Act.13『風凪奏多には色がない』

 のちに“カメレオン俳優”として世に名を馳せることとなる風凪かざなぎ奏多かなたという名の青年が、まだ自分の将来の夢もろくに決められていなかった頃。

 当時少年だった彼は、周りから『透明人間』と呼ばれていた。


 もちろん、なにも本当に透明の肉体をもつ人間だったわけではない。

 ただ、幼少期の頃は自己主張があまり得意ではなかった奏多を、心ない者たちが面白がってそう呼んでいた。それだけの話である。


 奈良県のとある一般家庭に生まれた奏多は、芸能界とは縁もゆかりもないごく普通の少年に育つ。

 父と母はどちらも家庭より仕事を優先とする人物であったことから、奏多が小学校に上がる頃には二人ともたまにしか家に帰ってこなくなり、一家団欒いっかだんらんの時間を過ごすことも殆どなくなっていた。その時点で奏多から見た両親は、もはや生活や学校に通うためのお金を稼いできてくれるの存在でしかなかった。


 子供とは本来、行動を褒められることで自信を身につけ、また反対に叱られることで『やってはいけないこと』や『人に嫌われてしまう行為』といった判断基準を自然と学んでいく生き物である。

 しかし親から褒められることも叱られることも殆ど経験しないまま育ってしまった奏多は、“他人との関わり方”という当たり前の学習が致命的なまでに不足してしまっていたのだ。


 加えて小さな子供同士のコミニュティというのは、得てして意にそぐわない者を平気で爪弾きにしてしまう、ある意味とても残酷な性質を持っているものである。

 そんな同年代の子供たちの間で、奏多だけ浮いた存在になってしまうのは(気の毒ではあるが)“なるべくしてそうなった”としか言いようのない自然な流れであった。


 小・中学校のクラスメイトたちにひたすら無視され続ける日々は、いつしか彼にとって当たり前の日常となっていく。

 それだけならまだ良かったのだが──中にはわざと奏多に聞こえるか聞こえないか程度の声量で、『居たことに気付かなかった』『空気みたいなヤツ』などといった悪口を言う者も数名いた。


 (今でこそイケメン俳優として知れ渡っているため、にわかに信じ難いかもしれないが)当時の彼は、自分がこの世のカスだと本気で信じ込むようになっており……そんな彼の顔つきも、彼自身の自己肯定感の低さを表しているかのように冴えないものだったのだ。

 それでいて、どんなに罵詈雑言を浴びせられようが何もやり返さなかったのだから、そんな奏多を虐げるのは日頃の鬱憤が溜まりがちな少年少女たちのストレス解消にはちょうどよかったのだろう。頼れる友人も両親もいない彼に、味方してくれる者など誰一人として存在しなかった。



 ──きっと自分がある日突然いなくなったとしても、世界は何事もなかったように回り続けるんだろうなぁ。



 奏多が14歳のときに得た人生哲学は、まるで彼の暗い青春時代を凝縮したかのように後ろ向きなものであった。

 およそ自己を否定され続けながらそれまでの人生を過ごしてきた彼は、ついに自分自身さえも否定するようになっていたのである。


 自ら『透明人間』であることを認めてしまったその後の日々は、夢や目標向かっていく喜びもない……まさに余生ともいうべき退屈なものへと成り果てていった。




 しかし17歳のとき、そんな彼の人生にも転機が訪れる──。

 それは高校2年生になった奏多が、東京へと修学旅行に来ていた時のことである。自由行動の時間中、例によって班員たちからハブられてしまった彼は、一人孤独に観光をしていた。



『そこのアナタ、役者の仕事に興味はないかしら』


『……?』



 街角でいきなり声をかけてきたのは、とある芸能プロダクションの若き社長であった。

 どうやらそこは設立されたばかりの事務所であるらしく、経営者自らがスカウトを行なっていたらしい。奏多は『とくに断る理由がなかったから』という理由からふたつ返事でそれを承諾し、とりあえず話だけでも聞くことにしたのだ。



『せっかく声をかけていただいたのに悪いですけど、やはり自分に演技なんてできるわけありませんよ』


『あら、どうかしら。そんなのやってみないとわからないわ』


『いいえ。自分のコトですから、自分が一番よくわかっています。こうして見ず知らずのあなたについて来たのだって、こんな自分に話しかけてくる人がいたことが、ただ純粋に珍しかったからで……』


『……その話、もうちょっと詳しく聞いてもいいかしら?』


『自分は、“透明人間”なんです』



 これまで誰にも晒したことのなかった自身の内面を、気付けば奏多はその日出会ったばかりの他人にすべて打ち明けていた。

 初対面の相手に対してありのままを話せていることに、彼は自分自身への驚きを抱かずにはいられない。そしてスカウトの男も嘲笑したり馬鹿にしたりすることはなく、口を閉じたまま真剣に奏多の言葉を受け止めてくれた。



『──話してくれてありがとう。それでもやはり、アタシからキミへの願いは変わらなかったようだけれどね』



 むしろ奏多を見つけた自分の目に狂いはなかった──と、自信ありげに男は笑んでみせた。

 なぜ見ず知らずの人間にそこまで肩入れするのかと聞くと、彼はその理由について語る。



『アナタは“色がない”自分のことを卑下していたけれど、言い換えてみれば“何色にも染まれる可能性”でもあるとアタシは思うの』


『? なまじ自分への執着みたいなものが他人ひとよりも薄いから、そのぶん役にも入り込めるだろうって……そういう理屈ですか』


『それは違うわ、奏多くん』



 男は首を横に振りはっきりと否定してから、こちらの目を真っ直ぐに見据えて告げた。



『きっとその透明いろは他の誰でもない……たった一人アナタだけが持つことを許された、オンリーワンの個性いろであるハズよ』


『自分だけの……色……?』


『ええ。あとはそれを、アナタ自身が誇りに思えるかどうか。そりゃあ人間はすぐにジブンを変えることなんて出来ないでしょうけど……例えば奏多くんの場合、フィクションの登場人物キャラクターたちから学べることも多いんじゃあないかしら?』



 言いながら男は、奏多の前に1枚のプリント用紙を差し出す。

 そこには来年から放送開始予定である特撮ヒーロー番組の、主人公役を決めるオーディションについての応募要項が記載されていた。



『演じなさい、奏多くん。そうすればきっと、がキミを変えてくれるわ』



 なにも初対面の男が語る戯言たわごとを、100%本気で信じたというわけではない。

 それでも、どういうわけか無性に彼の言葉を信じてみたくなった奏多は、男から差し伸べられた手を無意識のうちに握り返していた。そう思わせてくれるだけの不思議な魔力のようなものが、その男──絢辻あやつじ=ハルカ=フランソワーズからは感じられたような気がしたのだ。



 それから1年後。

 18歳になった風凪奏多は、オーディションで勝ち取った『ペルソナライダー3×3サザンクロス』の主人公・佐山さざんがく役で華々しく俳優デビューを飾る。

 キャリア0年という肩書きが信じられないほどの演技力の高さは瞬く間に話題となり、さらに翌年には朝ドラの主演を務めたことで、一気にブレイク俳優となった。


 そんな彼が雑誌や映画の完成披露試写会でのインタビューで『尊敬する人物は誰ですか?』と聞かれると、決まって──



『自分は今までに演じてきたすべてのひとたちを心から尊敬しています』



 という一風変わった答え方をすることは、ファンの間ではあまりにも有名な話である。





「ゼ、ゼスカナタのドレスが……した!?」



 一瞬にして装甲が浅葱あさぎ色へと塗り変わったアーマード・ドレス“カメレオン・ゼスカナタ”。

 そのコントロールスフィア内において奏多の変わりっぷりを特等席から目撃したことで、朔楽はただただ衝撃を受けていた。まるで別人のような人格キャラへと再び切り替わった奏多自身もそうだが、同じくらい彼の乗機も別物のように変わって見え、つい驚きの声を漏らしてしまう。



「やっぱりこいつぁ、ただ単に色が変わっただけってワケじゃあねえッ! かといって他のドレスに換装きがえたっつーワケでもねぇのに、こいつは一体……!?」


《驚いたでしょう? それこそが奏多くんの“カメレオン・アクト”に発言したドレススキル、その名も『変色アクト』さ!》



 戦いに集中している奏多の代わりに、メリーがどこか嬉しそうな笑みを浮かべて答えた。

 何やら聞き馴染みのない単語があったため、朔楽はすかさずその意味について聞き返す。



「ど、ドレススキルだぁ?」


《アウタードレスが持つ特殊能力のことだよ。ドレスの外見や形状が媒介者ベクターの人物像を体現しているように、発現するドレススキルもその人の精神や強い願望・深層心理が反映されている》


「ってコトはつまり、この『変色アクト』とかいう能力も……」


《うん。“何色にも染まれる能力”──それはまさに奏多くんのそのものでもあるんだ》



 別のアウタードレスに換装するわけでもなく、アウタードレスの性能そのものを変化させる“カメレオン・アクト”能力。

 そんな風凪奏多の役者としての真骨頂を表したような能力は他と比べても相当にレアらしく、“ドレスが保有するスキル”というよりむしろ“操縦者技能アクタースキル”と呼んだほうが表現としては適切かもしれない──というのが、メリー個人の見解であった。



「ドレススキル……そいつがあれば、俺もこんな風に戦えるのか……?」


「左様。そして能力を発現させるには、おのが心に着飾ったモノを正しく解放させてやることが重要でござる」



 羽織姿の奏多はさとすように言い聞かせながら、その切っ先を“オタゲイ・ザムライ”へと差し向ける。



「あの日、拙者はたしかに『透明』だった。それは今も変わらない……だが!」



 ゼスカナタが敵の懐へと潜り込むように体当たりし、そのまま勢いを殺さずに細身の刀剣──“菊一文字則宗きくいちもんじのりむね”を横薙よこなぎに振るった。

 “オタゲイ・ザムライ”は素早い身のこなしで剣先をかわしつつ、バックステップを踏んでこちらとの距離をとる。だが、敵がそのように動くことは奏多もすでに読みきっていた。



「今ならば自信をもって言うことができる……この透明いろは間違いなく、己を形作る大切なモノなのだとッ! 偉大なかれらの背中から、拙者はそれを学んだ!」



 ゼスカナタが流れるように一歩踏み込んだ、その刹那。

 たった一度の足音が鳴った間に、三度の突きを食らっていた敵の姿を朔楽は目撃した。剣術の天才・沖田総司が編み出したとされる剣技──“三段突き”である。



「す、すげぇ……」


「よく見ておくんだ、朔楽くん! 己の嫌いな部分をただ否定するんじゃなく、それすらもこと! それはきっと、キミ自身の未来を切り拓くためのチカラを与えてくれるハズなのだから……ッ!」


「奏多! ……いや、佐山さざんがく!」


「フッ……チェインジ・アクトヒーロー! さあ少年、アゲていこうか!」



 再びヒーロー衣装へと戻った奏多は、ゼクスブレスに填め込まれた“カメレオン・アクト”のヴォビンを自らの手で高速回転させる。

 するとゼスカナタはまるで石炭を注ぎ込まれた蒸気機関車ように、全身から満ち溢れんばかりの闘気オーラを発生させ始めた。双眸ツインアイを黄金色に輝かせ、ゼクスブレスもそれに呼応するかのごとく電子音声の叫び声をあげる。



《“カメレオン・アクト”!! FIフィ-FIフィ-FIフィ-FINISHフィニッシュ ACTIONアクション MODEモード!!!》


「力と力を掛け算して、かけるぜ命ッ! うおおおおおおおッ!!」



 “カメレオン・ゼスカナタ”は首に巻きつけた舌のマフラーをゴムのように伸ばし、怯んでいた敵アウタードレスの胴体を両腕ごとからめ取った。

 そのまま頭上に向かって大きく跳躍ジャンプ。空中でとんぼ返りをして姿勢を整えてから、眼下にいる“オタゲイ・ザムライ”を目がけて一気に急降下していく──!



「エンドロール・フィニィィィィィィィィィィィィッシュ!!」



 掃除機が電源コードを勢いよく巻き取るのと同じ要領で──舌のマフラーに巻きつかれていた“オタゲイ・ザムライ”は、数百メートルの頭上から一気に舞い降りてきた“カメレオン・ゼスカナタ”の飛び蹴りを避けられるはずもなく直撃した。

 背中から地面へと倒れ込んだ敵は、糸がほつれた衣服のように装甲アーマーパーツをボロボロと落としていく。深刻なダメージを受けたことでヴォイドエネルギーがついに尽き、戦闘不能となったのだ。



《多分このドレスの媒介者ベクターは、“推し愛”が大きく膨れ過ぎてしまった奏多くんファン……ってトコだろうね。でもきっと、今の一撃キックで満足できただろうさ》


(ちょっと気持ちがわかっちまう自分が憎い……!)



 メリーからの通信に耳を傾けていた朔楽は、そのとき遠方から3機のアーマード・ドレスがこちらへ向かってきていることに気付いた。

 それぞれピンク・オレンジ・ブルーのアイドル衣装に身を包んでいる機体たちは、言うまでもなく『トリニティスマイル』の面々である。



「みんなおまたせーっ! チーム『トリニティスマイル』、颯爽さっそうとうじょ……ってアレ? もしかして、もう戦い終わっちゃったー!?」


「へっ、遅ぇぜ三人娘! お前らがチンタラ遅刻してる間に、『ペルソナライダー3×3サザンクロス』がカッチョよく悪を懲らしめてたっつーの!」



 リーダーであり一番背の低い少女のヒトエが素っ頓狂に叫んでいたため、朔楽は我が物顔で彼女たちに言葉を返した。

 その有視界通信に対し、気の強そうなフタバという少女が真っ先に反応する。



「その声……まさか、あのときの新人ルーキー!? なんであんたが風凪さんと一緒に乗ってるワケ……!?」


「へへっ、羨ましいだろ」


「ていうか何その格好、ちょっと似合ってるのが超ムカつくんですけど」


「そ、それについては色々あったんだよ! 色々!」



 『うわぁ……』という冷ややかで若干引き気味な視線を向けられてしまい、朔楽は必死になって弁解しようとする。

 そんな二人のやりとりを見て可笑しくなったのか、気付くと奏多はニコニコとした笑みを浮かべて朔楽のほうを見やっていた。



「な、なに笑ってんだよ奏多も……そ、そんなにジロジロ見んなし……」


「ああ、ゴメン。でも本当にビックリしたよ。あの時の少年が、まさかこんなに女の子っぽい服も似合う人だったなんて」


「お、おう……ぶっちゃけ言うと俺もビックリしてる……」



 ずっと憧れていた俳優と女装した状態で再会するなど、夢にも思わなかったことである。

 しかも、成り行きとはいえキスまで──朔楽はたったいま頭に浮かんだビジョンを必死に掻き消した。



「朔楽くん」


「! な、なんだよ……」



 いきなり声をかけられた朔楽はとっさに真っ赤な顔を腕で隠したが、奏多は構わず真剣な顔つきで真っ直ぐに見つめてきた。

 まるで恋愛ドラマで告白するシーンのように、彼はおそるおそる口を開く。



「キミって……



 すっかり忘れていたことだが、風凪奏多は天然だった。



「…………………………………は?」


「本当に申し訳ない。どうやら自分は、ずっとキミの性別を勘違いしてしまっていたみたいだ……今更かもしれないけど、どうか謝罪させて欲しい」


「……いや、合ってるから! 勘違いじゃないから!」


「? うん、女の子なんだよね」


(ダメだコイツ話が噛み合わねぇ……!?)



 どうやら女装している朔楽を見た彼は、想像の斜め上をいく受け止め方をしてしまっていたようである。結局その後は誤解を解くのに、朔楽はかなり長い時間を費やすこととなってしまうのであった。

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