青年と人工知能と、異世界を見る少女②

「ではありす、外に出てみよう」

「え」


 唐突なギミックの提案に、少女が身を硬くした。それは二人の話が一段落したおり、僕とギミックが彼女のもとを訪れてより一時間ほどたった頃である。


「でも……お外には出なくてもいいんじゃ」

「そんなことはない。君はもっと外の世界を知っておくべきだ」


 か細い声で恐れるように答える少女に、ギミックは有無を言わさぬ口調で言い聞かせている。僕はというと、二人の会話に「この子は家から一歩も外に出ない生活をしているのか?」と疑問を覚え、脳内に燦然さんぜんと『犯罪』の二文字を躍らせていた。


「そのためにも彼を連れてきたんだ。大丈夫、怖いことはない。なにかあっても彼が君を守ってくれる」


 そんなタイミングで、ギミックが僕へと話をふってくるものだから狼狽うろたえてしまう。


「え……いや」


 突然にそんなことを言われても戸惑うしかないが……不安そうな少女の顔を見ると、頼りないことは言えないと思い直した。僕の心を占めるのは──ちょっとした義憤である。僕にだって、子供のすこやかな暮らしを願うくらいの良心はあった。自分でもちょっと意外だったが。

 よって精一杯に誠意を込めて頷く。


「大丈夫だ。任せてくれ」

「おお、頼もしいな」

「ぁ……ぇっと、でも──」


 しかし少女はうつむき、次第に声をしぼませていく。


 そんな彼女の様子に、僕はどうしてか、自らの幼少期を重ねあわせていた。


 ……僕にもかつて、下を向いて、顔を上げることができない頃があった。そんな日々を変えてくれた人は、きっと──


「ありす……ちゃんは、外の世界でやってみたいことはないかい?」

「したいこと?」


 そして少女は僕の言葉に顔を上げてくれる。


「ああ、外に出て、見てみたいもの、聞いてみたいもの、何でもいい」


 好奇心は大事である。

 それは子供にとって、世界を広げるための原動力となりうるから。


 彼らは何にでもなれる──可能性の塊なのだから、何においてもまず経験をするべきなのだ。そして経験したことの中から、自分の好きなもの、嫌いなものを選んでいけばいい。そのためには、まず、食わずきらいは駄目だという話だ。経験は金にも勝る。


 そして少女は、しばらく考え込む素振りを見せたかと思うと、呟くように言った。


「わたし、お日さまと……星が見てみたい」


 聞けば、ずっと地下で暮らしていたので、その光景がおぼろげなのだという。よって僕は言う。「それは人生の半分を損している」


 その台詞せりふはいつもなら、なかば冗談まじりに告げる言葉であるのだが、今回ばかりは言い過ぎでもない気がした。よって早急に行動をするべきだと決断する。


 腕時計を確認すると、ちょうど時刻は日没の頃である。つまりは急がないと、お日さま──太陽を拝むことができない。


「では急いで行こう」

「ああ。けど──問題は星か……」


 ギミックの言葉に頷くも、僕には一つの懸念があった。

 ここは大都会、東京なのである。

 せっかくだから彼女には『満天の星空』というものを見せてやりたい。だが、それも難しいだろう。星の光は簡単に、街の光に負けてしまうから。


 だからせめて、都内でも星が見えやすい場所がないものかと、脳内端末をウェブにつなぐ。僕の視界に大量のウインドウ画面が浮かび上がって、あらゆる情報を可視化して届けてくれるが……これといった場所は見つからない。


 するとギミックが自信満々に言うのだ。


「ああ、大丈夫だよ。それについてはアテがある」


 確認するように尋ねる。


「いい場所があるのか?」

「まあ、任せたまえ」


 僕の方には良案もないので、ここは彼に一任することにした。


「では出発することにしよう、ありすの方は準備はいいかい?」

「うっうん──あっ、あ、ちょっとまって……!!」


 ギミックに促された少女は慌てた様子で、トタトタと、可愛らしい足音を響かせて奥の部屋へと姿を消した。

 それを見送ってギミックが言う。


「可愛い子だろう?」

「ああ。利発そうで、良い子だと思うよ」

「……惚れるなよ、君?」

「お前、それ真面目に言ってるんだとしたら本当ふざけるなよ」

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