第12話 彼のいる病室で
さて、病院に着いても休む暇はなく、俺たちは都筑碧希の病室を訪れた。とはいえど、実際に部屋の中に入れたわけじゃない。ガラス越しに横たわる金髪の姿を見るだけだった。腕や顔から何本か管が伸びていて、目は固く閉じられている。
この状態が、四年間。
失礼な言い方だが、生きている感じはしなかった。
「あれが都筑碧希さん……」
「死んでるわけじゃないよね?」
「ちゃんと生きているみたいよ。ほら、ベッドの脇にあるモニターの心電計がちゃんと波打ってるでしょう」
「そうだね。生きてはいるんだね」
「植物状態、だからな。生きているって言っても、寝ているわけじゃない。意識不明が続いているんだ」
「やっぱり、あの生き霊が原因なのかな」
「でしょうね。あれが体に戻るなりなんなりすれば、目を覚ましたりするんだろうけど」
「そうなる可能性はあっても五分五分だろうな」
何の知識もない俺たちの判断は、そんなものだった。
「碧希くんのお友達ですか?」
そう声を掛けてきたのは、白衣を着たおじさんだった。どうやら医師のようだ。
「はい。碧希くんが事故に遭って入院したって聞いて来たんですけど、まさかこんな状況だったなんて……」
そんな風に受け答えしたのは、三留だった。嘘ではないのだが、こんなにさらさらと言葉が出てくるのは感心せざるを得なかった。
「四年もこんな感じなんですよ。処置をしているおかげで
やはりあの生き霊が原因なのだろう。だが、俺たちはあいつを元に戻す方法は分からない。医師でもなければ、怪異の専門家でもない。俺たちはただの高校生だ。あの怪異について調べ始めた時点で、明らかにやりすぎているのだ。
俺はまた眠るあいつの方へ目をやった。やはり死んだように眠っている。と、顔を見ているとベッドの脇のテーブルに花の
「あの」
俺は医者に呼び掛けた。
「誰か、見舞いに来ているんですか?」
「来てますよ」
「それが誰だとか、教えてもらえたりしますか?」
「構いませんが、私も名前は知らないのです」
「どんな人ですか?」
「赤髪の高校生ですよ。あなたと同じ制服でしたかね」
……あいつか。
「そいつは何回くらいこちらに?」
「何回って、毎日ですよ」
「毎日?」
「はい。欠かさず毎日です。とくに何をするわけでもなく、しばらく彼の様子を見て帰っていきます」
「じゃあ、あの花はやっぱり……」
「週に一度のお見舞いの花です。これも欠かさず持ってくるんです。家族でさえもう来なくなったのに、彼だけは過剰に来るんです」
毎日欠かさずお見舞いに来て、週に一度は花を持ってくる。
あの野郎、あんなこと言っておきながらちゃんと会っているじゃないか。そんなことを知った俺は、そんなに驚いてはいなかった。あいつはああ見えて、結構しっかりしたやつなのだ。あのとき、自分の性格ゆえにひどい怪我を負わせた謝罪として手当てまでしてくれた。喧嘩して相手を手当てする不良が、どこにいるだろうか。
いつの間にか、医者はいなくなっていた。ずっと俺たちの相手をしていられるほど、暇じゃないのだろう。
「やっぱりつながりはあったんだね。橘高桜生は都筑碧希のお見舞いに毎日来ていた。これだけじゃちょっと薄いよね」
「いいえ。それだけで十分よ。毎日来るっていうことは、ただの知り合いじゃない」
「あいつらはマブダチだった」
「まぶだち?」
……またやってしまった。
「マブダチっていうのは、親友って意味よ」
陽菜はさらりと言った。俺を咎めるわけでもなく、呆れるわけでもなく、ただ説明した。
「へえ、いい言葉なんだね! 物知りだね、陽菜ちゃん!」
「昔の
「昔の、一斗?」
「ワルかったときの一斗くんよ」
……おい、待て。それはずっと隠していたことなのに!
こいつ、さらりとばらしやがった。
「おい、陽菜。そのことは……」
「分かってる」
陽菜は真っ直ぐ俺を見た。昔の俺を今の俺がよく思っていないことを、ちゃんと分かっていると言いたげだ。
「でも、今はちゃんと向き合わなきゃ。いつまでも嫌がってちゃいけない」
そんなこと、分かっている。
兄には無理して向き合う必要はないと言われたから、無理はしない。大切だとはまだ思えないけど、役に立てるとは思うから。
俺は話し始めた。嫌悪していた過去の俺を――
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