ゼスフタバ!!》



 換装ドレスアップを行いながらも駆けつけたキューティー・ゼスフタバが、スティール・ゼスサクラを庇うように迫り来る包丁を長槍の柄で受け止めた。

 攻撃を防がれた“ベノム・ストーカー”はすかさず後ろへ跳ぶと、少し離れた地面にスタッと着地する。そのあとをキューティー・ゼスフタバが迷わずに追っていった。



《ついて来なさい! 左右に回り込んで攻撃よ!》


「お、おう……!」



 即興のコンビネーションを双葉から言い渡され、朔楽もすぐに機体を指示通りに動かす。

 2機による連携は訓練でゼスライカと何度も行なっていたため、深く考えずとも体が勝手に僚機との適切な距離感や位置どりを測ってくれていた。



《まずは私が……!》



 一番槍を買って出たゼスフタバが、文字通り両手に槍を構えて突進していく。

 しかし直線的すぎるその攻撃は敵にも見切られてしまっており、“ベノム・ストーカー”は真上へ跳ぶことで難なく回避してしまう。


 否、その対応までもが双葉の計算のうちだった。



《サクラッ!!》


「おらぁぁぁぁっ!!」



 アウタードレスがとっさの判断で逃げた先には、なんとスティール・ゼスサクラが行動を読んで先回りしていたのだった。

 朔楽は左脚を大きく振り上げると、機体の脹脛ふくらはぎに付いたバイクタイヤをフル回転させる。そして空中で全身をクルリと一回転させ、その勢いすらも乗せた渾身のドロップキックを敵へとぶつけた。


 回転するタイヤの直撃を喰らった“ベノム・ストーカー”は糸が途切れたように失速し、装甲パーツを分離させながら地表へと叩きつけられた。

 それきり動きを止めた敵を、上空から朔楽は確認する。



(やったか……!?)



 パーツ単位でバラバラにされた敵はすでにアウタードレスとしての体裁を失っており、動力源たるヴォイドエネルギーの反応も消失している。

 完全に沈黙した“ベノム・ストーカー”の様子をじっと眺めていたそのとき、モニターが映したある一点に朔楽の目が止まった。何か言いようのない不安に駆られた彼は、すぐにカメラの倍率を切り替えてモニターを凝視する。


 地面へと無数に突き刺さったアウタードレスのパーツ群。

 その中心に、制服を着た少女が倒れていたのである。


 同世代よりもやや小柄な体躯。ほっそりとした手足。目元にかかった前髪は柔らかそうな亜麻色をしていたが、ゆっくりとドス黒い赤色がそれを塗り替えていく──



「おい……どういうコトだよ、こいつは……」


《ね……ねぇサクラ、なんであの子があんなところにいるの? どうして……!?》


「俺だってわかんねぇよ……! ……まさか、さっきあいつらが言ってたのは……」



 アウタードレスの残骸とともに倒れていたのは、なんと昨日上級生たちからいじめの標的にされていた新入生の少女だった。そして彼女たちを虐げていた上級生たちは先ほどアウタードレスに『殺されかけた』と証言していた。


 やがて朔楽の中でひとつの解答が導き出され、そのあまりの不条理さに思わず絶句してしまう。



「こいつはアウタードレスを、って言うのか……?」



 ──それも、自分を虐げた女子生徒たちに復讐をするために。


 まだ具体的な手段や方法がわかっているわけではない。

 それでも朔楽は、なにか途轍もない悪意がどこかで蠢いていることに、本能的な戦慄を覚えざるを得なかった。


 これから始まろうとしているのは、今までとは異なる新しい戦い。

 その開幕を暗示するかのように──動かなくなった少女の指は、真っ赤な銃型デバイスの引き鉄トリガーに添えられているのだった。





「あーあ。昨夜はいい玩具を見つけたと思いましたが、意外とはやく壊れてしまいましたねぇ」



 まだ日中であるということが信じられないほど薄暗さに包まれた路地裏。

 そこで戦闘の中継映像を見ていた男は、不気味な笑い声を立てながらスマートターミナルを服のポケットへと仕舞った。



「でもこれで彼らも思い知ったことでしょう。善意の蓋で世界を覆い被せただけでは、何も救えない。むしろ悪意にこそ救済があるのだと……」



 180センチ台の長身を真っ黒な外套で包んでいるその人物は、フードを深く被っており顔を伺い知ることはできない。

 しかしたとえ目から上は見えなくても、彼の左右に裂けたように歪んだ口元を見れば、たった今どのような表情を浮かべているのかは容易に想像することができた。まるで目に見えるほどのドス黒い邪気を纏っているかのように、その愉しげな笑い声からは悪意という悪意が際限なく溢れ漏れてしまっている。



「“ダークスレイダー”。この撃鉄が、上っ面だけの平和に革命をもたらすでしょう」



 言いながら──男は赤い拳銃のような形をしたデバイスを懐から取り出しては、建物と建物の隙間に覗ける青空へと意味もなく銃口を突きつけた。

 電線に止まっていたカラスの何匹かが一斉に飛び立ち、黒い羽根を舞い散らせる。足元に落ちてきた一片を見据えつつも、男は心躍るような気分に浸りながら一歩を踏み出していく。



「ヒトの心の闇は、そう簡単に潰えたりするはずがない……と、いうことですよ」



 誰に聞かれるでもない言葉を遺して、黒づくめの男は霧消したように何処かへと消えていった。

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