第4話 報告と昔話

都筑つづき碧希あおき――とその人は名乗って、消えたのね」

「消えたっていうか、いなくなっていたっていう感じだな。気付いたらいなかった」

 翌日の、つまり三月一日の昼休み、放課後にあったことを全て陽菜ひなに報告した。三留みとめの提案で都筑碧希の言う『あの人』というのを探さなければいけなくなったので、なるべく人手を増やそうということだ。とはいえど、俺は人望がない。今まで友達を作っていなかったから、協力してくれる人がいない。それでもゼロではないので、陽菜に協力を仰いだわけだ。

「具体的には?」

「具体的って?」

「こうしたらいなくなったとか、何かない?」

「公園を出て振り返ったらいなかった」

「なるほど」

 実際は傷の痛みであまり覚えていないし、ここに三留がいるべきなのだろうが、あいつは俺と違って友達がたくさんいるので、人手集めに走っているのである。

「なんか分かるか?」

「いやいや、分からないよ。私は会ってすらないんだから。顔も知らないし……あ、そうだ。似顔絵とか描けないの?」

「俺も三留も描いてみたけど、参考にできるほどの出来じゃなかった。使えない」

「そっか。じゃあ手掛かりは名前とここの生徒だってことだけか……」

「先生とかに聞けばいろいろ分かるんだろうけど、学年の先生以外に知ってる先生っていねえしな」

「私も。やっぱり今は千夢ちゆちゃんの報告を待つしかないみたいだね」

 そういうわけで、俺の報告は終わった。昨日あったことを報告しただけでは何も進展しないことくらい、なんとなく分かっていたが、タイムリミットがあるせいか、どうも焦ってしまう。

 タイムリミットまで、あと二日。

そんな短時間で見つけられるのか。

――と、考えていると、急に胸をくすぐられた。

「もう、怖い顔しないの。こういうときこそ、笑わなきゃ」

「笑うって、傷だらけで笑うともっと痛いんだけど」

「それでも笑うの。不景気な顔をしていると、どんどん状況が悪くなっちゃうわよ。とりあえずできることはやったんだから、今は楽しい話でもしましょ」

 陽菜は笑う。

 全く、こいつはずるい。十二月の事件が終わってからというもの、こいつはつくづく俺のことをよく見ている。どうすれば俺が元気になってくれるか、よく分かっている。

 だから今でもこいつが好きなんだ。

「そういえば最近思い出したんだけど、中学のとき、一斗いちとくんって結構なワルだったよね」

 ………………。

「喧嘩とか多くてよく学校休んでたよね」

 ………………。

「久々に学校に来たと思ったら、傷だらけで」

 ………………。

「学校でも暴力沙汰起こすし」

 ………………。

「なんか懐かしいね!」

「懐かしくないわ! 俺はもうワルじゃないんだよ。お前も知っているだろうが。俺、今は副委員長やっているんだぜ」

「知っているよ。丸くなって本当によかったわ。結構苦労したんだから。先生になんとかしろって言われていたりしていたんだよ」

「……それは、悪かった」

「昔のことだし、気にしてないよ。今は立派に副委員長を務めてくれているからね。チャラかな」

「……喧嘩っていうとさ、昨日久々にああいうことやったな。でも懐かしいなんて思わなかった」

「え、そうなの?」

「痛かっただけだった。全然すっきりしなかった」

「そう思えるだけ大人になったんだよ、多分」

 大人になる――ね。奇しくも今日は三月一日。卒業式のある三月が始まった。これもなんらかの理由があるのだろうか。あいつが現れた意味も。

「こら、また怖い顔になってるわよ」

「ああ、悪い」

「そういえばなんだけど、一斗くん、図書室の先生に聞いてみたら?」

「図書室の先生って、海凪みなぎ先生のことか?」

「そうよ。あの人なら、いろんなこと知ってるから」

 確かに。それは一つの手だ。授業に来ていない生徒や目立たない生徒などの情報が集められるかもしれない。運がよければそういう生徒と偶然会えるかもしれない。それはいい手だ。

「それにしても、よく知っていたな。俺が図書室出入りしているって」

「知っているよ、一斗くんのことだもの」

 陽菜は笑う。

 こういう毎日が続いて、そして昨日の出来事があって、俺は少し思うことがあった。

 殴り合ったりする昔の俺じゃあ友達なんてできないはずだ、と。

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