第11話 二日目の早朝

 夜が明けた。いろいろ考えすぎて、あまり眠れなかった。

『これ以上つきまとうなら、俺はお前を殺す』

 その言葉が頭から離れない。喧嘩の毎日でなくなってからああいうやつと会うのはご無沙汰だったから、あのときはちょっと驚いただけだ。あんな言葉、あの時代だったら数秒後に忘れている。でも、平和ボケした今の俺はそんな言葉をくよくよ気にしている。本当に殺せる度胸なんて、一高校生にあるわけないのに。

 そんなことを考えつつもようやく眠りについて、目覚めたのは午前五時だった。いつもよりは短い睡眠時間だったが、俺は布団から出て外に出ることにした。何をするかというと、走った。まだ日も昇らない街をとにかくランニングした。いや、ランニングと言えるほど丁寧なものじゃない。ただ走った。何も考えられなくなるくらい、とにかく全力で走った。街灯はついているものの、暗いから道もよく分からない。それでも走り続けた。

 ようやくお日様が顔を出した頃、俺はあの例の公園の前にいた。

 一昨日、あいつと拳を交えた場所だ。結果、俺は血を吐きながら転げまわった。それなりに前の俺だったら、『負け』という言葉を使わずにどうにか表現するのだろうが、今の俺はこれを『完全なる敗北』と言う。

 名前は確か、白梅公園と言ったはずだ。

 白梅――梅か。梅というと春の花の代表格だけど、詳しく言うと三月の花だったはずだ。三月と言うと、別れの季節――これも何かの縁なのか? あの男は、都筑つづき碧希あおきは、橘高きつたか桜生おうせいと死に別れた。それは三月の卒業式の日のことだった。卒業式も別れの行事だ。

 さて、期限は明日に迫っている。二日目はつい数時間前に始まったばかりなのだろうけれど、高校生の俺たちとしては行動可能な時間が限られている。今でこそ俺は行動可能だが、こんな朝っぱらからできることは数少ない。公園の梅の木を見上げてみるが、あいつはいない。生き霊もこの時間は寝ているのだろうか。もしくは、本体に戻っているのかもしれない。

 幽霊はご存知の通り、死んでいる者がなんらかの理由で現実に現れるもののことを言うが、都筑碧希の場合は少し違う。彼はまだ生きている。心臓はまだ動いている。しかし彼は幽霊としてあの梅の木にいた。彼のように生きながら幽霊になった者のことを生き霊というらしい。詳しい話は分からない。俺は又聞きしただけだ。専門家に会ったりはしたのだけれど、そういう話はしていない。手を引けと言われてしまった。彼女らは俺たちが関わることをよく思ってはいないのだ。

 とにかく、期限は迫っている。俺は今日、手掛かりとなるであろう都筑碧希の本体に会いに行く。とはいえど、話せるわけではない。見るだけだ。それでも何か手掛かりになるのなら、その手間は惜しまない。

 してきた腕時計を見ると、出発から四十五分が過ぎていた。あとに十分もすれば母親が目を覚ます。それまでに帰らなければ迷惑をかけてしまう。俺の両親は共働きだ。兄と俺をそれぞれ学校に行かせてくれている親に、心配をかけたくない。

 俺は再び走り出した。

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