第7話 あの場所で、専門家と
あれから何年か経っているから、今もここに
今はこれしかないのだから。
「あら。先客があなたなんて、悪い偶然ね」
綺麗な女の声がした。聞き覚えがあった。俺が何も返さずにいると、ヒールのある靴で近づいてくる音がして、俺の前に姿を見せた。
緑の長い髪を揺らして、艶やかな唇の隙間から白い歯をこぼしていた。
「……セリーヌさん」
「こんにちは、坊や」
「何の用ですか?」
「あなたに用があるわけじゃないのよ。私はこの先に用があるの」
「俺もですよ」
「じゃあ、来た道を引き返すことね」
「そんなわけにはいきませんよ」
「事情は若月を経由して陽菜から聞いたわ」
目をきりっとして、真っ直ぐに俺を見つめていた。怒りなどの感情はない。ただ彼女は仕事をしているだけだ。
セリーヌ・クーヴレール。彼女は怪異退治を職とする、
つまり。
「あなたたちが探っている幽霊の件は、私の案件よ」
と、セリーヌさんは言った。
「手を引きなさい」
「嫌ですよ、今更」
「ただの人間が手を出していいことじゃないわ」
「ただの人間じゃありません。元ドラゴンです」
「今は変身できる怪異性はないでしょ。ただの人間よ」
「それでも、俺は――俺たちは、手を引きませんよ。俺の学校のやつらが何人もやられている」
「だから見過ごせない、と? そんなキャラだったかしら」
性格のことをキャラというなら、俺はそういうキャラではない。他人のことはどうでもよかったし、どうなろうと関係ないと思っていた。
でも、俺は恋をしてドラゴンになった。
恋をされて、サラマンダーに襲われた。
その中で俺は自分じゃない誰かの気持ちを知った。それは逃げてばかりいてはいけないものだ。逃げてはいけないものだ。人と関係を紡ぎたいならば、気持ちと向き合わなければいけない。気持ちやら意志やらが生み出すものが怪異なら、怪異とは向き合わなければいけない。
俺はそういうことを怠ってきたから、この美人に嫌われた。
「向き合えって怒ったのはあなたでしょう、セリーヌさん。俺は言われた通りにしただけですよ。俺らはあいつと約束したんです。ちゃんと連れてくるって」
「ええ、知っているわ。大体の事情は陽菜から詳細を聞く前から調べていたから。橘高桜生っていう人が何かしら絡んでいるらしいことも、もう掴んでいる」
セリーヌさんは背中に背負っていた槍を抜いた。決して人間に向けることのない刃を、俺に向けてきた。何も言わなくても『引け』という二文字が伝わってくる。
「ここに橘高桜生はいるんですか」
「あなたが向き合う必要のないことよ」
「橘高桜生に会いたいんです」
「
「そうでも、俺は橘高桜生に会わなきゃいけない。今日じゃない
「だったら、今日はやめなさい」
「――過去と向き合う、いいきっかけなんです」
槍が少し動いた。少し引いたのだ。もっと奥を見ると、眉間の皺が少しだけ緩んでいた。
「俺の過去は、都筑碧希との関係を調べる上で、調べたんでしょう。だったら黙って通してくれませんか。俺の問題は俺しか解決できないんだから」
槍の刃は視界から消えた。気付けば、彼女の眉間の皺はなくなっていた。
「……私はあなたより十分遅れて到着した」
「え?」
「会話をしたり槍を向けたりは、していない」
「………………」
「さっさと行きなさい」
それ以上は言わなかった。それでも意図はしっかり伝わった。
俺は何も言わず、駆け出した。
この人は俺のことは嫌いだが、そんな俺をも守るために動くのだ。
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