シーズン2『Dark Daze Drug』

V.悪魔の毒針

Act.28『これまでと、これからと』

 特務機関アクターズ・ネスト。

 汎用人型決戦兵器“アーマード・ドレス”を保有し、人類の敵・アウタードレスの討伐および調査、研究を主要任務とした超法規的武装組織である。


 ニューヨーク本部をはじめとして世界各地に拠点を持っており、それぞれ区分けされた担当エリアにおいて国家軍と同等(あるいはそれ以上)の戦闘指揮権が委ねられている。

 また同時に作戦行動の様子は軌道上に打ち上げられた人工衛星サテライトと連携した中継システムによって、全世界に向けてストリーム配信される仕組みが整備されていた。


 時に西暦2037年。

 人類を守るための戦いは最高峰のエンターテイメントとして確立しており、その一躍を担うアーマード・ドレスの操縦者たちは、いまやハリウッドのムービースター以上に輝かしい存在となっていた。


 人は彼らをこう呼ぶ。

 常識を覆せし者、XES-ACTORゼスアクターと──



「──というわけで本日は、アクターズ・ネスト関東支部のエースにして『ベムレヘムの夜桜』を成功へと導いた英雄。『SakuRaik@サクライカ』のおふたりをスタジオにお迎えしております♪」



 女性アナウンサーが声を弾ませて言ったとたん、何台かのカメラが一斉に自分たちの方を振り返った。

 それと同時に、出演ブースの外側にあるモニターの中継映像にも、イスに座っている2人の少年の姿が映り込む。


 時刻は午後9時30分。

 コンビ復活後では初となる『SakuRaik@サクライカ』出演のテレビ番組の生放送がスタートした。



「あはは、どーもどーも! 麻倉あさくら朔楽さくらでぇーす!」


冬馬とうま来夏らいかです。今日はよろしくお願いします」



 久々にカメラが回っていることへの緊張からか照れ笑いを浮かべている朔楽は、今日もメリーの選んだ女性もののコーディネートに身を包んでいた。


 もちろん彼の女装はあくまで男性恐怖症であるパートナーを配慮して行っているだけのものではあったが……それも回数を重ねるごとに、どんどん板についていっているのが見て取れる。

 今では一目見ただけでは性別を看破できないほどに、みごと女性の装いを本物の女性以上に着こなしてしまっているのだった。



「麻倉さんは長らく活動を休止していましたが、芸能界へと復帰した今の心境はいかがでしょうか?」


「そりゃあもう、いろいろ大変っすよー。事務所も前とは別ンところの所属になったり、レッスンも久々すぎてついていくのがやっとで……」


「とてもお忙しいんですね。でも聞くところによれば、なんと4月からは難関の名門校に通うことも決まっているとか!」


「あっはは、バレちゃってました!? 俺ってば意外とインテリな面もあるんスよぉー!」



(うわぁ、自分でインテリとか言っちゃう……?)


(こらライカ、聞こえてっぞコノヤロー♡)



「ふふ、本当に仲がよろしいんですねぇ」



 番組の途中であったことをアナウンサーの笑い声によって思い出し、それまで牽制しあっていた2人は慌ててカメラへと視線を戻した。


 なおこのとき客席が放送中で一番の盛り上がりを見せていたことからもわかる通り、どうやら世間は彼らの隙あらば互いに悪態を付き合う様子を『喧嘩するほど仲がいい』と、かえって肯定的に捉えているらしい。

 (あくまで当人たちは客受けを狙っているわけでもなく、素でそのようなやり取りをしていただけなのだが……)こうして客観的な反応というものを目の当たりにした途端、今度は変に意識してやり辛くなってしまうのだった。



「そういえばお二人は最近、ルームシェアを始めたなんて噂も広がっておりますが」


「ルームシェアっつーか、コイツがいま俺んちの居候になってるんスよね」


「へぇ、コンビでの共同生活なんて楽しそうですねー!」


「それがねコイツ、家だと基本グータラしてるんスよぉー! オフの時はずぅーっと部屋に引きこもってゲームしてて……!」


「むっ……家事の手伝いはちゃんとしてるからべつにいいだろー? 焦げた卵焼きダークマターしか作れないどっかの誰かさんとは違って料理もしてるし」



 実際に来夏は現在、朔楽と彼の母親が住むアパートの一室へと身を寄せていた。これは義父である冬馬創一に手篭めにされていた彼の身を案じて、他ならぬ朔楽が提案し始めたことであった。


 (連絡もなく約3週間ぶりにいきなり帰宅してきた息子にはあれほど怒鳴り散らしていた朔楽の母親も)来夏を家族として迎え入れる件についてはふたつ返事でこころよく承諾してくれたため、ややあって『SakuRaik@サクライカ』の2人は同じ屋根の下で同じ釜の飯を食べる関係になったのである。



「──では最後に。先ほどお流ししたダイジェスト映像でも振り返りました『TOKYOトーキョーベツレヘムツリー』での一件によって、今後アクターはどのように変化していくと思いますか?」



 アナウンサーから問いかけられた2人は互いに顔を見合わせてから、それぞれ今の心境をありのままに告げることにした。



「変わらないッスよ。たしかに『アンチ・ヴォイド・ぶんちん──」


「ワクチン」


「……ワクチン』を散布したことでアウタードレスも自然発生はしなくなったッスけど、湧いてくる可能性がゼロになったわけでもねーっスからね」


「それに『ベツレヘム・ツリー』の散布装置ディフューザーがカバーできる範囲は、せいぜい日本列島を覆えるくらいです。なので今後は、国外にも装置の設置が進められていくことになるでしょうね」



「つまり、“XESゼス-ACTORアクターの活動はこれからも続いていく”ということでしょうか?」



 いい具合にわかりやすく要約してくれた女性アナウンサーに、朔楽と来夏はコクリと頷いてみせた。



「ええ。皆さんの安全と笑顔は、僕たち『アクターズ・ネスト』が守ります」


「これまでどおり、これからもな!」





「へぇ、コイツらがデュナミールをやったっていう例のヤツらね?」



 腕を組みながら歩くカップル達が行き交う、ライトアップされた深夜の自然公園。その一角にある街頭モニターで映像を眺めていた小柄な少女は、背後のベンチに座る大柄な男性へと振り返りながら訊ねた。


 大胆にも背中が晒された黒いミニドレス風のトップスに、太もものあたりで寸断されたダメージデニムパンツという奇妙な出で立ち。目尻の跳ね上がった小悪魔的な大きな瞳。ショートシャギーの髪は全体的にチョコレートのような焦げ茶色をしているものの、左右のこめかみにあたる部分の毛髪のみが、まるで折り畳まれたカラスの翼のように黒く妖しい艶めきを放っている。


 そして何より目を引くのは、その少女の持つ肌の色。

 おおよそ12、13歳くらいと思われる幼い肢体を包み込んだ彼女の皮膚は、なんとラベンダーの花びらのように淡い紫がかった色彩をしているのだった。そのあまりにも珍妙で美しい肌色は、通行人たちの奇異の視線を嫌でも集めてしまっている。



「左様。極東あちらの連中はどうやら、当方らも予想だにしていなかった切り札を隠し持っていたらしい。おそらく“東針とうしん”も、それで不意を突かれてしまったのだろう」



 少女の声かけに応えた大男もまた、緑色の肌を持つ浮世離れした人物だった。

 座っている姿勢からでも一目で230センチメートルを超えていることがわかるほどの長身。それでいて全身の筋肉は衣服どころか皮膚がはち切れんばかりに膨れ上がっており、長い年月と鍛錬を重ねてきたことが容易に伺える。


 そんな人間というよりはむしろ創作上の生物であるオークに近しい身体的特徴を持った彼だが、(鼻と目の間を横断するように引かれた横線状のキズの印象も相俟って)野蛮さを絵に描いたような外見とは打って異なり、その身に纏っている雰囲気は物静かで知性的である。敗北してしまった仲間をあくまで冷静な視点から擁護するような物言いからも、彼がただ筋肉の鎧を身にまとっただけの巨漢でないことは見て取ることができた。



「じゃああの蛇男、最後まで舐めプ趣味全開でやられちゃったってワケ? ほんとダッサ〜い!」


「言ってやるな、“西針せいしん”。なにも彼奴きゃつとて、このような辺境の惑星ほしで朽ち果てるつもりなど毛頭なかっただろう……ただ先住民やつらの側が一枚上手だった、それだけのことだ……」


「……あんたも相変わらずクソ真面目なツマンない男ね。今さらあんなクソザコの肩なんか持つ必要あるワケ?」



 あくまで敗退者を擁護しようとする大男に対し、少女は侮蔑の感情を微塵も隠そうとせずに鼻で嘲笑わらってみせる。

 少なくとも二人の間に(周りの幸せそうな通行人たちのような)愛情も恋心もないのだということは、もはや火を見るよりも明らかだった。


 だが現に彼女たちはこうして、夜の公園にて邂逅を果たしている。

 それは恋仲の者同士の密会というよりはむしろ、人種も性格も違えど同じ目的を持った者たちが、ただ事前の打ち合わせをするために集まっただけのようにも見える。一見反りが合わないようにも思える2人の間には、しかし容易には断ち切れなさそうな奇妙な連帯感にも似たなにかがあった。


 事実、彼女たちはこれからべくこの場所へと集結していた。



「ココにいないといえば、さっきからヴァーチスの姿も見えないんだけど」


「ああ、“北針ほくしん”ならば今宵の集会には顔を出さないという言伝があった」


「アイツもアイツで相変わらず気分屋よね……まあ、あのボロオヤジの実力はまったく心配してないし、来ないなら来ないで別にいいわ。近寄られると臭いし」



 少女はわざとらしく嫌そうな表情を浮かべたあと、『それに……』と何かを言いかけながら、顔を再び街頭モニターのほうへと向け直した。

 血のような真紅に彩られた瞳に、女性の装いをまとった少年の顔が映り込む。その新たなる標的に狙いを定めた少女は、心底嬉しそうに悪戯いたずらな微笑みを口元に浮かべた。



「うふふっ、アタシの理想の遊び相手うんめいのヒトもようやく見つかったしね……」


「? ともかくは3日後だ。ヴァーチス殿の“北針”と貴殿の“西針”、そして当方の“南針なんしん”──それぞれ定められた方角の元に、神の羅針を刺し示す。それが我々エージェントに与えられた使命であると、努努ゆめゆめ忘れることなかれ」


「そんなのいちいち言われなくてもわかってるわよ、キュリオテテス」



 言いながら、少女が一歩前へと出た──その刹那だった。

 まるで鳥が翼を大きく広げたように、彼女のこめかみから生えている黒い髪が左右へと広げられる。

 否。ではなく、彼女のこめかみからは本物の翼が生えていたのである。平常時は髪飾りのように折りたたんでいたを横いっぱいに開き、夜闇に溶ける漆黒の羽根を舞い散らせた。



「アタシたちは、虚無の尖兵ヴォイドベイダー・“ハリ”……」



 月光のスポットライトに照らされながらも、黒いミニドレスの少女は謳うように名乗り上げる。

 恋い焦がれる乙女にも似た微笑みを、その歪な表層のうえに浮かべながら──



「アナタからは大切なモノを奪わせてもらうわ、朔楽サクラ……そう、何もかもをね」



 “西針せいしんのエクスシア”は、上空から獲物を付け狙う鷹のごとく目を細めた。

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