青年と人工知能と、異世界を見る少女⑤
混乱した僕は、当然、ギミックへと説明を要求したのであるが、慌てすぎていたのだろう、口をついて出た言葉は「これ! 誰かケガとかするんじゃないかっ!?」であった。この状況において、真っ先に気にするところはソコではないのかもしれないが……重要な事項ではある。
「それについては大丈夫さ──配慮すべき所にはキチンと手を回している」
すると僕の追求をどうということもなく受けたギミックが、一つの建物を指し示す。視線を移すと、そこにあったのは要塞のように大きな建物──病院である。もちろんそこも真っ暗闇であるかと思われたが……よく見ればチラホラと、まばらな電光が窓から漏れているのが分かった。
ギミック
そして病院だけではない。東京の街をようく凝視すれば、所々に光があった。といっても、閑散としてポツリポツリとした光たちは、先程まであった『大都会から見える星々』のように弱々しい。
「だからどうしたと?」
「必要な場所には取捨選択をして『光』を残してある──断言しよう。明日のニュースは今日この時の話題が独占するだろうが……どんな報道がされようとも、人的被害はゼロだ!」
自信満々に「暗くてコケる人物の一人さえいやしないよ」と
「それは流石に言い過ぎではないか?」
「いいや。絶対だね」
「どこからくる自信なんだよ……それは」
言いながら僕は再度、眼下に広がる東京の街を
すると確かに、車の流れが早い幹線道路などの場所においては、車のヘッドライトも信号機の光も見受けられる。それならば本当に、ギミックが言うような『人的被害に直結する光』だけは残っているのだろう……だがしかし、そんな光景も車の流れが
ずっと下界を見ていると、まるで深淵を覗き込んでいるかのような空恐ろしさを覚えて、僕は視線を戻した。
「それに大昔ならともかく、今は全員が脳内端末を持ってる時代だよ。
「うわ……悪びれねえ」
「私としては『急に照明が消えて、小便をまき散らしている人間』が何人いようとも、大した問題ではないと判断するね」
「まるで『今、見ている』かのように物を言う」
「いるのさ、実際。今のところ十余名ほどね」
それは冗談なのか何なのか……ギミックははっきりと宣言する。
その姿を見ながら、僕はもう、彼の言っていることが真実なのかそれともブラフなのか、判断をつけることができないでいた。
いま起きている異常事態に感覚が麻痺していて感情が追いついてこない。ある種の危機感欠如を実感している。「これが
それと同じくして、空中庭園の観光客たちからだけじゃなく、下界からもザワザワと混乱するような音が目立ってきた。東京の街全体が困惑の海に沈んでいるのだ。
なので僕としては、何よりも一番大事なことだと判断して、ギミックに言ってのける。
「ところで僕は何もしらないし……何も関係がない」
「真っ先に自己保身を考える君も
笑って「証拠なんて何も残りはしない」と豪語するギミックに、僕も「それならば」と深く考えるのをやめることにした。誰か他人に知られることがあったのならば声高に非難されることなのかもしれないが、人間、抱えきれる問題にも限度というものがある。
僕にできるのは警察がやってきた際に、ギミックを売ることだけである。それ以外にできる事はない
「そんなことよりも──どうだろうね、気にいってくれただろうか?」
ギミックの言葉を受けて振り返る。
するとそこには上空を見上げる一人の少女──ありすがいた。
彼女は庭園の中央に立ち、何も言わず、微動だにせず、ジッと空を見上げている。
彼女の視線を追って空を見る──
「おお……」
──そこには見たこともないような満天の星空があった。
月のない星空というものを、最高のロケーションで見たのは生まれて初めてかもしれない。それほどまでに感動的な光景であった。
闇中で光っているあの雲のような筋は……もしかしたら『天の川』なのだろうか? だとしたら僕はこれまで、なんと頭でっかちな人生を歩んでいたことだろう。こんなにも素晴らしい天体の神秘を『単なる三文字の羅列』としか認識していなかったのだから。
それは都会の真ん中でみたとは思えないほどに素晴らしい景色である。
感嘆に声を上げながら、ゆっくりとありすの方へと近づいていく。彼女と共に感動を分かち合おうと思ったからだ。
しかし途中で──
「わああぁぁぁぁー!!」
──という大声が聞こえて足を止める。
僕は何事かと目を丸くさせた。見ると、ありすが興奮したように叫んでいるのだ。周囲の観光客も「何事か?」と彼女を見ているが、お構いなしである。
──意外だった。
ありすと知り合ったのはつい先程のことであり、ごく短時間の付き合いしかない。それでも『おとなしくて賢い』という印象が彼女にはあったのだ。しかし今の彼女の様子を見るに、その印象はとてもではないが当てはまらない。
まるで落ち着きのない子供だった。
されど、そうは言っても彼女は確かに子供なのである。
隣に浮かぶギミックも面食らったのか、僕と顔を見合わせている。どうやら彼にとっても意外な出来事であったらしい。
しかしありすは、そんな僕達の様子には掛け合わない。今度はピョンピョンと飛び跳ねている。その行為は、溢れ出る感動を表現するために「全身を使っても、まだ足りない」と主張しているようにも見えた。
「ギミック! ガっちゃん! 凄い!!」
ありすは頭上へと天高く指をさし、さらに高度を上げようと飛び跳ねる。そんな彼女はこちらに喜色満面の顔を見せて言うのだ。
「外の世界は、とてもとても綺麗だ!!」
そしてしまいには、その場でクルクルピョンピョンと回り始めてしまう。
するとギミックが自身も嬉しそうにして言うのだ。
「そうかそうか、それは良かった」
僕はそれを受けてようやく、彼女の唐突な変化を受け入れることができた。
「ああ……」
──しかし、唐突だったわけではないんだろう。
彼女の年齢を考えるなら、この反応こそが自然で、そして健全であるのだ。
出会ったときのように大人びて、そして『保護のない自立した暮らしをしている子供』であることの方が異常なのだから。
そうなると段々、僕まで嬉しくなってくる。
「……そうだよな、それは良いことだよな」
子供が子供らしく喜ぶことができる。
それはきっと、誰がなんと言おうとも『良いこと』なのだと言えるだろう。
その後も、僕たちはいっときの間、同じ星空を堪能した。
大都会東京で見た『満天の星空』。世にも珍しいその景色は、僕が今まで見てきた光景の中でも一番に珍妙で──そして綺麗だった。
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