EP3 目を覚ました先で
目を覚ますと崩れかけたコンクリートの天井が見えた。体中が痛かった。俺はすぐに思い出した。
そうだった。俺は赤髪のやつに喧嘩を売られて、ぼっこぼこにされて、それで……
俺は上体を起こした。体を支える両腕は傷のせいか、力を入れるとひどく痛む。傷も外気に当たってしみる。
「ようやく起きたか」
ちょっと訛りの入った声がして、辺りを見た。男が二人いた。赤髪と金髪だ。金髪が俺の方を見てにやにやしている。言葉を発したのはこっちらしい。赤髪は消毒液のビンを片手で弄び、片手でくしゃくしゃにまとめたティッシュを握っている。
「おにい、あいつに感謝した方がええで。あいつが怪我の手当てをするなんて珍しいさかい、おおきにくらい言うとけ」
金髪は京都弁でしゃべった。あいつと言いながら、赤髪の方を見ていた。
ということは、赤髪が俺を介抱したのか? あの手に持つ消毒液で手当てしたとでも?
「……なんのつもりだ」
起き上がって一言目はそれだった。赤髪は俺のことをぼっこぼこにした。笑いながら動けなくなるまで殴り続けた。喧嘩をふっかけて相手を手当てする不良がどこにいるというのだ。さっきのは夢か? しかし、傷はちゃんと痛む。
「なんのつもりもない。俺のせいでそうなったのなら、できる限りの手当てくらいしてやるのが当然だ」
「俺とお前は喧嘩をしたんだぞ」
「あれをお前は喧嘩と言うのか? 俺が一方的に殴っていただけだ」
「それでも俺に手当てを施す義理はないだろ」
「義理やらそないなこっちゃあらへん」
金髪は言った。
「どういうことだよ」
「あいつのせいでこうなったのはほんまさかい、とりあえずなんも聞かへんで帰ってくれるか」
「そういうわけにはいかねえだろ。こんなことされて、少しくらい説明があってもいいだろ」
「他人に言えるようなこっちゃあらへんのやけど」
「やめとけ。説明するから、お前は黙っておけ」
赤髪はその場に消毒液のビンを置いて、こっちに来た。喧嘩したときに感じた殺気も興奮も感じられない。釣り目なのは変わらないが、今は死んだ魚のような目だ。
赤髪は俺の前で立ち止まると、そのまま口を開いた。
「俺は喧嘩が好きすぎるんだ。人を殴ることで快感を得る」
「とんだ変態だな」
「そう思われても仕方ない。俺は人を一発殴ると満足するまで止まらなくなる。俺はずっとお前を探していた」
「俺もお前を探していた」
「暇つぶしのつもりだった。こんなにして、申し訳なかった」
「………………」
「少し会いたかっただけなんだ。『雷雲の一斗』と呼ばれる君がどんな人物なのか、気になっただけなんだ。手当は謝罪の気持ちだ」
謝罪、か。
あんなことをしておいて、こんな程度で謝ったことになるわけがない。こいつは一方的に俺を殴り、最終的に気絶まで追い込んだ。下手をすれば警察沙汰になるようなことだ。こんなので許せるわけがない。
が、俺たちは謝って許すとかいう関係ではない。許すとかないのだ。殴って蹴って、結果的に立っていた方が勝ち。そういう人種なのだ。
「自己紹介をしてくれ」
と、俺は言った。
「自己紹介?」
「そうだ。俺は『血の桜』という名前しか知らない。せめて本名くらい教えろ」
赤髪は金髪の方に答えを求めるように目を向けた。金髪は笑っている。面白がるように、にやにやと。
「好きにせえ」
金髪はそれだけ言った。
赤髪は俺を見た。真っ直ぐと向かい合った。
「俺は
「俺は――」
自然と口が動いた。俺は特に考えることなく、すらすらとしゃべり始めていた。
「俺は
と、おおよそそんなことをしゃべった。橘高桜生は黙って聞いていた。
「そうか」
と、ただそれだけ呟いた。
結局、俺は血が固まりつつある傷をいくつも抱えてその場所を後にした。日はもう落ちていた。俺が今までいたのがどこかを知ったのは、ここだった。ただの廃ビルだった。ところどころ壁がなくなっているところもあって、辛うじてビルだと分かるほどの廃墟だった。
俺は別れも告げずに、廃ビルから遠ざかった。
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