第1話 ある日の放課後

 俺の通う私立七星ななつぼし高等学校では一度だけクラス替えをする。一年から二年に進級するとき、文理選択をもとに六クラスに再編成する。高校生活の三分の一を終えようとしている俺たちにとってそれが出会いと別れである。とはいえど、せいぜいクラスが変わるだけだから、会えなくなるわけじゃないし、知らない人と出会うわけではない。知らない人もいるだろうが、そんなのちょっとだ。しかし、そのイベントに、俺は期待と不安を感じていた。

 俺は三か月前、失恋した。同時に俺は友達を得た。初めて友達を得た。楽しい時間が始まった。それから一か月経った頃、今度は失恋させた。でも、友達になった。俺は二人の友達に囲まれて、残りの時間を過ごすことになった。

 三留みとめ千夢ちゆの事件から約一か月が経った二月二十八日。うるう年ではない今年は、その日が二月の最終日だった。三学期も終盤に差し掛かり、高校生活最初の一年が終わろうとしている。が、特に変わったことはない。一年生最後の期末テストに向け、授業が続いている。出会いと別れの季節が近づいているが、そんなのは関係ない。在校生は卒業まで勉強に邁進まいしんするしかないのだ。

 そういうわけで、テストまでの二週間、俺はここ三日ほど勉強漬けなのだ。国語、数学、理科、社会、英語の五科目を徹底的に勉強――させているのだ。

「もう全然分かんない!」

「なんでだよ。さっきも教えただろ。これはユークリッドの互除ごじょ法で解くんだよ」

「解いたんだけど、全然答えと合わないの」

「ちゃんと計算したのか?」

「したよ。でも全然合わないの」

「見せてみ」

 問 731と301の最大公約数を求めよ。

 731=301・2+129

 301=129・2+43

 128=43・3+

「書き間違いじゃねえか。最後の式、128じゃなくて129だろ」

「あ、本当だ。もう全然集中できないよ」

「そうだな。数学結構やったし、今日はこれ解いたら終わりにするか」

「やったー! 頑張るぞ!」

 目の前に座るツインテールのぱっちりおめめ――三留千夢は、もう一度やる気を取り戻してシャーペンを握った。

 俺は三日前から三留につきっきりで勉強を教えている。部活をやっていない俺にとっては、勉強を教えることで時間を有効に活用できるし、勉強にもなるし、授業にも身が入るし、いいことくめなのだ。

 一か月前までは多少話すくらいのクラスメイトでしかなかったが、こいつの学力は結構有名だ。

 一年生二百九名中、二百九位。これが前回の、前回までの・・・・・成績だ。あいつは入学してから、学年で最下位の成績を取り続けている。一体どうすればそんなことになるのか分からないが、今回の期末テストで挽回しなければ、三留は留年することになるらしい。だから俺に頼み込んできた。具体的には真ん中くらいの成績を取ればいいらしい。頼まれたのは俺だが、最下位の人間を真ん中まで持ってくるのは自信がなかったので、陽菜ひなにも協力してもらっているのだが、今日は例外だ。

 桐生きりゅう陽菜は、俺の所属する一年五組の学級委員長を務める女子生徒だ。俺が特に仲良くしているクラスメイトでもあり、俺の片恋相手でもある。なんだかんだあり、一度恋心は砕かれたけれど、今は友達としていい関係が続いている。さて、どうして今日は来ていないのかというと、理由は知らない。『準備があるから』とは言っていたけれど、それが何の準備かは分からない。聞いてみたけれど、可愛く『秘密』と言われてしまった。

 そういうわけで今日は俺と三留だけで勉強会だ。陽菜には勉強のメニューだけ決めてもらって、それをこなしていた。

「終わったよ、一斗」

 今、最後の問題が解き終わったようだ。三留はすっきりした顔で赤い丸のついたノートを見せてきた。答えはちゃんと合っている。

「よし、じゃあ終わりにするか。片付けとけ」

「はーい」

 と元気に返事をさせたけれど、俺はすでに帰る準備を完了させていた。

 時計を見ると、四時四十七分を指していた。下校時間までは四十分ほどあるけれど、そんな時間でさえテスト勉強に割かなければいけないのだろうけれど、俺たちには早急に確認すべきことがあるのである。

「ねえ、一斗。どうして早く終わらせるの? 時間、まだあるよ」

「お前なあ、その記憶力、どうにかした方がいいぞ。よく今まで苦労してこなかったな」

「苦労しているよ、現在進行形で」

「……お前が言ってきたんだろうが。今日、白梅しらうめ公園に行ってみるって」

 全く、こんなことではテストの結果が思いやられる。

 三留の準備が終わると、俺たちは教室を出た。

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