Act.17『スミに置けない?イカしたドレス』
“メディカル・ドクター”という
首(……は存在しないがそこに該当する箇所)からは
《あわわ、お医者さんなのにおっかなそーな見た目ぇ……》
《そうねぇ。人のカラダのことを熟知しているぶん、壊すのも得意なのかも♪》
《ひぃぃっ!? こ、怖いこと言わないでよミツキぃ〜っ!》
「……いや、私たち今アーマード・ドレスに乗ってるからね……?」
などとチームメイト2人の
「いくわよヒトエ、ミツキ! 今日こそポイントは私たちがいただくわよ!」
《ああん、フタバまってぇ〜っ》
《さてさて、わたしもオシゴト♪ オシゴト♪》
まず槍を構えた“キューティー・ゼスフタバ”が先行し、それを追って“ハッピー・ゼスヒトエ”と“ビューティー・ゼスミツキ”もあとに続いていく。
やがて敵アウタードレスの姿を射程圏内にまで収めると、コントロールスフィア内のフタバはポニーテールを揺らしながらも、マイクスタンドを両手で力の限り持ち上げた。
「とぉりゃああああああああっ!!」
先端部の切っ先は見事に“メディカル・ドクター”へと直撃し、そのまま胴体部装甲を深く切り裂いた。
さらに致命傷を負って怯んでいる敵に対し、間髪入れずに“ゼスヒトエ”と“ゼスミツキ”の2機が、“ゼスフタバ”と前後衛を入れ替えるようにして追い討ちを仕掛ける。
《こんびねーしょん、わん・ふぉー・つー!》
《ツー・フォー・ワン!》
息の合ったコンビネーションが織りなす見事なまでの波状攻撃は、
もはや稼働限界を迎えるのもそう遠くないと思われていたそのとき、突如として“メディカル・ドクター”は両手の指先から光の繊維のようなものを射出し始める。それらは糸のように損傷箇所へと巻きついていくと、なんと
《えっなにあれ、まさかダメージが回復してる!? そんなのズルい〜っ》
《というより、自分で自分を手術してるみたいにも見えるわねぇ……》
「えぇ、きっとあれがアイツの
そのように一度距離を取ってから分析をしている間にも、敵はあっという間に攻撃された箇所を完治させてしまっていた。
ゆったりとした動作で両手のメスを構え、再び臨戦態勢へと移行していく──
「攻撃が来るわ! 焦らないで、落ち着いて迎え撃つわよ!」
しかしフタバの読みに反して、“メディカル・ドクター”はいきなり白衣を
そして攻撃を仕掛けてくることもなく、逆にこちらへと背を向けながら走り始めたのだった。
《まさか、逃げるつもり!? こらぁ、まてぇ〜っ!》
「ストップ、ヒトエ! その先は──!」
慌てたフタバが味方に向かって制止を呼びかけたのと、目の前の水面から盛大に
逃走経路に水路を選んだつもりなのか定かではないが、なんと“メディカル・ドクター”は一目散に海へと飛び込んでしまったのである。そして一見すると謎としか思えないアウタードレスの珍行動は、しかし
《ど、どうしようフタバ、ミツキぃ……わたしカナヅチなんだよね……》
《あらまぁ。私も泳ぎはせいぜいタイタニック号くらいのものかしらねぇ》
「いや、思いっきり沈没してるからね!? ……まあ、実を言うと私もさ。その……泳げない、ワケなんだけど……」
「「「………………」」」
念のため補足しておくと、アーマード・ドレスは場所を選ばずに作戦行動が行えるよう想定された汎用機動兵器であり、水中でもとくに装備を換装する必要もなくそのまま活動することが可能である。
しかし反面、『アクターと
つまりこの場合、悲しいことに『トリニティスマイル』のアーマード・ドレスは3機ともまったく水中戦を行うことが(主に乗っているアクターが原因で)出来ないのであった。
《! ねえ、あれ見て……!》
急にミツキが慌てたように声を上げたため、フタバとヒトエもすぐに指で刺された方角を見やる。
するとその先にあったのは、ちょうど港に停泊していた巨大な客船だった。街の建物ではないため防護隔壁などで守られてはおらず、明らかに無防備を
「まさか、水の中からアレを襲おうとしてるんじゃ……!? どうしよう、はやく止めないと……」
《でもでもフタバぁ、私たち泳げないよぉ……?》
「わかってるけど、このまま何もしないわけにも……っ!」
強風で荒れている海を目の前にして、全員ともカナヅチの3人娘たちが思わず二の足を踏んでしまっていた──そのときであった。
《……君たち、入らないならさっさと
通信回線越しに突然聞こえてきた第三者の声に、フタバたちが機体のカメラアイと同期している視界を回す。
市街地の各所に建設された、地上と地下ハンガーとを繋ぐ出撃用エレベーター。そのインナーフレームを乗せた巨大な昇降機が、彼女たちから見てすぐ近くのゲートに到着していた。
フタバはすぐにその機体の識別コードを確認する。
「!
《じゃあじゃあ、アレに乗ってるのって……》
《ライカきゅん!》
じつは美少年好きの気がある
*
《きゃーっ! ライカきゅーん!》
《ちょっとミツキ!? ショタコンのスイッチを入れるのはせめて戦闘が終わった後にしてっ!》
(いや、いつでも勘弁して欲しいんだけど……)
相変わらず漫才のように
(絡まれたらメンドーだな。さっさと終わらせよう)
体のラインがぴっちりと浮き出る
そして特撮ヒーローらしい決めポーズをとる素振りもなく、全身から力を抜いて──ただし静かながらも流れるような美しい所作で、中央のくぼみへと水色のヴォビンをセットする。
《
「……ドレスアップ・ゼスライカ……」
《
おどろおどろしい重低音のメロディをバックコーラスにしながら、“ゼスライカ”のインナーフレームへと
左右にヒレがついた三角帽子を
機械仕掛けの
(いつ見ても、なんて
換装を終えた機体と同調するように白いワンピースドレスへと形状変化した
自分が元となったアウタードレスというのは、その人物自身の秘めたる欲望や恐怖心……深層心理を体現した存在である。
言うなれば己の嫌いな部分までもはっきりと映し出してしまう合わせ鏡のようなものなのだ。それ
(……ほんと、吐き気がするくらい僕には似合っているよ)
心の底から湧き上がってくるようなドス黒い衝動すら闘志へと変換し、来夏は
──ゼスライカ、僕をあそこまで連れていけ。
そう念じた次の瞬間、機体の目の前に音もなく“入り口”は現れた。
まるで空間そのものにポッカリと空いたようなその大穴は、アウタードレスが顕現するときに必ず発生するワームホールとよく似ている。光の侵入さえも許さない真っ暗な
侵入したのと同時に“入り口”は閉ざされたが、そのままゼスライカはうしろを振り返ることなく暗黒が満たす世界を泳ぐように進んでいく。
そして入ってきた地点よりもいくらか深度の深い場所へと潜ったところで、来夏はいったん機体を静止させてから次なる
──このあたりだ、浮上しろ。
すると程なくして頭上に“出口”が出現し、その向こう側に出ていくため来夏はすかさず機体を
大穴の外に通じていたのは、なんと暗い海の底だった。そして前面モニターを見据えると、水中を進んでいく巨大な白衣……もとい、“メディカル・ドクター”の背中をはやくも捕捉することができた。
「追っ手を巻くつもりで
おそらくこちらの気配を察知したであろう敵アウタードレスは、振り返りざまに力強くメスを投げつけてくる。
……が、銃弾のごときスピードで放たれた刃はゼスライカの装甲を
否。
「──僕の“バミューダ・ゼスライカ”に、距離なんて関係ない」
メディカル・ドクターのちょうど死角に当たる背後の足元に、音もなく密やかに“出口”が出現する。
その穴の中からゆっくり姿を現したゼスライカは、瞬時に10本の触手を伸ばし、敵の四肢をあっという間に絡め取り、身動きを封じてみせるのだった。
これまでに確認された中でも極めて特異とされ、バミューダ・スクワッドだけが持つことを許された強力な
その内容は異次元(と便宜上そう呼ばれているが詳細は不明)へとつづく穴を開き、自在に出入りすることができるというものである。敵に背後からの奇襲をしかける時など擬似的な
(あの空間がいったい
《“バミューダ・スクワッド”!!
触手から逃れようとするメディカル・ドクターを強引に押さえつけつつも、来夏はゼスライカに片手を伸ばすよう念を送る。
指先が白衣の背中に触れたのを確認すると、そこを起点として小さな“入り口”を展開開始。そしてちょうどアウタードレスの胴体部を覆うほどの大きさになったところで穴の拡大を止めた。
「──
他人が潜っている最中のドアを、途中で勢いよく閉じてしまうように──強引に“入り口”を閉じることで、巻き込まれた相手を周囲の空間ごと断裂する。
「“ローレライ・バニッシュ”……深淵に抱かれて
敵アウタードレスが戦闘不能になったことを確信した来夏は、その目で撃破を確認することなく機体を翻そうとする。
だが、地上に戻るための“入り口”を作り出そうとしていたそのとき、弾けるように敵の接近を示す
「……!? うそ、だろ……」
考え得るかぎりでもっとも最悪な状況というものを、今まさに来夏は目の当たりにしてしまっていた。
倒したという手応えなら確かにあった。だが一度はバラバラにされたはずの敵アウタードレスは、まるでゴミが掃除機に吸い込まれていくように再集結していったのである。
そう。
ゼスライカの目の前に突如として姿を現したのは、なんと倒したはずのメディカル・ドクターの
(あいつの
最悪のタイミングで。
そして恐らくは誰の助けも望めないであろう最悪の場所で。
来夏は、たった一人で最恐の敵に立ち向かわざるを得なくなってしまったのであった。
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