lll.ビジネスのヒーロー

Act.14『女装しててもダチはダチ』

(くそっ、朔楽さくらのヤツ……2週間も音信不通だったかと思えば、いきなり連絡なんざ寄越よこしやがって……!)



 身勝手な友人への怒りを胸中で吐き捨てながら、駅の階段を全力で駆け上がっていく一人の少年がいた。

 彼の名は龍暮りゅうぐれ夕二ゆうじ。ヘアジェルを塗り固めたオールバックの髪型に真っ黒な革ジャン、鋭い眼光を放つ強面にとって付け加えたようなメガネが特徴的ないかつい風貌だが、これでも一応ヤンキーからは足を洗っている。



(しかも駅前の時計台まで迎えに来いだぁ!? ったくあの野郎、こっちが一体どれだけ心配してたと思っていやがる……!!)



 こちらの気も知らないでいきなり連絡をしてきた友人も大概なのだが、わざわざバイトを早めに切り上げて迎えに行ってしまう夕二も夕二である。

 それは彼が見かけに反してお節介焼せっかいやきな性格だということも理由の1つだが、それ以上に一刻も早く友人の無事な姿を見て安心したいという、強い思いからであった。



(ああもう、くそっ! この際あいつの無事が確かめられりゃそれでいいかぁ……っ! サイゼ奢り一回くらいで許してやる!)



 そんなことを考えながら駅の改札口を出た夕二は、息切れを必死に堪えつつ待ち合わせ場所を目指す。

 すると時計台の前に立っていた人影が、こちらを見つけるなり手を振りながら名前を呼んできた。



「あっ、おーい夕二ゆうじぃ! おせーぞコノヤロー♡」



 残念ながらそこにいたのは、夕二にとって全く心当たりがない少女だった。

 それもかなりの美少女である。女性にしてはやや長身のスレンダーっぽい体型で、上はファーが付いたオリーヴ色のジャケット、下はタイツに黒いホットパンツを組み合わせている。そんないかにもクールビューティーらしい印象のファッションを、この少女はモデルさながらに着こなしていた。


 というよりも本当にどこかの雑誌のモデルなのかもしれない。

 問題なのは、そのまるで別の世界に住んでいるような美少女オブ美少女が、どういうわけか夕二の顔を見るなり、満面の笑顔になって駆け寄ってきたということである。しかも冷静に振り返ってみると、なぜか彼女はこちらの名前を知っている様子でもあった。



「え、えっと……スミマセン、どちらさまで?」


「あン? 俺だよ俺」


「新手のオレオレ詐欺かな……? ああそうだ、ここら辺で目つきの悪いロン毛の野郎を見かけませんでした? ちょうどココで待ち合わせをしてるんスけど」


「だからここにいんだろーが」


「いやいやまさか! キミみたいな美人さんとは似ても似つかないヤツなんで、ほんとマジで! てかそいつ男だし」


「に、にゃろう。あくまで俺だって認めねぇつもりか……それならこっちにも考えがあるぜぇ……」



 一体何をするつもりなのか、少女はいきなり夕二のほうへ顔をぐいっと近付けてくる。

 夕二は気恥ずかしさからとっさに顔を仰け反らせてしまうが、何かを企んでいるような小悪魔の微笑みは止まらなかった。


 少女の顔はそのまま耳に吐息が当たるほどの距離まで接近してくると、周りに聞かれぬよう押し殺した声量で、そっと、ささやく──。



『“女優のケツに白滝をぶっこむ”とかいうテメーしか喜ばなそうな最高にアホらしいAV、ひょっとしてまーだ見てやがんのか? えぇ、オイ?』


「なっ……!」



 なぜ昨夜に見たばかりの動画の内容を──ではなく、他人にもほとんどカミングアウトしたことのない内に秘めたる性癖シュミを、どうして見ず知らずの少女が知っているのだろうか?

 いくつかの可能性を案じてみる夕二だったが、考えられる結構はやはり一つしかなかった。



「ま、まさかお前、本当に朔楽か!?」


「最初からそう言ってんだろうが……久しぶりだなぁオイ!」



 少女……もとい何故か女装をしている朔楽は嬉しそうに肩をバンバン叩いてきたが、まるで理解が追いつかない夕二はしばらく固まったままだった。

 彼はさっそくじゃれようとしてくる親友を無理やり引っぺがしつつも、おそるおそる距離感を探るように問い詰める。



「ち、ちょい待ち! いったん俺に整理する時間をくれ……そもそもお前、聞いた話では現在進行形でムショにいるって聞いてたんだけど?」


「それなら変なでけぇオネエのおかげでとっくに釈放よ」


「俺のほうから連絡してもまったく反応がなかったのは?」


「女装訓練合宿の最中はスマホを取り上げられちまっててな」




「……ついでに聞くが、その格好は?」


「へへっ、意外と似合ってんだろー」


「お前の人生なにがあった!?」



 ただでさえ朔楽の現状を把握できておらず困惑していた夕二だったが、本人からの説明を聞いてより一層わけがわからなくなった。

 ひょっとして彼は知らない内に、もの凄く危ない世界に足を踏み入れてしまっているのではなかろうか──老婆心ながらそんな危惧さえも思わず抱きかけてしまう。とにかくこのまま軽く流してしまってはいけない話題のような気がした。



「わーった! とりあえず話の続きは場所を変えて聞く! 駅前のサイゼでいいよな!?」


「わ、悪ぃ夕二。俺いま絶賛金欠中でよぉ……」


「奢るからッ! 千円以内なら好きなだけ食べていいから……ッ!」


「マジでー!? サンキュー、夕二ぃっ!」



 安くて美味しい某ファミレスを奢ってもらえることがよほど嬉しかったのか、朔楽は甘えん坊の子供のように飛びついてくる。

 そんな親友の長く揺れる髪から、ほのかに甘い香りがしたように感じられ──夕二はいろんな意味で泣きたくなった。





「な、何ぃ……!? ひちゃこ先生が、意識不明のまま目覚めねぇだとぉ……!?」



 朔楽からこの2週間に起きた出来事をこと細かに聞いた夕二は、飲みかけのアイスコーヒーが入ったグラスをやや乱暴に置いた。

 そんな彼の反応を見た朔楽は、メロンソーダをちゅーちゅーとすすりながらも、どこか申し訳なさげに肩を縮こまらせる。



「ご報告が遅れてほんとすんませんした……」


「……まあ、お前もお前で大変だったっぽいから別にいいんだけどよォ。いや状況は全然良くねぇが」



 (朔楽にまったく非がないわけではないが)それでもツケを払おうと必死に足掻いてきたであろう彼を、夕二はとても責める気にはなれない。

 むしろ彼はよくやったと思う。それは本心からだった。


 ただ、敢えて一つだけ言うとすれば──



「と、ところでそんな大事そーな話をよぉ、俺みたいな一般人パンピに聞かせちゃってよかったワケ……?」


「あっ……」



 朔楽も指摘されてようやく気付いたのか、ハッとしたように口元を抑えた。



「だ、ダメかも……」


「オイオイ」



 どうやら彼も寿子のことで手一杯だったらしく、そこまで気が回らなかったらしい。

 事実、彼はつい先ほどまで『アンノウン・フレーム』や『ゼクストシステム』などという一般人が知らない機密情報を、周りを気にすることなくベラベラと喋ってしまっていた。それも夜の一番人で賑わう時間帯のファミレスで……である。



「一応くが、お袋さんにはちゃんと伝えたのか?」



 今度はしっかり声を潜めつつ、夕二は朔楽に確認をした。

 しかし朔楽は何も言わず、ただ気まずそうに目を逸らしてしまう。その反応が答えを暗に示唆していた。



「げ……マジで話してないのかよ」


「というか、家にもずっと帰ってない……」


「はぁ!? じゃあ寝泊まりとかは……?」


「ネカフェに泊まりっぱなしだわさ……でもそれも昨日で財布が空になっちまって、仕方ねぇから夕べは公園で寝てた……」


「金欠の原因ってそれかい……」



 『とても母親に合わせる顔がない』とでも言いたげな様子の朔楽を見て、夕二は呆れるあまり失笑を浮かべてしまう。

 とはいえ彼の置かれた状況を考えれば、言い出せないのも無理はないだろうとも思えた。そしてまだ覚悟が決まっていない友人にそれを強要するほど、さすがの夕二も鬼ではない。



「まあいいや……んで、朔楽はどうしたいんだ?」


「…………」


「全部ほっぽり出すなんてハンパな真似、お前にはできねーんだろ?」


「……ああ。きっと今のままじゃ、俺は俺自身を許せねぇ。寿子を……あいつを傷つけちまったツケを払うためなら、俺はなんでも、女装だってやってやる!」



 そう言ってのける朔楽の瞳に、迷いの色は一切なかった。

 彼はおよそ利口とも賢明とも程遠い人物ではあるが、自分が“正しい”と信じたことを貫き通す強さだけは人一倍もっている。それはかつて地元の最強不良コンビ『怒羅魂ドラゴンさくら』として名を馳せていた頃も──そして今でも何ら変わりはない。



「くくっ……はは、あははははは!」


「? どうした夕二、急に笑い出して」


「や、すまんすまん。いやあ、そんなカッコで現れたときはビックリしちまったけどよォ、やっぱり朔楽はどこまでいっても朔楽だったわ」


「……どーゆー意味?」


「女装してても中身は全然変わんねぇなってコトだよ! へへ、ちょっと安心したぜコノヤロー」


「? お、おう??」



 よくわからずに首を傾げている朔楽をみて、夕二はやれやれと肩をすくめる。

 彼が後先考えずに突撃してしまう暴れ馬であるとするならば、自分の役目はその手綱をしっかりと握りしめ、決して離さずにしっかり導いてやることである。

 困っている親友に少しでも協力したいと思い、夕二は自らその役目を買って出ることにした。



「宛てがなくて困ってんなら、当分ウチに泊めてやらんこともない」


「えっ、いいのか!?」


「た・だ・し、ひちゃこ先生が無事に意識を取り戻すまでだかんな! そんで全部まるっと解決したら、後でちゃんとお袋さんにもあやまんだぞ?」



 気のいい微笑みでそう言われ、それだけで朔楽さくらは嬉しくて堪らなくなった。

 この孤独感にほんの少しでも寄り添ってくれる仲間がいることが、彼にとっては何よりも有り難い。そして麻倉朔楽はこのように感情が揺れ動いたとき、口よりも先に体が動いてしまうタチである。



「くぅ〜う、やっぱりお前は最高の相棒だぜっ! なあこのぉ!」


「うげっ、男がいきなり手を握ってくんな気持ち悪ぃ……」


「いっそお前も女装してさぁ、今度はアクターとしても最強コンビになれたりしねぇかな!?」


「それは絶対に嫌だ!!」



 やたら組みついてくる朔楽(しかも周囲からは少女に見えている)を強引に振りほどきつつ、夕二は自分へ頼りっぱなしな彼にあえて真面目な言葉を返す。



「……つーかもう、その席にはライカくんとやらが座ってるんだろ? そっちとも仲良くしろって」


「あいつは……別に、俺の相棒なんかじゃねーよ。どっちかってーと、ビジネスパートナーってヤツ?」


「違いがわからん……」


「なんつーか、あいつとは心が通じ合ってる気が全然しねぇというか……夕二と一緒のときみてぇに『コイツとなら何でもできる!』って感じがしなくてよぉ」


「……あのなぁ」



 あくまで冬馬来夏のことを『仕事仲間パートナー』ではあっても『相棒バディ』としては認めていないと言い張る朔楽に対し、夕二は鋭く、厳しく、それでいて真摯な瞳を向けた。



「そんなの、お前がいつまで経ってもできないことへの言い訳にしか聞こえないぜ」


「で、でもよぉ……」


「そもそもお前、“びじねすぱーとなー”なんて器用な付き合い方ができる柄かよ? 少なくとも俺の知ってる麻倉朔楽は、いちど気持ちを正面からぶつけ合わねぇと親友ダチも作れねぇような不器用なヤツだったけどな」


「……!」



 その言葉で朔楽は、他ならぬ夕二と出会ったときのことを思い出す。

 彼との初対面もやはり喧嘩だった。お互いに倒れるまで貶し合い、罵り合い、拳を交え合い……そして最終的には“自分の親友にふさわしいおとこ”として認め合ったのだ。



(いちど気持ちをぶつけ合ってみる……、か)



 それまでどこか意識的に遠ざけていた、かつてのパートナー。

 その彼と自分とがちゃんと向き合うための手段を、このとき朔楽は夕二のおかげでようやく見つけられたような気がした。

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