Act.17『スミに置けない?イカしたドレス』

 “メディカル・ドクター”という識別登録ドレスコードを与えられたそのアウタードレスは、呼び名が示すとおり医者が羽織はおる“白衣”の姿形を模していた。

 首(……は存在しないがそこに該当する箇所)からは聴診器ステートをさげ、手袋がはめられた両手には鋭利なメスが握られている。ともすれば医者の皮を被った切り裂き魔ジャック・ザ・リッパーのようにさえ見える凶悪な風貌をしており、防護隔壁シールドにおおわれた周辺の建物へ今にも斬りかかりそうだった。



《あわわ、お医者さんなのにおっかなそーな見た目ぇ……》


《そうねぇ。人のカラダのことを熟知しているぶん、壊すのも得意なのかも♪》


《ひぃぃっ!? こ、怖いこと言わないでよミツキぃ〜っ!》


「……いや、私たち今アーマード・ドレスに乗ってるからね……?」



 などとチームメイト2人の頓狂とんきょうなやり取りにすかさずツッコミを入れたのは、『トリニティスマイル』のメンバーで唯一の常識人ことフタバであった。

 私生活プライベートにおいて現役の女子高生でもある彼女は、小学生子役アイドルのヒトエや最年長メンバーなのに子供っぽいミツキの中間に立つポジションとして、自然とユニットの実質的なまとめ役になっている。なのでこと戦闘時においては、文字どおり一番槍として先陣を切るのも彼女の役目であった。



「いくわよヒトエ、ミツキ! 今日こそポイントは私たちがいただくわよ!」


《ああん、フタバまってぇ〜っ》


《さてさて、わたしもオシゴト♪ オシゴト♪》



 まず槍を構えた“キューティー・ゼスフタバ”が先行し、それを追って“ハッピー・ゼスヒトエ”と“ビューティー・ゼスミツキ”もあとに続いていく。

 やがて敵アウタードレスの姿を射程圏内にまで収めると、コントロールスフィア内のフタバはポニーテールを揺らしながらも、マイクスタンドを両手で力の限り持ち上げた。



「とぉりゃああああああああっ!!」



 搭乗者アクターの気合いがそのまま戦闘力へと変換されているかのように、フタバの意思と同調シンクロした“キューティー・ゼスフタバ”はマイクスタンド型の長槍を勢いよく振り下ろす。

 先端部の切っ先は見事に“メディカル・ドクター”へと直撃し、そのまま胴体部装甲を深く切り裂いた。

 さらに致命傷を負って怯んでいる敵に対し、間髪入れずに“ゼスヒトエ”と“ゼスミツキ”の2機が、“ゼスフタバ”と前後衛を入れ替えるようにして追い討ちを仕掛ける。



《こんびねーしょん、わん・ふぉー・つー!》


《ツー・フォー・ワン!》



 息の合ったコンビネーションが織りなす見事なまでの波状攻撃は、顕現けんげんして間もない敵アウタードレスをはやくもボロボロの状態にまで追い詰めていった。

 もはや稼働限界を迎えるのもそう遠くないと思われていたそのとき、突如として“メディカル・ドクター”は両手の指先から光の繊維のようなものを射出し始める。それらは糸のように損傷箇所へと巻きついていくと、なんとまたたく間に傷を修復させていったのだった。



《えっなにあれ、まさかダメージが回復してる!? そんなのズルい〜っ》


《というより、自分で自分を手術してるみたいにも見えるわねぇ……》


「えぇ、きっとあれがアイツの固有能力ドレススキル──さしずめ『治療トリート』とでも呼ぼうかしら」



 そのように一度距離を取ってから分析をしている間にも、敵はあっという間に攻撃された箇所を完治させてしまっていた。

 ゆったりとした動作で両手のメスを構え、再び臨戦態勢へと移行していく──



「攻撃が来るわ! 焦らないで、落ち着いて迎え撃つわよ!」



 しかしフタバの読みに反して、“メディカル・ドクター”はいきなり白衣をひるがえしてしまう。

 そして攻撃を仕掛けてくることもなく、逆にこちらへと背を向けながら走り始めたのだった。



《まさか、逃げるつもり!? こらぁ、まてぇ〜っ!》


「ストップ、ヒトエ! その先は──!」



 慌てたフタバが味方に向かって制止を呼びかけたのと、目の前の水面から盛大に飛沫しぶきが上がったのは、ほぼ同じタイミングだった。

 逃走経路に水路を選んだつもりなのか定かではないが、なんと“メディカル・ドクター”は一目散に海へと飛び込んでしまったのである。そして一見すると謎としか思えないアウタードレスの珍行動は、しかしはからずも『トリニティスマイル』の面々を動揺させることに成功していた。



《ど、どうしようフタバ、ミツキぃ……わたしカナヅチなんだよね……》


《あらまぁ。私も泳ぎはせいぜいタイタニック号くらいのものかしらねぇ》


「いや、思いっきり沈没してるからね!? ……まあ、実を言うと私もさ。その……泳げない、ワケなんだけど……」


「「「………………」」」



 念のため補足しておくと、アーマード・ドレスは場所を選ばずに作戦行動が行えるよう想定された汎用機動兵器であり、水中でもとくに装備を換装する必要もなくそのまま活動することが可能である。

 しかし反面、『アクターと骨格フレームを同期させることであたかも肉体と同じように動かせる』という独自の操縦方式は、言い換えればアクターの有する身体的技術スキルがほぼそのまま機体に反映されてしまうことも意味していた。


 つまりこの場合、悲しいことに『トリニティスマイル』のアーマード・ドレスは3機ともまったく水中戦を行うことが(主に乗っているアクターが原因で)出来ないのであった。



《! ねえ、あれ見て……!》



 急にミツキが慌てたように声を上げたため、フタバとヒトエもすぐに指で刺された方角を見やる。

 するとその先にあったのは、ちょうど港に停泊していた巨大な客船だった。街の建物ではないため防護隔壁などで守られてはおらず、明らかに無防備をさらしたような状態である。



「まさか、水の中からアレを襲おうとしてるんじゃ……!? どうしよう、はやく止めないと……」


《でもでもフタバぁ、私たち泳げないよぉ……?》


「わかってるけど、このまま何もしないわけにも……っ!」



 強風で荒れている海を目の前にして、全員ともカナヅチの3人娘たちが思わず二の足を踏んでしまっていた──そのときであった。



《……君たち、入らないならさっさと退いて欲しいんだけど》



 通信回線越しに突然聞こえてきた第三者の声に、フタバたちが機体のカメラアイと同期している視界を回す。

 市街地の各所に建設された、地上と地下ハンガーとを繋ぐ出撃用エレベーター。そのインナーフレームを乗せた巨大な昇降機が、彼女たちから見てすぐ近くのゲートに到着していた。


 鉄網てつもうの扉が左右にスライドして開かれ、乗っていた全長約20メートルの巨体が一歩を踏み出した。

 フタバはすぐにその機体の識別コードを確認する。


「! 試作型ゼクストフレームのライトサイド機……!」


《じゃあじゃあ、アレに乗ってるのって……》


《ライカ!》



 じつは美少年好きの気がある若干一名ミツキが妙に興奮しているのはともかくとして──水中戦適切のまったくない三人娘たちにとっては、なんとも心強い味方が駆けつけてくれた瞬間であった。





《きゃーっ! ライカきゅーん!》


《ちょっとミツキ!? ショタコンのスイッチを入れるのはせめて戦闘が終わった後にしてっ!》


(いや、いつでも勘弁して欲しいんだけど……)



 相変わらず漫才のように呑気のんきなやり取りをしている『トリニティ・スマイル』の面々に、“ゼスライカ”のコントロールスフィア内にいる来夏は思わずあきれ返った顔になる。



(絡まれたらメンドーだな。さっさと終わらせよう)



 体のラインがぴっちりと浮き出る専用強化服インナースーツを着込んだ彼は、右手首に付けたゼクスブレスをゆっくりと顔の前まで持ち上げた。

 そして特撮ヒーローらしい決めポーズをとる素振りもなく、全身から力を抜いて──ただし静かながらも流れるような美しい所作で、中央のくぼみへと水色のヴォビンをセットする。



SETセット OKオーケー! DRESS UPドレスアップ STAND BYスタンバイ!! FEフィ-FEフィ-FEフィ-FEATURINGフィーチャリング “バミューダ・スクワッド”!!!》


「……ドレスアップ・ゼスライカ……」


LOSTロスト SIGNALシグナル! スルトドウナル? ちょうじょうしっそう、スベテハス──!》



 おどろおどろしい重低音のメロディをバックコーラスにしながら、“ゼスライカ”のインナーフレームへと白濁はくだく色の装甲ドレスが着飾られていく。


 左右にヒレがついた三角帽子を彷彿ほうふつとさせる形状の頭部、後頭部から長髪のように伸びている計10本の触手、沈没船にこびり付いた海藻かいそうを想わせる腰布──まるで海洋物をその身に纏ったような外見は、荒れ狂う海の主たる大王クラーケンのごとき畏怖プレッシャーかもし出していた。


 冬馬とうま来夏らいかがオーダーメイドシステムによって発現させた、白き衣装をまといしアーマード・ドレス“バミューダ・ゼスライカ”。

 機械仕掛けの骨組みフレーム生物ナマモノで覆ったような自らの機体に、しかし搭乗者アクターである彼自身はそこはかとない嫌悪感を抱かずにはいられなかった。



(いつ見ても、なんて醜悪みにくいカタチをしているんだろうね……これだから自分の“心の鎧ドレス”を着るのは嫌いさ)



 換装を終えた機体と同調するように白いワンピースドレスへと形状変化した専用強化服インナースーツを見据えながら、来夏は心中で自虐を吐き捨てる。


 自分が元となったアウタードレスというのは、その人物自身の秘めたる欲望や恐怖心……深層心理を体現した存在である。

 言うなれば己の嫌いな部分までもはっきりと映し出してしまう合わせ鏡のようなものなのだ。それゆえ自分オリジナルのドレスを着るという行為そのものに対して嫌悪感を示してしまうアクターがいることも、決して珍しい話ではなかった。



(……ほんと、吐き気がするくらい僕にはよ)



 心の底から湧き上がってくるようなドス黒い衝動すら闘志へと変換し、来夏はいびつに口元をほころばせながらも“バミューダ・ゼスライカ”の秘めた能力ちからを一気に解放してみせる。


 ──


 そう念じた次の瞬間、機体の目の前に音もなく“入り口”は現れた。

 まるで空間そのものにポッカリと空いたようなその大穴は、アウタードレスが顕現するときに必ず発生するワームホールとよく似ている。光の侵入さえも許さない真っ暗な深淵しんえん──その内側へと、しかし来夏はまったく躊躇ちゅうちょすることなく足を踏み入れていった。


 侵入したのと同時に“入り口”は閉ざされたが、そのままゼスライカはうしろを振り返ることなく暗黒が満たす世界を泳ぐように進んでいく。

 そして入ってきた地点よりもいくらか深度の深い場所へと潜ったところで、来夏はいったん機体を静止させてから次なる指示イメージを飛ばした。



 ──このあたりだ、浮上しろ。



 すると程なくして頭上に“出口”が出現し、その向こう側に出ていくため来夏はすかさず機体をくぐらせる。

 大穴の外に通じていたのは、なんと暗い海の底だった。そして前面モニターを見据えると、水中を進んでいく巨大な白衣……もとい、“メディカル・ドクター”の背中をはやくも捕捉することができた。



「追っ手を巻くつもりでここへ逃げてきたんだろうけど、残念だったね──」



 おそらくこちらの気配を察知したであろう敵アウタードレスは、振り返りざまに力強くメスを投げつけてくる。

 ……が、銃弾のごときスピードで放たれた刃はゼスライカの装甲をかすめることさえなく、虚しくも青い暗闇の中へと消えていってしまう。それどころか、先ほどまでそこにいたはずのゼスライカが忽然こつぜんと姿を消してしまっていた。


 否。投擲とうてきされたメスが命中するよりも素早く、すでに来夏は暗黒空間へと退避していたのだ。



「──僕の“バミューダ・ゼスライカ”に、距離なんて関係ない」



 メディカル・ドクターのちょうど死角に当たる背後の足元に、音もなく密やかに“出口”が出現する。

 その穴の中からゆっくり姿を現したゼスライカは、瞬時に10本の触手を伸ばし、敵の四肢をあっという間に絡め取り、身動きを封じてみせるのだった。


 これまでに確認された中でも極めて特異とされ、バミューダ・スクワッドだけが持つことを許された強力な固有能力ドレススキル──『深淵ゲート』。

 その内容は異次元(と便宜上そう呼ばれているが詳細は不明)へとつづく穴を開き、自在に出入りすることができるというものである。敵に背後からの奇襲をしかける時など擬似的な瞬間移動テレポートとして用いられることが主だが、その能力の真価はほかに存在していた。



がいったい何処どこでどういった場所なのか、実のところ僕にもよくわかっていない……けど、上手く利用する方法なら知っているつもりだ。例えば──)


《“バミューダ・スクワッド”!! FIフィ-FIフィ-FIフィ-FINISHフィニッシュ ACTIONアクション MODEモード!!!》



 触手から逃れようとするメディカル・ドクターを強引に押さえつけつつも、来夏はゼスライカに片手を伸ばすよう念を送る。

 指先が白衣の背中に触れたのを確認すると、そこを起点として小さな“入り口”を展開開始。そしてちょうどアウタードレスの胴体部を覆うほどの大きさになったところで穴の拡大を止めた。



「──こんな風に門よ、閉じろ



 他人が潜っている最中のドアを、途中で勢いよく閉じてしまうように──強引に“入り口”を閉じることで、巻き込まれた相手をする。

 ねじかれた物質はすぐに元の状態に戻ってしまうが、あまりにも膨大なダメージが空間の復元と同時に一気に襲いかかる。そしてその攻撃は、戦車の砲弾程度では傷一つつかないほどの防御力を誇るアウタードレスでさえも防ぎきることができない。



「“ローレライ・バニッシュ”……深淵に抱かれて溺死ねむれ……」



 敵アウタードレスが戦闘不能になったことを確信した来夏は、その目で撃破を確認することなく機体を翻そうとする。

 だが、地上に戻るための“入り口”を作り出そうとしていたそのとき、弾けるように敵の接近を示す警告音アラートが鳴り響いた。すっかり敵を仕留めた気になっていた来夏は、驚きつつもおそるおそる背後を振り返る。



「……!? うそ、だろ……」



 考え得るかぎりでもっとも最悪な状況というものを、今まさに来夏は目の当たりにしてしまっていた。

 倒したという手応えなら確かにあった。だが一度はバラバラにされたはずの敵アウタードレスは、まるでゴミが掃除機に吸い込まれていくように再集結していったのである。


 そう。

 ゼスライカの目の前に突如として姿を現したのは、なんと倒したはずのメディカル・ドクターの装甲アーマーを身に纏った“アンノウン・フレーム”だった。



(あいつの性能ちからは未知数……やれるか? 僕だけで──)



 最悪のタイミングで。

 そして恐らくは誰の助けも望めないであろう最悪の場所で。

 来夏は、たった一人で最恐の敵に立ち向かわざるを得なくなってしまったのであった。

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