Act.09『女装はじめました』
「いいわぁ、スッゴクいいわよぉー! じゃ、最後は決めポーズをおねがい!」
グリーンの背景布が敷かれている撮影スタジオに、威勢のいい女性カメラマンの声とシャッター音が鳴り響く。
眩いスポットライトの光を浴びている
(よく見たらここにいるスタッフ、全員女じゃねえか。どんだけ徹底してるんだか……)
そんな異様ともいえる撮影風景をスタジオの出入り口から遠巻きに眺めていた朔楽は、3年半の間に起きた相方の変化を改めて実感する。
『
とはいえ男性恐怖症のため他の男性と仕事ができないという制約を抱えており、このように彼の入る現場は基本的に女性スタッフのみで構成される。誰が呼んだか“芸能界でもっとも共演NGが多いタレント”とは、まさに彼の待遇そのものを指す言葉だった。
「来夏ちゃん、だいぶ雰囲気が変わったでしょう? 君が一緒だった時よりも、こう……仕事に対してよりストイックになったというのかしら」
しかし男子禁制の現場にも、どうやら例外はいるらしい。
いつの間にか朔楽の横に立っていた190センチオーバーの褐色ガチムチオネエ──もとい、
なんの気兼ねもなく女性ばかりの空間へと足を踏み入れている彼を見るなり、朔楽はつい呆れ返った表情を浮かべてしまう。
「なんなの? アイツの目にはこの強烈なビジュアルが女に見えてんの?」
「ンもう、失礼しちゃうワネ。ちゃんと魂が女の子のカタチをしているでしょ」
「いや、意味わかんねぇし……」
あまりにもあんまりな理屈で説き伏せられてしまい、そこで朔楽も難しく考えるのをやめることにした。
ともあれ今ここで重要なのは、ハルカのような
「ハルカ、いま上がったよ。それで、話っていうのは──」
と、そんな彼らのところへ撮影を終えたばかりの来夏が歩み寄ってきた。
彼はハルカの隣にいた朔楽の存在にもすぐに気付くと、しばらく
「………………どしたの、君」
というよりもこの場合、たとえ来夏だろうと今の朔楽を無視できるはずがなかった。
それは格納庫で別れてから1日ぶりに出会った彼が、まるで別人のように変貌を……
否。変身を遂げていたからである。
「あ、あんまりジロジロ見んなよぉ……俺だって恥ずいんだっての……」
麻倉朔楽であったはずのその人物は、うろたえながらもナチュラルメイクを施された顔をやや気恥ずかしそうに逸らす。
どこをどう見ても、完璧過ぎるほどに“女装”を着こなしている朔楽の姿が、そこにはあった。
*
──遡ること数時間前。
アクターズ・ネスト関東支部内 レクリエーションルーム。
「『
そんなメリーの突拍子もない一言が、すべての発端だった。
なぜいきなり“女装”というワードが飛び出したのか朔楽にはまるで理解できず、当然ながらすぐに異議を申し立てる。
「は……? いやいや待て、ついさっきまで『
「うんっ、女装をすればすべて解決するね」
「んなわけあるかッ! だいたい男はアウトでも女の格好をしてりゃセーフだとか、そんな単純な問題じゃねーだろ……!」
「ダイジョーブ! だって女装は世界も救えちゃうんだから!」
(コイツ、女装の力を過信していやがる……!?)
朔楽なりに悩み相談ができそうな相手としてメリーを選んだつもりだったが、どうやら完全な見込み違いだったようである。
あまりにもぶっ飛んだ解決案に辟易してしまっていたとき、不意に後ろから浅黒くふとましい腕が伸びてきた。
「オホホ♡ 奇遇ですわねぇ、メリーさん。アタシもまったく同じコトを考えていたの」
「どわっ!?」
まるで忍者のごとく背後より音もなく忍び寄ってきたガチムチオネエ……もとい
突然ホールドされてしまった朔楽はすぐに逃れようとするも、見かけ以上に凄まじい
「は、ハルカ……? まさかテメェも『女装で解決』とか言うんじゃ……」
「あら、最初に言わなかったかしら。アナタが前に進むためには、女装をするしかないわ──と」
「あのセリフってそういう意味だったのかよ……!?」
「オネエに二言はないわヨ! さあメリーさん、アタシが彼を抑えているうちにやっちゃいなさい!」
ハルカの指示に対し『任されたっ!』と軽快に返事をしたメリーが、女性もののワンピースとメイク道具一式を両手に掲げながら迫り来る。
まるで暗闇の猫みたく怪しげにメガネを光らせている不審人物に、しかし身動きを封じられている朔楽はなにも抵抗することができない。
「い、いや待て……ちょ、ダメだってぇ……」
あっという間に身ぐるみを剥がれ、ヘアブラシで長い髪をとかれ、肌の上からファンデーションを塗られていく。
なぜか恐ろしいほどに手際がいいメリーのメイクアップに対し、朔楽はただされるがままに着飾り、磨かれ、彩られていってしまう。
そして──精巧な美術品は、完成した。
「う、うぅ……もうお嫁にいけない……」
椅子の上で体育座りをしながら
そんな180度新しく生まれ変わった彼の姿をみて、ハルカとメリーも思わず驚嘆の声を漏らす。
「これは……素晴らしい
「いえいえハルカ氏。私はただ原石を磨いただけに過ぎませんよ」
「てめーら、あとで覚えてろよ……というか何の罰ゲームだよコレぇ! 俺に女物の服なんか似合うはずないだろ……!?」
『いっそ殺してくれ』とでも言いたげなほどに羞恥心が極まっている朔楽だったが、直後にメリーは首を横に振ってその発言を否定する。
「そんなことないよ、朔楽くん。今の君、すっごく似合ってるもん」
「な、何を言って……」
朔楽の発言を遮るように、メリーはハート型の手鏡を差し出してくる。
そこには、朔楽が見たことのない自分の顔が映っていた。
「これが……俺……?」
目の前にある事実がにわかに信じられず、ついペタペタと自分の顔を触ってしまう。
チークが塗られ、ほんのりと赤みを増している頬。まつげはビューラーとマスカラで綺麗に整えられ、手が加えられる前よりも
後頭部で1つに結んでいた後ろ髪はストレートのロングヘアとなり、ボサボサだった髪にも手入れが加えられている。体のラインが出にくい薄いピンクのワンピースを着ていることもあって、長身の恵体をもつ少年でありながら、柔らかくそれでいてお淑やかな少女らしい印象を存分に醸し出しているのだった。
「フフ、驚いた?」
「あ、ああ……」
鏡に見入ってしまうあまり、つい生返事をしてしまった。
長身のわりに細い手足と白い肌、そして童顔。朔楽にとってコンプレックスでしかなかった身体のパーツたちが──メリーの手腕によって、見事に“可愛らしさ”へと昇華されている。
ともすれば色気すら醸し出している可憐な見姿は、客観的に見ても間違いなく美少女の部類に入るものだった。
(お、俺にこんな才能があったなんて……)
「俺にこんな才能があったなんて……なぁんて思ってるでしょ?」
「おっおおお思ってねぇし!?」
すっかり図星を指されてしまい、朔楽は慌てて顔を隠した。
その反応を見てニヤニヤと笑みを浮かべているメリーとハルカは、彼をさらに照れさせるべく口々に褒めちぎる。
「朔楽ちゃんかわいいよ!」
「朔楽ちゃんかわいいわ!」
「ステレオで言うなぁ〜〜っ!!」
*
「──と、いうわけなんだ。わかってくれたか?」
「うん。君を含めて全員バカヤローだってことは」
女装するまでの経緯を説明された来夏は、呆れて物も言えないといった冷ややかな視線を朔楽へと注いだ。
彼のためにわざわざ恥を忍んでまで女装をした朔楽は、その反応に納得がいくわけもなくつい口を尖らせてしまう。
「おい、誰がバカヤローだコラ。3年半ぶりに面と向かって言うセリフがそれかよ」
「フン。バカにバカと言って何が悪いのさバカバカバーカ」
「にゃろう……バカって言ったほうがバカだって言葉を知らねぇのかバカ!」
「その理屈ならやっぱり君の方がバカだ」
「あン? いや、てめーのほうが先に俺をバカって……!」
「いいや言ったのは君が先だよ。…………3年半前だけど」
「どんだけ根に持ってんだよ!? んな昔のこと覚えてねーっつの!」
「は、覚えてないの……?」
今しがたの発言がどこか気に食わなかったのか、反射的に来夏はギロッと刺すような視線を飛ばす。
朔楽も負けじと睨み返していると、そんな両者の険悪な雰囲気を吹き飛ばすようにハルカが割って入ってきた。
「はいはい。二人とも、そこまでになさいっ! 相変わらず仲が良いのはわかったから」
「「仲良く
寸分違わず完璧にハモってしまっていた。
一瞬、驚いたように目を見合わせ、またすぐにそっぽを向いてしまう朔楽と来夏。そんな二人の素っ頓狂なやり取りを目撃したハルカはつい微笑をこぼす。
「ふふっ、上出来よ。来夏くんが男性の相手とここまで自然な会話をこなせている、それだけでも大きな進歩だと思わない?」
「……あっ」
(マジかよ)
言われて来夏はようやくその事に気がついたのか、少し意外そうに口元を手で押さえた。朔楽も唖然とするあまり言葉を失ってしまう。
メリーやハルカの言っていた通り、なんと“女装”は見事に男性恐怖症の症状を軽減させることに成功していたのだ。
(果たして本当に世界を救えるかはともかくとして)少なくとも来夏とコミニュケーションを取る手段としては、ちゃんと役に立ってくれたらしい。
「
ハルカはそう前置きしてから、言葉を待つ二人に向かって本題を切り出した。
「知ってのとおりアタシたち人類は
それこそが
「システムが効力を発揮する条件は、ゼクストフレームに搭乗するアクター2名のペアリングレベル──より
「話が見えてこねぇんだが、つまりどういうことだよ……?」
何となく察しつつある来夏とは対照的に、朔楽はハルカの言わんとしている意図がいまいち汲み取れず、ついに直接彼へと問い質した。
するとハルカは、どこか確信犯的な笑みをたたえて答える。
「単刀直入に言いましょう。来夏ちゃんと朔楽くんには、
「へっ?」
「ユニット名はもちろん『
『あっちなみに拒否権はないからね』と、すぐに文句を言おうとした二人へと先制する形でハルカは釘を刺す。
もとより一刻も早く“アンノウン・フレーム”を倒して寿子を助けなければならない朔楽としては、ただ嫌だからという理由だけで断るわけにもいかないのだが。
(だけど……よりによってコイツが
チラリと横を
だが来夏はまたすぐに目を逸らしてしまい、そんな彼の反応はやはり朔楽の神経を
(くそっ……こうなりゃ腹を
いくら気に入らない相手でも、ビジネスパートナーとして割り切るしかない。
そう自分へと言い聞かせることにした朔楽は、そのとき非常に重大なあることに気付いてしまった。
「ん、ちょっと待て……つーことは俺、ずっとこんな格好をしてなきゃならねぇってことかぁ〜〜ッ!?」
「あら、今さら気付いたの」
(やっぱりバカじゃん)
女性だらけの撮影スタジオに、女装した少年の何とも哀れな叫び声が響く。
どうやら朔楽は自分でも気付かないうちに、すでに引き返せない場所にまで来てしまっていたようだった。
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