第10話 一日目の報告会、追加事項

 六時五十五分。桐生きりゅう陽菜ひな南雲なぐも家にやってきた。ご丁寧にも手土産を持っていた。どれだけ出来る子なんだ、こいつは!

 とりあえずこっちはジャケットを着直して出迎えた。

「いらっしゃい」

「ごめんね、突然お邪魔して。ご両親もいらっしゃられないし、失礼かもしれないと思ったけど、すぐに伝えたいことがあったから、お兄さんに許可をいただいたの」

「親がいないのはいつもだし、別にいいんだけど、すぐに伝えたいことって……」

都筑つづき碧希あおきさんについて分かったことがあったの」

 俺は玄関先で話すのはこれくらいにして、家に上げた。

リビングへ行くと、兄貴の姿はなかった。気を遣って部屋にでも行ってくれたのだろう。飲みかけのカップもキッチンに片してあった。兄貴も出来るやつだった。

……待てよ。兄貴がリビングにいないということは、俺は陽菜と二人きりということか? いやいや、兄貴が家にいるのだから二人きりではない。何かの拍子でこっちに来ることだってあるかもしれないのだから、二人きりではない。しかし、今は二人きりだ。この空間には俺と陽菜しかない。しかも、兄貴が家の中にいるとは限らないぞ。めちゃくちゃ気を遣って適当に外に出てくれたという可能性もある。なぜならさっきから物音が少しもしない。兄貴の部屋は二階だ。天井から足音もしない。そうなれば俺たちは二人きりじゃねえか! 

 一度フラれたとはいえ、俺はまだ陽菜に気がある。絶賛片想い中だ。それなのに俺と陽菜は今、同じ屋根の下にいる。これは許されるのか! 恋人でもない男女が家で会うなんて、これは、これは……

 何かいいことでも起こるんじゃないか!

「……とくん。一斗くんてば、聞いてるの? お菓子買ってきたんだけど、ご両親とお兄さんと食べて」

 陽菜は手土産を差し出しながら言った。

「お、おう。ありがとう」

「じゃあ、どこかに腰を落ち着けて話しましょう」

「そこのソファ、座っていいよ」

 俺は何気に並んで座れる三人掛けソファに誘導していた。

 グッジョブ、俺!

 とりあえずソファに座った俺たちは、前置きなしに話を始めた。

「都筑碧希さんのことで、ちょっと気になることが分かって」

 隣に陽菜が。

千夢ちゆちゃんからの報告なんだけど」

 隣に陽菜が。

「三年前の卒業式の朝、あの公園の近くで事故が遭って」

 隣に陽菜が――。

「その被害者が」

 隣に陽菜がいる!

「ちょっと、聞いてないでしょ! ちゃんと聞きなさい!」

 ……怒鳴られた。まあ、半分くらい上の空だったので、こうなるのは仕方ない。

「ごめん」

「続けるわよ。――で、三年前の卒業式の朝に起こった事故の被害者が、都筑碧希さんだったの」

「事故か」

「交通事故だったらしいわ。自動車と歩行者の接触事故。だから詳しい捜査も行われなかったみたい」

「そっか。じゃあ、都筑碧希はその事故で亡くなった男子生徒だったってことか」

「実は、そうじゃなかったの」

「どういう意味だ?」

「亡くなったっていうのは違うの。事故に遭った都筑碧希さんは亡くなっていないの」

「噂だと、幽霊って話だよな」

 幽霊だとしたら、そいつは死んでいる必要があるのではないのか?

「生き霊って言うらしいわよ」

「は?」

「生きながらにして幽霊になった幽霊のことを、生き霊って言うんですって。千夢ちゃんの報告を受けたあと、若月くんに会いに行ったの。セリーヌさんには会えなかったから、若月くんのおうちに伺ってきたの。そこで聞いた」

「生きながらにして、ってことは、都筑碧希は――」

「生きているわ」

 生きている――死んでいない?

「じゃあ、あれは――」

「あれは幽霊よ。本人――本体は町の総合病院で入院しているわ。事故から四年間、ずっと眠りっぱなしらしいわ」

「そうか」

 卒業式の朝に事故に遭った高校生の生き霊か。だが、あいつはそんなことを一言も、それどころかそんな態度すらも見せなかった。拳を交えてよく分かったが、あいつの頭には喧嘩しかない。

 あいつが生き霊になってまで喧嘩を求める理由は、なんだ?

「ところで、そっちはどうだったの? 橘高桜生さんには会えたの?」

 陽菜の問いに俺は少し考えて、「あいつは会っても意味がなかった」と答えた。

「何も聞けなかったのね」

「それもあるけど、あの野郎はきっと事情を話してもあいつに会ってはくれない」

「そっか、それは残念だわ」

「悪いな。俺は何の役にも立てなくて」

「ううん。気にしてないわ。会えたんでしょ。だったらそれだけでラッキーだったじゃない。一斗くんが行った場所に橘高桜生さんも来るって分かったんだから」

「でも着実に期限は迫ってる」

「まだ一日経っただけよ。焦る必要なんてない」

「でも、あの野郎がいなければあいつはいつまで経っても救われない!」

 俺は気付かぬうちにそんなことを言っていた。

「うふふふ」

 ちょっとかっこつけすぎた言葉だったと思ったら、そんな風に笑われた。

「……なんだよ」

「一斗くんっていい人なんだなあって思っただけ」

「は?」

「中学のときは周りの人なんかどうでもいいって感じだったけど、いろいろあって変わったんだね」

 いろいろ――ドラゴンになったり、サラマンダーに襲われたり。恋したり、恋されたり。フラれたり、振ったり。この数か月だけでも、いろいろあった。

「変わらなきゃいけないって感じだったからな」

「そう言う私も変わったけどね」

「変わったのか?」

「気の持ち方が変わった。ずっと誰も見てくれないって思っていたけれど、こんな私でも好きになってくれる人がいるって分かってから、誰にでも興味が持てるようになった。それからは毎日がすごく楽しい」

「今もか?」

「今も。不謹慎かもしれないけど。一斗くんとか千夢ちゃんとかと一緒にこういうことができるのがすごく楽しい。頼ってくれるのが嬉しい。私を見てくれるのが嬉しい」

 陽菜は笑う。嬉しさが伝わってくるような笑顔で。

「明日、三人で行きたい場所があるの」

「どこだ?」

「都筑碧希さんが入院している病院。お見舞いに行こうよ。お友達でお出かけする先としては味気がないけど、一緒に行こう」

 まるでどこかに遠出しようと誘っているのかように、わくわくした表情だった。

「分かった。放課後、寄り道しようぜ」

「ありがとう、一斗くん」

 しかし、悲しいことに俺は素直に喜べない。こいつにとって俺はただの友達でしかない。ドラゴンになってまで伝えた恋愛感情は、未だ絶えない。一度フラれたからある程度はしぼんでいるけれど、俺の感情は今も燃えている。

 俺は桐生きりゅう陽菜が好きだ。

 でも今は、その気持ちを伝えない。

 友達同士でいたいと言ったのは、なにより彼女なのだから。

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