青年と人工知能と、異世界を見る少女④

 目的地にたどり着いた頃には日がすっかりと暮れていた。

 遠い地平に光が没し、天には藍色の宵闇よいやみがとっぷりと色づいている。そんな中で東京の街を見渡していると、自分が夜の世界の住人であるかのような錯覚を起こしてしまいそうになる。


 空中庭園。


 そこは今日の昼過ぎまで、僕がダラダラ時間を無意に過ごしていた場所である。

 確かにこの場所ならば、視界をさえぎるような高い建物が少ないからには空は広く見える。しかし都心部にも近い場所であるために、明るいのだ。空なんて薄ぼんやりと発光しているのではないかと疑ってしまう。


 もちろん、星なんて見えようはずもない。


 一切が見えないわけではないのだが、僕はこれを「一面の星空である」と形容したくはなかった。


「何だこれは、これでは夜景のほうが綺麗じゃないか」


 煌々と輝く東京の夜景。

 それは観光の目玉になり得るほどに見事なものであり、事実、空中庭園には多国籍な観光客達がひしめきあっている。昼間の時とは大違いである。それに合わせて何かしらのイベントが組まれていたのか、夜の東京のビル群を駆け抜ける『拡張現実ショー』も開催されていた。かつては『ドローン』という実機を用いて催されていたそうだが、物質という制限がなくなった昨今の興行は、非常に派手で楽しい。


 ──しかし、僕たちの今回の目的には合致しない。


 僕は文句を言うべく、ギミックをひっぱり寄せる。

 彼は僕の指に合わせるようにありすの肩から移動して、僕の目前へとおさまった。そしてウサギの顔面であろうとも理解できる『したり顔』を見せると「なんだいきみ?」などとうそぶいている。その得意そうな表情が──たとえ可愛らしいマスコット姿だろうと──腹立つなコイツ。


「空中庭園なんて、都会も都会の大都会のど真ん中じゃないか」

「まあ待て、待ちたまえ」


 僕がつい苛立ちのまま、その可愛らしい白ウサギボディをブルブルと振りたくると、ギミックは目を回した風な小芝居を挟んでから答える。


「まず──これから行ける範囲内に、星が見える場所があると思うかい?」

「そりゃ……まあ」


 無理であろう。


 東京郊外に向かえば多少はマシかもしれないが、そこまで向かうには時間がかかり過ぎる。深夜帯に年端もゆかぬ少女を連れまわすなんて、間違いなく問題行動であろうし……なによりも、僕の方にも、人気ひとけのない場所まで彼らと同行できる度胸がないのだ。


「そういう次第であるから。まあ、こうするしかないわけだよ」


 ギミックは、そんな僕の心情は理解していると言わんばかりの『わけしり顔』を見せる。そして、そんな彼の態度に反発するように「何をするつもりなんだか──」と僕がボヤくと、彼は──笑った。


 ウサギのキャラクター、その可愛らしい大きな口を、薄い三日月型に変形させて──


「……こうするんだよ」


 言いながら彼は、宙にフヨフヨと浮いたまま、指を鳴らす。

 パチン──とした音が僕の耳ではなく、脳内端末を通して頭へと届く。




 すると瞬間、信じられないアクシデントが起こる。




、自明のことわりだね」


 ギミックがなにかしらを述べている声が聞こえるが、僕はというと、口をあんぐりと開けて、状況を理解しようとするのに忙しかった。だから、彼がなにかを伝えてきても聞いてはいない。


 最初は、空中庭園の照明が消えたのだと思った。きっと開催されている『拡張現実ショー』の一環で、照明を暗くする演出なのだろうと。

 しかし、すぐにそれは違うと察せられる。

 周囲の観光客たちも、どうにも様子がおかしいことに気づいたようでザワザワとし始めた。


 東京の街へと目を向ける。

 先程まで、煌びやかに輝いていた夜景が──はたして姿を消していた。 

 東京という『大都市の光』が広範囲にわたって、全て、消え去っているのである。


「──これは大惨事なのでは?」


 遠い先の地平線に至るまで街は闇夜に沈んでいる。まるで、夜の大海原で孤立しているかのような気持ちになる。そんな暗い海の中でポツンと突き出た摩天楼の天辺てっぺんに、僕たちは立っている。

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