第13話 病院で、あの人と
全ての話を終えたあと、俺は二人の顔を見ることができなかった。俺の過去は胸を張って話せるようなものじゃない。むしろ表に出すことを避けたいものだ。
昔の俺は人を殴ったりしていた。学校にもろくに行かず、町をぶらぶらして、肩がぶつかれば殴り合いをし、弱いやつは俺に従うようになり、ある噂を聞いてヤンキー狩りをし……
今の俺を知る二人に、本当は聞かせたくなかった。落胆してほしくなかった。俺は二人と友達になって、楽しかった。俺の恋心を受け止めてくれた陽菜は、今は友達としてそばにいてくれる。こんな俺を好きになってくれた三留は、失恋させた俺を嫌うどころか友達になってくれた。そんな二人に、嫌われたくない。
俺は恐る恐る顔をあげた。二人の顔は、決して晴れやかではなかった。
最初に目が合ったのは、陽菜だった。俺を嫌悪するわけではなく、哀れむでもなく、ただしっかりと目を合わせた。
それから少しだけ右に視線をずらすと、三留は
ただ聞こえるのは、せっせと働く医者や看護師たちの足音。俺たちとは真逆に、時が刻まれていた。
「俺がそうだったのは、たった一年間の話だ。中二からは徐々にだが、学校に行くようになった。今こうして、学級副委員長を務めるくらいに更生した。人を殴ったりは、もうしていない」
「知ってるよ。今の一斗は、すごく優しいもんね」
そう応えてくれた三留は、いつものように明るく笑おうとしているけれど、引きつっていた。そんな彼女の肩に、陽菜はそっと手を置いた。
「……嫌いになったか? 俺のこと」
「そんなわけないじゃない」
「あたしたちは今の一斗を知っているから」
「話してくれてありがとう」
二人はそう言ってくれていた。しかし、それが本心なのかどうか疑ってしまうのが、俺の悪い
陽菜は澄んだ瞳をきりっと
「つまりは、話に出てきた金髪の人が
「ああ。当時は名前を知らなかったから、ぴんと来なかったんだ。会ったのはたった数回だったしな」
「でも、橘高桜生のことはよく知っているんだよね?」
「当時はあいつを尊敬して、よく一緒に行動していたからな。師匠って感じでもないけど、まあ、ああいう強いやつになりたいとは思っていた」
『喧嘩はもうしない方がいい。お前は真っ当に生きろ』
『喧嘩が楽しいって思っちまったからな』
『お前は俺とは違う。お前は誰かを守るために戦える』
強いやつ――か。
今も、実はそう思っているのかもしれない。
「とにかく、二人が会った生き霊の都筑碧希さんが会いたがっている相手っていうのが、橘高桜生さんで間違いなさそうね」
「そうだな」
「期限明日だけど、余裕だったね」
「いや、大変なのはこれからよ」
「そうだ。桜生さんを見つけなきゃいけないんだからな」
「そっか」
「ねえ、一斗くん。どこにいるか、見当はつかないの?」
「つくけど、頼みを聞いてくれるかは分からねえ」
『俺は会わん』
『どうして会いたくないんですか?』
『それを聞いてどうする?』
『理由次第です』
『じゃあ答える義務はないな』
今、考えれば、違和感のある会話だ。あいつは毎日見舞いに来ているのに、会いたくないと言った。
これは怪異という非現実的な存在が絡んでいる。詳しく説明しても理解してくれるかは怪しい。なのに、あいつはどうして『会わない』と言ったのだろうか。
「ここでうじうじ考えている暇はないわね。探しに行きましょう!」
「そうだね!」
「力づくって手もあるから、そっちも準備しておかないと」
「力づくって、お前何するんだ? あいつに力づくは無理だと思うぞ」
「うーん、いろいろ揃えるつもりよ。スタンガンとかあれば嬉しいよね」
「お前って意外と怖いやつだな」
「それくらいの武器がないと、橘高桜生とは向き合えないわよ」
さて、と陽菜は二人の前に立った。
「私は諸々準備してくるから、橘高桜生探しはお願い」
「おう」
「了解だよ!」
「じゃあ、終わったら連絡するから。そっちもよろしくね」
陽菜は早歩きで去って行った。毎度ながらしっかり者だ。気付けば指示する立場に立っている。しかも的確だ。
それはさておき、俺たちも動くとしよう。
「行こうか、三留」
「そうだね。善は急げ!」
「それは意味が違うけどな」
――と、俺たちも動こうとしたそのとき。
俺は静かに近づく足音に気が付いた。だんだん近づいてくるにつれ、ゆさゆさと何かが揺れる音も聞こえてきた。そして何より、殺気だ。誰でもなく、俺たちに向けられている殺気だ。
俺は恐る恐る視線を後ろに向けた。
やはり、背後にいたのはあの男だった。ラッピングされた一輪の花を持っていた。
「おい、お前らここで何をしている?」
三留はその声で存在に気付いた。会ったことはないはずなのに、とても怖がっているのが分かった。
「桜生さん」
「お前だったのか、一斗。その女は誰だ? ここで何をしている?」
「この子は俺の友達です。見舞いに来たんですよ」
「都筑の友達か?」
「そういうわけじゃないですけど」
「じゃあ帰れ」
「あんたはよくて、俺らはダメなんですか?」
「ここは神聖な場所だ。早く出ていけ」
「神聖って、清潔の間違いじゃないですか」
三留は気付けば俺の背後にいて、真正面から刺さるような殺気を感じて俺は言葉を紡ぐことができなかった。
が、その殺気はすぐに消えた。
「……悪いな」
桜生さんは呟くように言った。さっきまであんなことを言っておいて、急に一言言われても普通は簡単に許せるものじゃないが、俺は彼を知っている。会えば睨むが、ちゃんと謝罪は言える人なのだ。
しかし、ここが彼の神聖な場所というのは理解できる。今、都筑碧希と会えるのはここしかないのだから。そして彼には、きっと都筑碧希しかいないのだから。
「こっちこそ、邪魔してすみません」
「その背中に隠れてる子も、もういびったりしないから」
三留は未だに俺の背中で怯えている。仕方ない。初めて会えば、多分誰でもこうなる。
「三留、もう大丈夫だから」
「本当?」
「ああ」
そう答えると、三留はゆっくり表に出てきた。怯えが完全になくなったわけじゃなさそうだが、話せる程度には気を許したようだ。
「三留千夢です。南雲一斗くんのクラスメイトで、あなたを探すのを手伝っていたんです」
「そうか、お前らが俺のことを……」
「知っていたんですか、俺たちのことを」
「まあな。聞いていたんだ」
「誰からですか?」
「セリーヌとかいう綺麗な女だ。都筑のことをずっと調べていて、退治するとか言ってた」
やっぱり知っていたんだ。あの公園にいた都筑碧希が生きた人間ではないことを。しかもセリーヌさんに聞いていたとは……あの女、まさか桜生さんに接触を持つとは、何を考えている?
「……実は、俺もお前らを探していた」
「あたしたちを?」
「今朝、俺は都筑に会った。ここにいる都筑ではなく、生き霊の都筑に」
「セリーヌさんに言われてですか?」
「勘がいいな――ああ。あの女に命令されて、喧嘩しに行ったんだ。でも、できなかった。顔を出してはもらえたが、喧嘩は我慢すると約束したからってすぐに帰っちまった」
約束――俺らと交わしたあの約束だ。三日は喧嘩せず待ってやるから、あいつを探してこい。あいつはそれを忠実に守ったというわけか。
「俺たちのせいですね」
「いや、約束を守るのは当然だ。あの美人も知らないらしいぞ」
「そっか。じゃあこのままもう一度公園に行けば、今度こそ解決できるかも!」
「ああ、そうだな。早速だが、桜生さん。一緒に……」
「嫌だ」
と、桜生さんは俺の言葉をさえぎった。
「どうして? 明日までにあんたを連れて行かないと、またあいつは喧嘩をふっかけてたくさんの人を傷つける。あんたはそれでもいいんですか?」
「それでもいい」
「あの人をあなたの大事なお友達なんでしょ? 悪い人になっちゃうかもしれないんですよ」
「それでも……生きてるあいつと会えるなら、悪でもなんでもいい」
「ふざけないで下さいよ!」
「俺は! 俺は、ようやく会えたんだ。俺から大切なダチを奪わないでくれ……」
頼む。
桜生さんは、あの橘高桜生は、そう言って俺たちに向かって頭を下げた。あの『血の桜』と言われた男のこんな姿は、きっと後にも先にも見る人はいないだろう。ここまでして頼み込む姿に胸を動かされなかったわけじゃない。
「そんなこと言っちゃっていいんですか?」
「……は?」
「桜生さん、俺たちに約束破れって言っているんですよ」
「………………」
「あいつは約束を守ったのに、あんたは破らせるんですね」
「お前に何が分かる?」
「あんたが本当は優しい人だってことは分かってますよ。だから、きっと救いたいんだって分かってます。俺たちだってそうしたいです」
「お前……」
「ちょっと時間と手間がかかると思うけど、期限には間に合わせます――約束します。俺たちは必ず、都筑碧希を救います」
桜生さんの目が俺と合った。
「約束だぞ」
「はい」
「破ったら、お前のことぼっこぼこにするからな」
「ぜひお願いします」
「ああ、そうだ。なんらかの手段が見つかったら、あの廃ビルに来い。俺は基本的にあそこにいる」
桜生さんは持ってきた花束を三留に無理やり託し、病院の静かな廊下をてくてくと去って行った。なんか穏やかな感じがした。
「この花、どうしよう。渡されたけど、看護師さんとかに言えば飾ったりとかしてもらえるのかな」
「そうだな。早くしろ」
「え、どうして
「やらなきゃいけないことがあるだろ、俺たちには」
「そうだったね。約束しちゃったしね。一斗が殴られるのは見たくないし」
「俺は陽菜に連絡しとくから、お前は花を渡してから病院の出入り口で待ち合わせな」
「うん。ところでさ、どこにいくつもり? 何か考えがあるの?」
「まあ、怪異っていったらあの人頼るしかないだろ」
気は乗らないけど、仕方ない。
約束だしな。
俺たちはここで一旦別れた。廊下を歩きながら俺はスマホを開き、メールを打った。陽菜への連絡だ。
『橘高桜生には会えた。いろいろあってセリーヌさんのところに行くことにしたから、そこでそこに来てくれ』
俺はそこからどうしたら協力してもらえるか、考えるのであった。
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