第6話 一日目の報告会

「もう! 急ぎの用とはいえ、こういうのは昼休みか放課後にやりなさい! せっかく中学のときにサボり癖が治ったと思ったのに! これじゃあ、中学のときの二の舞じゃない!」

 そう叱られたのは、掃除の時間だった。六時間目が終わるまで適当に暇を潰し、教室に戻ると、すぐに陽菜ひなに捕獲された。もちろんそこには三留みとめもいて、女の子二人から腕を組んで怒られた。

「悪かったよ。でもさ、俺はちゃんと成績取れるし、進級の危機ってわけじゃないんだぜ」

「それでも、授業には出なきゃいけないの! 単位取れなかったらどうするのよ!」

「ちゃんと進級できるくらいは出ているんだぜ、一応」

「言い訳禁止! 高校生の本分は勉強でしょ!」

 と、そんな感じで説教された。

不良から足を洗ったときもそんな感じだったなあ、なんて懐かしんでいると、ほうきを渡された。無理やり握らされた。

「私と千夢ちゃんと三人で選択教室の清掃よ」

 陽菜はいたずらにウィンクして笑って見せた。

 全く、こいつは可愛いんだから。


 そういうわけで、選択教室に来ていた。選択教室とは、選択授業や少人数授業とかで使う教室のことで、①から⑥まである。うちのクラスは④の教室を使っているので、清掃も請け負っているのである。とはいえ、選択教室はホームルームの教室とは離れていて、さらに清掃は誰か先生が見張っているわけではないので、たいていの生徒は適当な場所でサボっているのである。

 つまり、この時間の選択教室④は誰もいないのである。

「さて、今後の予定を立てましょう。一斗くんが古本ふるもと先生に話を聞いてきてくれたから、まずその報告から聞こうかな」

「そうだね! 聞こう聞こう!」

 なぜか陽菜が仕切り始めた。しかも三留はなぜか従っている。話を持ってきたのは三留なのに、どうしてこうなる。まあ、もともとこういうのが得意なやつなのかもしれない。こうしてくれることでスムーズにことが運びそうだし、俺は何も言わないでおいた。

「結論から言うと、都筑つづき碧希あおきのことは全然分からなかった」

「そっか。あの先生も何でも知っているってわけじゃないのね」

「でも、橘高きつたか桜生おうせいって人の情報なら得られた。都筑碧希と似たような感じで、最近暴力沙汰で停学処分になったらしい。関係があるかもしれないからって、教えてもらった」

「橘高桜生……」

 三留がぼそっと復唱した。何か思い出したそうな感じだ。

「どうした三留」

「聞いたような気がするんだよ。どこで聞いたんだっけ……」

「とりあえず、千夢ちゃん。あなたもいろいろ聞き回ってくれたんでしょ。話しているうちに思い出すんじゃないかな」

「そうだよね! うんうん、そうする!」

 さすが陽菜だ。

 三留は小さなメモを片手に話を始めた。

「都筑碧希さんはちゃんとこの学校に在籍していたみたいだよ。知っている人もちゃんといたんだけど、話を聞く限りもう在籍はしていないんだよね」

「どういうことだ?」

「卒業しているかもしれないってこと。彼が入学したのは四年前で、留年とかしていなければ卒業しているはずなんだよ。昨日会った感じだと何らかの処分を受けていて、この学校にい続けているっていう考えもあるけど……なんか、おかしいんだよね」

「何がおかしいの?」

「具体的には言いづらいけど、彼を知っている人が異常に少ないって印象だったんだよね。今回の噂だって、うちの生徒だっていうならそういう話が出ていてもおかしくないよね。でも、そんな話は聞いてないし、あたしと一斗が直接会って聞いて知った話だし、どうも……」

「やつの情報が入って来なかったってことか」

 三留は頷いた。

 確かに。留年でも退学でも、そんな目立ったことをすれば、今までで噂が立たないはずがない。同年代の関係がそれなりに近い人間が特異なことをすれば、話題にならないわけがない。それなのに、噂も話も少なすぎる――どころか、ほとんどない。

「あ! そうだよ! 思い出した! 橘高桜生って、何度も停学処分もらってる生徒だよ。確か一回留年していて、今は二度目の高校三年生をやっているはずだけど……」

 似たようなことを海凪先生も言っていた。留年もしているのか。

「これはあくまでも私の考えなんだけど」

 次に陽菜が口を開いた。

「彼が噂になる前にこの学校からいなくなった、ってことじゃないかしら」

「……というと、どういうこと?」

「入学してすぐに退学とか転校とかしたんじゃないかってことよ。そうなっていたら、彼を知っている人すら少ないんじゃないかな」

「なるほどな」

「あと、私が気になったのは、噂が『喧嘩を売る幽霊・・』だってことなの。それが本当に幽霊だとして、そしたら彼は――亡くなっているんじゃないかしら」

 幽霊――か。

「でも、俺はそんな感じしなかったけどな。ちゃんと生身の人間を相手にしているみたいだった」

「話を聞く限りそんな感じだから、本当は幽霊とはちょっと違うのかもしれないけど、一斗くんは他の子とは少し違うじゃない」

「まあ、な」

 他の子――言い換えるなら、他の人間とは、だ。俺には、消えつつあるとはいえ、怪異性が残っている。ドラゴンという怪異になったときの名残だ。ドラゴンの力を使えるほど残っていいないけれど、ほんの少しだけなら怪異の力が残っている。

 怪異は妖怪や幽霊などの総称だと、前にある女から聞いた。もし、あいつが噂通り幽霊だとしたら、つまりは怪異ということだ。怪異性を帯びた俺が他のやつらと違う感覚を抱いたとしてもおかしくないのかもしれない。

「私は専門家じゃないからよく分からないけど、亡くなっているとしたら、過去に起こった事件とか事故を調べて、途中で除籍になった人を調べれば何か出てくるんじゃないかしら」

「おお、いいね! さすが陽菜ちゃん!」

「千夢ちゃんの話からすると、四年前に何かがあったみたいね。千夢ちゃんはそれを調べてもらえないかしら」

「いいよ! でも、陽菜ちゃんは?」

「私はセリーヌさんに会ってくる。ちょっと話しておいた方がいいでしょう。一斗くんも来てくれる?」

「俺はちょっと行くところがあるから無理だ」

「行くところ?」

「橘高桜生に会う」

「居場所分かるの?」

「海凪先生から聞いてる。だから、悪いな」

「別にいいよ」

 と、陽菜は笑った。

「いい機会だし、セリーヌさんと仲直りしてもらおうと思ったんだけどね。またの機会にするわ」

「悪いな」

「ちゃんと顔を合わせるのよ。どんなに嫌な過去でも、今はそれが役に立つかもしれないでしょう」

 なんだよ、こいつ。しっかり者とかそういうレベルじゃない。お母さんじゃねえか。

「おう」

 俺はこれで覚悟を決めた。

 ちゃんと過去と向き合う覚悟だ。

 話が落ち着くと、もうホームルームが始まりそうな時間だった。俺たちはせっせと掃除道具を片して教室に戻った。

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