Act.12『王子さまと女装姫。』
「
「あ、ああ……」
ゼクスブレスが緊急出撃要請の
じつに一生の不覚である。なにせ密かにずっと憧れ続けてきた歳上の俳優に、あろうことか女装している状態の姿を見られてしまったのだから。
「かっかかか勘違いするなよっ!? べ、べつに好きでこんな格好をしてるんじゃないからな! とにかくこれには深いワケが……っ!」
「ゴメン
必死に弁明しようとする朔楽の話を強引に断ち切りつつ、奏多は市街上空に出現した全長約20メートルもの巨大装甲集合体──アウタードレスのほうへと目を向ける。
ヴォイドテクスチャーが張り巡らされたことにより見かけ以上の強度を誇るその
そのアウタードレスの姿は言うなれば……というより、誰がどう見てもこの衣装は──
《──うんうん。あれはいわゆる
ゼクスブレスの音声通話回線が唐突に開かれ、朔楽たちの目の前にメリーさんことメリーケン=サッカーサーの顔が
後ろにチラッと覗けている背景を見る限り、どうやらメリーは現在アクターズ・ネストの作戦司令室にいるようである。あのひょうきん者に果たしてオペレートが務まるのかとやや不安になりながらも、朔楽はスピーカーから発せられる音声へと耳を傾けた。
《二人ともただちに出撃してくれたまえ〜っ! ……と、言いたいところなんだけど……》
「あン? 何かあったのかよ」
《うえーん、実はそうなんだよぉ〜。たったいまゼクストフレーム2機が調整作業の真っ最中で、しばらく出撃できない状態なんだー》
つまるところ朔楽の“ゼスサクラ”と来夏の“ゼスライカ”は、今回の戦闘に参加できないということらしい。
内容の割にどこか緊張感に欠けているメリーの呑気そうな通信にはとてもツッコミたくなったが、ともあれ朔楽がしばらく手持ち無沙汰になってしまうことに変わりはなかった。
「なにか俺にできることはねぇのか?」
《うむむ、さすがに素手でドレスに殴りかかれとも言えないし……朔楽くんには悪いけれど、今回は待機してもらうしかないかな》
「クソッ、またこの前のヤツが出てくるかもしれねぇってのに……」
もしも再びアンノウン・フレームが現れてしまったら、読心能力に唯一対抗することが可能なゼクストフレームを欠いたこちらは圧倒的に不利となってしまう。
そして朔楽にとってはそれ以上に、奴とのリベンジマッチを制さなければ寿子の意識も取り戻すことができないのだ。そのような事情を抱えている彼が焦ってしまうのも無理なかった。
《もちろん、万が一に備えてゼスサクラとゼスライカもなるべく早く出撃可能な状態にできるよう、現在急ピッチで作業を進めている。キミの気持ちもわかるけど、どうかそれまでは辛抱して欲しい》
「……わかった。その代わり、急いでくれよ」
《オーケー、任されたっ。とにかくまだ時間はかかってしまうから、それまではどこか安全な場所に避難しておいて!》
そう言い残してメリーは通信を切った。
それを確認した朔楽はすぐに気持ちを切り替えると、いつになく真剣な表情で奏多のほうを振り返る。
「風凪……さん」
「奏多でいいよ、朔楽くん」
「……じゃあ奏多。悪ぃけど、俺のぶんの穴埋めも頼むぜ」
「うん! あとは自分に任せて、キミもはやく避難を──」
が、避難を促そうとしていた奏多の口は途中で止まってしまった。
数歩ほど歩いたところでいきなり身を
「……もしかして、あんまり走れる状態じゃなかったり……する……?」
「す、すまねぇ……ハイヒールのダメージが思ったよりも深刻だった……ッ!」
朔楽は目じりに小粒の涙を浮かべながらそう述べた。
どうやら履き慣れていないハイヒールで奏多のファンたちから散々逃げ回ったことで、負担の蓄積した彼の踵がついに限界を迎えてしまったらしい。
「……俺のことはいい。てめぇははやくアーマード・ドレスを呼びやがれ!」
「でも……」
「街を守んのがアクターの、ヒーローの役目なんだろ!?」
しかしこのままでは避難どころか、数メートル歩くことさえままならないだろう。そんな状態の朔楽をどうしても放って置けなかった奏多は、何を思ったのか朔楽をいきなり両手に抱えて持ち上げた。
いわゆる『お姫様抱っこ』の状態に、朔楽は思わず顔を真っ赤にしながらも取り乱してしまう。
「ふぁっ!? なっ……ななな、何やってくれてんのお前! てか俺の話ちゃんと聞いてたか!?」
「うん。『目の前で困っている人を見たら、たとえ誰だろうと見捨てたりしない……それが正義の使者“ペルソナライダー”』──だったね。あの時の少年」
「……!」
かつてDVDで何度も繰り返し聞いたフレーズを言われ、腕に抱かれている朔楽は思わず目を丸くしてしまう。
彼の目の前に、かつて憧れたヒーローがいた。
闇にも決して屈しない太陽のような輝きを秘めた笑顔で、ありとあらゆる不条理や不安を吹き飛ばしてくれる。そんな無敵のヒーロー“ペルソナライダー
(つ、つうか今……あの時って……)
「行くよ、朔楽くん。しっかり掴まって!」
「掴まれって……ど、どうするんだ!?」
「戦うのさ! カモン、ゼスカナタッ!!」
“ゼクスブレス”の声紋認証によって出撃管理システムへのアクセスが承認され、位置座標情報が空高くの
すると直後──朔楽たちの目の前にある何もなかった空間に、突如としてインナーフレーム“ゼスカナタ”がワープアウトした。この一連のプロセスを終えるまでに要した時間は、わずか0.05秒に過ぎない。
「乗るよ、朔楽くん!」
(マ、マジかああああああああっ!)
かくして朔楽を抱えたまま奏多は地面を蹴り、コクピットハッチからのガイドに従って重力を無視した大ジャンプをする。
そしてコントロールスフィアの中へと飛び乗ると、彼はすぐに擬似神経回路の接続を開始。それによって視覚と同期したカメラアイを動かすと、敵アウタードレスの姿はすぐに目視することができた。
──と、そのときコールサインが点灯し、ほどなくして壁面モニターのウインドウ上にハルカの顔がポップアップされる。
《機体に乗り込んだわね、奏多くん。じゃあさっそく……って》
そこで奏多の横になぜか朔楽がいることに気付いたハルカは、画面ごしに少しだけ驚いたような表情になった。
《あらヤダ、どうしてお姫様も相乗りしているのかしらン?》
「その、なりゆきで……つーか姫いうな」
《まあいいでしょう。これより目標の
(……いやサムライって、どのヘンが侍なんだよ……?)
命名を聞いてふと疑問に思ってしまう朔楽だったが……そのとき、こちらに気付いたであろう敵が動き出した。
「あのヘンかっ! お、おい奏多、来やがったぞ……!?」
「大丈夫だ、俺が君を守る!!」
(……オレ?)
先ほどまでの温厚で人畜無害そうな雰囲気とは打って変わり、突如として全身から熱いオーラを放出し始めた奏多。
彼はその場で大げさなポーズを決めつつも、緑色のヴォビンをゼクスブレスの
《
「ドレスアップ・ゼスカナタッ!!」
《
ゼクスブレスが歌い上げる機械音声のメロディとともに、ゼスカナタの
やがて
「
(やっぱりこいつ、明らかにキャラが変わってやがる!?)
奏多の
“自分”から“俺”へと一人称が変わったのもそうだが、口調以上に奏多の顔つきがどういうわけか骨格レベルで違って見える。それこそ別人のようでさえあった。
「よ、よくわからねぇが……いいぞ奏多! そのままやっちまえ!」
「ああ! さっさと終わらせてやるぜ、姫ッ!」
「おうおう、てめーも後で覚悟しとけコラ!」
空気を沸騰させるような雄叫びをあげ、奏多は機体を一気にアウタードレスへと突っ込ませた。
先ほど吹っ飛ばされた衝撃で怯んでいる相手へとトドメを刺すべく、鋭い手刀を繰り出す。
「!?」
──が、“カメレオン・ゼスカナタ”の攻撃は敵の装甲をかすめることもなく、ただ虚しく空を切るだけだった。
避けられてしまったことを悟った奏多は、瞬時にサイリウムの残光の軌跡を追っていく。すると転じた視界の先に、光の剣を振りかぶる“オタゲイ・ザムライ”はモニターに大映しとなっていた。
「くぅッ……!!」
二刀が織りなす怒涛の剣戟を前に、攻撃を食らってしまったゼスカナタが大きく後方へと押し出される。
なおも胴体を前後左右へと振り回しながら剣先を差し向けてくる“オタゲイ・ザムライ”の太刀筋に、通信回線の向こう側にいるメリーも思わず感嘆の声を漏らした。
《あの動きと打ち方……間違いない、“スサノオ”だ!》
「す、すさ……なんだって?」
《クロールという動きが入った、オタ芸の中でも屈指の難易度を誇る大技だよ! そしてマズい、今ので完全に
なぜか異様に詳しいメリーがよくわからない解説を始めていたが、怒涛の攻撃を受けている朔楽と奏多はそれを聞くことさえもままい状態だった。
彼らの視界で極彩色をした電光が何度も走り、その度に重い衝撃がコントロールスフィア内部へと押し寄せてくる。
《“ジャックナイフ”からの“迅速スネイク”、その次は……“烈火舞”!? こ、このままだとヤバいよ!》
「なにがどうヤバいんだよオイ!?」
《振り付けがサビに移行したんだ! しかもこのムーヴは、ひょっとして……前に奏多くんがライブで歌った曲のオタ芸じゃないか!?》
「な、なんじゃそりゃあぁぁっ!?」
どうやら“オタゲイ・ザムライ”というアウタードレスは、風凪奏多の熱烈なファンと思わしき
確かにこの一見ムダに見えて恐ろしく洗練されたオタ芸は、もはや世のあらゆる流派に勝るとも劣らぬ剣術の域にさえ達している。
それは宿主の心の形に由来した、アウタードレスが持つオンリーワンの異能力。その大トリを飾る最後の一撃が、防戦一方となっている“カメレオン・ゼスカナタ”へと差し迫る──!
《“烈火爆炎刃”だぁぁぁっ!! 奏多くん、避けてぇぇぇぇぇっ!!》
(や、やられ…………!)
装甲もろとも焼き切られるという最悪のビジョンが脳裏をよぎり、朔楽は反射的に
(…………て、ない?)
……が、それから何秒か経過しても彼の想像していたような事態にはならなかった。
ひとまず自分の心臓が変わらずに鼓動し続けているのを確認しつつも、朔楽はおそるおそる目を開ける。
するとそこにいたのは──
「間一髪……で、ござるな」
(……ござる?)
先ほどまでヒーロー然とした服装を纏っていたはずの人物は、どういうわけか時代錯誤な羽織衣装へと衣替えを果たしていた。
またアクターに呼応するように、“カメレオン・ゼスカナタ”の装甲も鮮やかなグリーンから空のような淡い
「其方の剣と拙者の剣、より強いのは果たしてどちらでござろうな……?」
(……! 違う、こいつは別に人格が入れ変わったとかそういうんじゃねえ……)
てっきり戦闘になると性格が変わるタイプかと思っていた朔楽だったが、そうではないことにようやく気付き始める。
奏多の姿や口調の変化には、実はある法則性が存在していたのだ。彼の輝かしい俳優歴を知っている朔楽には、それが何なのかハッキリとわかる。
(間違いねえ、コイツは……)
「新撰組壱番隊隊長・沖田総司、推して参るッ!」
(風凪奏多とヤツの“カメレオン・ゼスカナタ”は、前に演じたことのある役に成り切ってやがるんだ……ッ!!)
それこそが彼自身のアウタードレス“カメレオン・アクト”が保有せし
それは“変幻自在”と謳われた彼の演技力とマインドセットが合わさることで、はじめて編み出すことのできる奥義。そして
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