EP1 グレて、噂を知って、噂になる

 俺がグレ始めたのは、三つ上の兄貴が高校に入ってからだった。兄貴は真面目な人だった。桐生きりゅう陽菜ひなと比べてしまえば言うほど真面目ではないのだけれど、中学校に入った時点で俺は兄貴以上に真面目な人間を知らなかった。

 自分で言うとナルシストと思われるかもしれないけれど、俺は大抵のことをそつなくこなせた。勉強も学年で一位を取るのは容易だったし、どんなスポーツでもルールさえ分かれば、アマチュア選手として活躍できるくらいこなせた。だから特別に努力したことはなかった。努力しなくても、社会に貢献できるくらいの力はあるのに!

 兄貴が高校入学すると同時に兄貴の母校である中学に入学した俺は、早速兄貴と比べられた。

「お兄さんはすごく真面目だったけどね」

「お兄さんは成績優秀でしたよね」

「弟くんは全然真面目じゃないわ」

「弟くんはいろいろできるけど、お兄さんの方がいい子だったな」

 そんな風に、よくできた兄貴に比べられた。俺は何もしなくても兄貴より優秀な成績を取れるのに! 

 社会は努力している人の方を偉いというのだ。

 だから、俺は学校に行くのをやめた。休学届とか退学届とかを出すのがだるかったから、なにもせずにただ登校するのをやめた。俺の家族は、昼間はみんな外に出ているので、俺が昼間何をしていようと何も言われない。

 学校での授業を受けなくなった俺は暇を持て余していたけれど、家にいるのも気が咎めるので、外に出ていた。長めの散歩という感じだ。最初は町中を当てもなく歩いていたが、日を追うごとに行動範囲が広がり、一か月後くらいには電車を使って都心部まで行くようになっていた。

 そんなときだった、あの人の噂を聞いたのは。

「『血の桜』がこの町に来たらしいよ」

 そんな噂だった。

 当時、俺は町の不良たちと行動を共にしていた。何らかの組織に属していたというわけではないが、町のワルたちの間で俺の名前はそれなりに知れていた。なりゆきで喧嘩を仕掛けられることもあり、それを振り払っていくうちに名前が知れてしまっただけの話だ。

「『血の桜』?」

「知らないのかよ。お前よりもずっと有名なヤンキーだぜ。この町にいる、最強のヤンキーだ」

 俺はワルではあっても別にヤンキーではなかったのだが、その名前には興味を持った。強いからとかそういうのではなく、暇つぶしに探してみてもいいかなという興味だった。『血の桜』というはどう考えてもニックネームなのだが、情報をくれた不良によれば、俺なら拳を交えればすぐ分かるらしい。

だから俺は始めることにした――ヤンキー狩りを。

とにかく強いやつを求めて、町を歩き、ヤンキーに出会うたびに拳を交えた。『血の桜』がニックネームではなく、数人で構成されたチームかもしれないと思って、タイマンにこだわらず、集団でも喧嘩を引き受けた。毎日、朝から街に繰り出し、気が済むまで練り歩いた。俺は誰にも負けなかった。

やがて俺にもニックネームがついた。

雷雲らいうんの一斗』。

俺と喧嘩をすると、雷に打たれたように一瞬でボロボロになる――そんなところからこんなニックネームがついた。

そんなの、どうでもよかった。俺が求めていたのはたった一人――しかし、『血の桜』に出会うことはなかなかできなかった。噂ばかりが耳に入るだけで、その片鱗すら、見ることができなかった。

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