青年と人工知能と、異世界を見る少女③

 戻ってきた少女は、不必要だと思われるほどにたくさんの荷物を用意していた。小さなリュックをパンパンに背負う姿は、まるで冒険の旅にでも出ようとするかのような出立いでだちである。

 しかし僕もギミックも、それについてとやかく言うことはなかった。深刻そうに眉根を寄せようとしているが、幼く柔軟な表情筋ではそれもできない──そんな顔をする彼女に対して、頷いてやるのみである。


 彼女とともに外へと向かう。

 地下通路をぬけて地上へと。


 いざ外へと踏み出そうとしたとき。公園へと繋がる扉の前で、少女は立ち止まった。小さく、けれど彼女にとっては大きな深呼吸をついてから、勢いよく歩を進める。


 踏み出した一歩はあっけないものであった。


 少なくとも、はたから見る僕にはそう感じられた。

 けれど、その心境は彼女にしかわかるまい。


 少女はキョロキョロと周囲を見回していたかと思うと、今はじっと天を仰ぎみている。その顔は無表情である。


 それを横目に僕はただ、夕暮れに染まる空を一緒に仰ぎ見て「綺麗だな」と思うばかりである。考えてみれば、空なんてジッと眺める機会なぞあまりない。久しぶりに見た気がするソレは、思ったよりも狭苦せまくるしいものだった。


 それは僕の背が伸びたせいなのか、それとも大都会の高層ビルが空を覆い隠しているせいなのか。


 幼い頃、それこそ少女と同じよわいのころ。同じようにして仰ぎ見たソレは、もっと大きくて吸い込まれそうだったはずなのに。


 ふと僕は、少女にあのときと同じ空を見せてやりたいと思った。いや……それとも僕がもう一度見てみたいと思ったのか。


「では、ついてきたまえ」


 そうしているとギミックが僕たちを誘導する。彼はありすの肩にちょこりと可愛らしく座っていた。正確にはアリスの肩に備えられた機器から投影されているのだ。小さなウサギの姿のままで。


 僕たちは近くの駅へとおもむき、電車に乗る。


 適度に混んだ車内で三人でかたまって揺られている。

 右も左も分からないであろう少女を、僕が補助しながらここまで来たが──彼女はずっと視線を動かさない。

 きっと緊張と不安のせいであろうが……しかし僕は「落ち着いた子だな」と妙に感心してしまう。


 僕が上京したときなど、大都会のあまりの景観に、キョロキョロと視線を彷徨さまよわせることを我慢できない、完全な『おのぼりさん』だったのだ。


 故郷にはない煌びやかで鮮やかな『色』たち。拡張現実という時代の最先端技術たちが、まるで当たり前のように溢れている。そんな世界は見ているだけで楽しく、視線をうつすなというほうが無理だった。


 ──それなのに、この子はどうしてこんなにも落ち着いていられるのだろう?


 そんなことを考えたところで、バカな僕はようやっと気がついた。


 脳内端末を操作して、その電源を落としてみる──すると『色』のついた世界が途端に表情を変えてしまった。




 ──白い




 率直な感想がそれだった。


 電車内をいろどる広告などはすべて消え失せた。そこに残るのはスクリーンじみた白い壁だけである。同時に、うるさいなと思えるほどにチョロチョロと動き回っていたキャラクター達もいなくなる。何度も復唱されていた『駆け込み乗車はやめるッピ!』なんて文句も聞こえない。

 車窓からうかがえる街の様子も同様である。


 余白ばかりだ。


 きっと、ここには『なにか』が収まっているのであろう『空白』ばかりが目立ってしまう。あれほどに賑やかだと思っていた都市の姿が今ではスカスカだ。


 大都会──東京。

 この都市はとうの昔より、拡張現実を前提にして造られている。


 過ぎ行く車窓から見える光景は、さっきまで自分がいた所とは同じ世界には思えないほどに地味で、そして静かである。


 まるで──異世界に迷い込んでしまったかのように。


「あれは何ですか?」

「え」


 すると、少女が僕に問いかけてくる。


 彼女が示しているのは少女と同年代の子供たちである。列車がホームに停車した際、車窓の奥に、遊びほうけている児童たちの姿が見えたのだ。

 彼らは高架下にある公園で、自らの親たちが話し込んでいるのを尻目に、なにやら集団で『奇妙な動き』をしている。


 それはあまりにも奇怪な動きであり、問われたところで何をしているのか分かるわけはなかった。まるで変なカルトの降霊の儀式ようである。


「ちょっと待って、電源を入れるから――」


 言いながら脳内端末を再起動させる。すると元の世界が戻ってきたと同時に、子供達の奇行の理由が理解できた。


「手前の方。男子の一団は銃撃戦をして遊んでるな……最近のおもちゃは派手だなぁ、僕が子供のときにはあんな爆発するような演出はなかったな。あ、あと奥の方の女子達はおままごとかな? 冷蔵庫やらシステムキッチンみたいなのが見えるから──」


 説明していると電車が発進して、子供たちの姿は徐々に遠ざかっていく。

 すると少女は理解したのかそうでないのか、不思議そうな声を発した。


「ふーん……?」

「やっぱり外の世界は珍しいかい?」

「ううん、習ったとおりだから。大丈夫です」


 小さな顔をフルフルと振る少女の様子は、言葉とは裏腹に、少し気落ちしているように見える。

 やはり『彼女だけに見えない世界』があるということは、疎外感を感じるものなのだろうか。


「お兄さんには友達っているの──んですか?」


 すると少女がつい口にしてしまったという風に尋ねてくる。ハッと気づいて、慌てて敬語を付け足してくる彼女に、僕は「無理してかしこまる必要はないよ」と伝えてから答えた。


「いるね」

「じゃあ、ああやって遊んでるんですか?」

「いやぁ……あんな風には遊ばないかなあ」

「友達と遊ばないの?」

「え、いやいや、そういう意味では──」


 あんな風に子供らしい遊びはしていないと言ったつもりであったが……よくよく考えてみると、最近『誰かと遊んだ』という覚えがない。友達というのも、バイト仲間や、大学の講義で見かける人達のことであり、仕事や雑談こそすれども……一緒に遊んだと言える程に関わりがあったのだろうか?


 そんなことを考え込んでしまう。

 すると少女が心配そうにこちらを見ていた。

 よってつい誤魔化すように尋ねてしまう。


「友達がほしいかい?」


 すると少女は「うん」と素直にうなずいた。

 けれど即座にその顔を曇らせてしまう。


「でも、私はみんなとは違うから……きっと遊んでくれないと思う」

「ああ……なるほど」


 僕は「そんなことはない」と否定することができなかった。


 本当に、この子を見ていると自らの幼少期が思い出されて困る。僕にも確かに、周りの同年代との齟齬そごを感じて、悩んだ時期があったはずだった。だからこそ考える。


 ──さて、あのときはどうやって切り抜けたものだったか。


 答えは簡単に導き出せる。


「それじゃあ、こうしよう。ありすちゃん──君の『あだ名』を決める」

「あだ名?」

「ああ。そうしたら君にも友達ができる」

「ええっ!?」


 少女が驚いて目を丸くしていた。

 僕はそんな彼女に先達せんだつの気分で伝えてやる。


「実体験だ」


 いつだったか幼少の頃、ウジウジしている僕に対して「今日からお前は『ガっちゃん』だ」と言ってくれた人がいた。その記憶の中の人物は……もう誰なのか、覚えていない。しかし、その時からチラホラと声をかけられることが多くなった気がするのだ。


『ガッちゃん、遊ぼう』と。


 きっと語感がよかったのだろう。


「そうだな……『ありっちゃん』とか?」

「……むぅ、もうちょっと可愛いほうがいいです」

「ふむ、では『ありきち』?」

「フザけています」

「んじゃ『ありのすけ』『ありのしん』『あり太郎』」

「もう! ありすでいいもんっ。お兄さんもそう呼んでください」


 ちとふざけ過ぎたのか、少女は頬を膨らませていた。慌てて「ごめんごめん」と謝りつつ、真面目に考えようとするが……しかし、本気で考えるにしても『ありす』という名前がすでに語感がいいから困りものだ。少なくとも、僕は無性むしょうに本名で呼びたくなる。

 そうなると、これは確かに、無理やり考える必要もないかなと思えてきた。


 すると少女の方から尋ねられる。


「お兄さんは、どんなあだ名だったんですか?」

久我くがって苗字をくずして『ガっちゃん』って呼ばれてたな」

「ガっちゃん……」


 少女は真っ直ぐに僕を見つめて言う。

 

「わたしもそう呼んでいいですか?」

「え、まあ構わないけど」

「それでですね……私と『お友達』になってくれませんか?」

「──君はその積極性があれば友達に困ることなんてないよ」


 つい、可笑おかしくてカカと笑ってしまった。

 するとプンスカと怒られてしまう。


「もう! ふざけないでっ」

「ごめんごめん。もちろん、むしろ俺みたいなのでよければ喜んで」

「……」


 笑って言うと、彼女はぷいっと顔をそむけてしまった。

 しかし僕には見えていた。

 一瞬、垣間見えたその顔は、どこかむず痒そうに口元がニヤけていた。


『ご乗車ありがとうございます。続きます駅は──』


 すると電車内のアナウンスが聞こえてくる。

 もうすぐ次の停車駅に到着するのだ。

 よって僕は「よし、やるか」と気合を入れ直す。そして新しい友人──ありすにも注意をするように促す。彼女は何に注意を向ければいいのか分かっていない様子だったが、数分後には否応なく理解することだろう。


 そして電車がホームに到着し、扉が開く。


 さて、東京においてはこれぐらいの『人の波』など軽いものであることを伝えてやったら、口をあんぐりとさせて仰天しているこの子は一体どんな顔をするだろうか? 

 後で伝えてやることにする。


 今はただ、この小さな友人を潰さないためにも、僕はしっかりと電車内の一部を陣取って、防壁を貼ることに集中するのみであった。

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