第2話 もたらされた噂

 話は一日前に遡る。三留みとめはいつものように、俺と陽菜ひながしゃべっているところに飛び込んできた。プレゼントの小さな包みと奇妙な話を抱えて。

「聞いてほしい話があるの!」

 というのが、彼女の第一声だった。前置きくらいしてくれてもいいのでは、というツッコミは次の一言で掻き消えた。

「幽霊がいろんな人に喧嘩を売っているんだって!」

 確かに彼女は変わった人物ではあるけれど、そんな突飛なことをいきなり言い出すようなやつではない。第一、一か月前に彼女は怪異という奇妙な存在と関わったばかりだ。そういう話が現実にありえるかもしれないことを知っている。だからこそ、怪異に絡んだ俺と陽菜に話を持ってきたのだと、この時点で理解していた。俺たちはその言葉について、聞き返した。

 詳しく聞いてみると、二月になってからそんな噂が校内で流行ってきたという話だった。噂程度なら軽く聞き流せるかもしれないけれど、三留が俺たちに話を持ってきたのには理由があった。その幽霊の噂が流れ始めてから、怪我人が妙に増えているらしいのだ。確かに最近、救急車の音をよく聞くなあ、とは思っていたし、ガーゼや絆創膏を貼って登校する生徒が増えたなあ、と俺も感じてはいた。しかし、その裏でそんな噂が広まっていたのは全然知らなかった。陽菜や三留以外のクラスメイトとはほとんど話さないので、噂話が耳に入るなんてことは滅多にないことなのだ――閑話休題。

 怪我した人たちの中には警察に話を聞かれた人もいて、その人はこう証言したそうだ。

『殴られたんだけど、ムカついたから殴り返したら、全然拳が痛くなかったんだ。蹴ったけど、足は痛くないし……でも傷はあるんだ。傷は痛い。俺は幽霊と喧嘩したんだ!』

 分かりやすく言うと、相手からの攻撃は痛いのに、自分の攻撃は全然痛くない。そんな不思議な喧嘩をその人は経験したというのだ。

 その人だけではない。三留は独自に幽霊の件を調べて回って、ここ数日で怪我をした人に話を聞いたそうだ。そうしたら、何人もの人が同様の証言をした。

 その上で、俺たちにその噂話を持ってきていた。そして、その目的は調査協力だった。

 三留は幽霊と喧嘩したと証言した人たち、仮に被害者と呼ぶとすると、被害者たちから話を聞いていくうちに、犯行現場となった(であろう)場所に辿り着いた。その場所に一緒に行ってほしいというのが、彼女の望みだった。

 しかし、彼女にはテスト勉強という重要な用件がある。俺は最初、それを断った。

「お前がちゃんと成績上げたら付き合ってやるから」

 まあ、そんな風に。

 俺に、というか三留にとってそんな噂の調査より成績の方が大切だと思ってのことだったのだが、俺が次の日の放課後に調査に付き合うことになったのは、陽菜の一言があったからであった。

「昨日頑張っていたし、今日も明日も引き続き頑張ってくれたら、付き合ってあげてもいいんじゃない?」

「は? ただの噂だろ。そんなものに時間割いてられねえ。こいつはな……」

「……情けないなあ、怖がるなんて」

 ……全く、こいつは。

「こ、怖くなんかねえし。俺はただ勉強の方が大事かなあと思っただけだし。でもまあ、付き合ってほしいっていうなら、付き合ってあげてもいいけど」

「じゃあ決まり! 明日、勉強会終わったら行こうね、一斗!」

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