青年と人工知能と、異世界を見る少女①

 ありすと名のった少女はたどたどしく、だが年齢の割にはしっかりと、応接間へと僕達を案内した。こちらもまた豪奢ごうしゃな部屋である。しかし、どことなく違和感を覚えて、それが何かを考えると──分かった。


 この部屋には拡張現実が存在しない。

 きっと、この地下施設のどこを探しても見つからないのだろう。


 例えば部屋の壁である。

 随分と立派な模様が描かれているが、試しに脳内端末の電源をオフにしてみても消えなかったのだ。そんなもの、今の時代においては拡張現実にて『出力』するのが一般的である。わざわざ模様つきの壁紙を用意するなんて、目に見えない贅沢ぜいたくを追求する酔狂すいきょうでしかない。


 僕はこの地下の城のことを「まるで高級ホテル」と表現したが、実際の高級ホテルにだって一切の拡張現実を排することはできていない──あ、いや。実際に泊まったことなんてないので断定はできないが、一般的な通念として、存在しないことの方が考えにくい。


 それなのに、拡張現実を一切使用しないこの部屋はある意味、そこらの高級ホテルよりも豪華であるといえた。


 僕はそんな部屋のソファーに座りつつ、隣へと腰かけたギミックに問いかける。


「なあ、こんな応接間、分不相応ぶんふそうおうじゃないか?」

「え……なにか間違ってましたか?」


 すると自らに問いかけられたと思ったのだろう。

 少女がビクリと体を震わせて言う。


「もし、いつか人が来るようなことがあったら、ここに連れてきなさいって、お母さんが――」

「あ、いや、いいんだよ。君は何も間違ってないし──むしろスゴいね! 他の子はきっとこんな風に立派に案内できないよ、うん偉い!」


 僕は慌てて前言を撤回する。ついでに大仰に褒めてしまったが、彼女は目を丸くしたかと思うと、今度は耳を真っ赤にして下を向いてしまった。照れているのがありありと分かり、非常に微笑ほほえましい気分になる。


「君はありすに気でもあるのかい?」

「ふざけんな」


 ボソリとふざけたことをのたまうギミックに噛みついておく。

 すると少女がオズオズと尋ねてきた。


「あの……もしかしてギミックがそこにいるんですか?」


 その視線は僕がくってかかった隣の座席──ギミックへと注がれている。だが、焦点の合っていないその瞳には、本当に彼の姿が映っていないようであった。


「そうだけど……本当に見えていないんだね?」


 僕が確認すると、彼女は不思議そうに首を傾げる。そして、しばらくしてから得心がいったように頷いた。


「はい、見えません。お兄さんは脳内端末をお持ちなんですね」

「そうだよ。君は持ってないんだよね? 最初に聞いて、驚いたよ」

「そんなに驚くことなんですか?」

「今じゃ珍しいからね」

「そうなんですか」


 彼女は本当に不思議そうな顔をして、僕を見ている。

 対する僕の方も、どこか不思議な気分を味わっていた。


 ふと興味本位で『脳内端末のない生活』というものについて、尋ねてみたい衝動に駆られる。だが、話が脱線しすぎるのもどうかと思い、遠慮しておいた。


「それで、ギミックさんよい。言われたとおりに彼女との橋渡しはしてやったんだから、これからどうするつもりだよ?」

「うむ。ありすにプロジェクターを用意してくれと伝えてくれ」


 僕がギミックに言われたとおりのことを少女に伝えると、彼女はそれで納得がいったようで、パタパタと奥の部屋へと向かった。かと思うと、そこから一つの機材を持って戻ってくる。

 彼女の片手に収まる、大きくもない軽そうな機械である。


「これは?」

「ギミック用のプロジェクターです。お母さんが作ってくれたんです」


 答えながら少女は機械をテーブルの上に置き、それを起動させた。すると機器の上空に逆さスポットライトの様な光が照射される。


「ではきみ、私をこの機器にドロップしてくれ」

「あいよ」


 唐突に『ドロップ』と言われて戸惑ったが、ギミックが拡張現実であったことを思い出した。ならば話は簡単で、俺は彼の胸ぐらを片手でつかむような動作をすると、乱暴に彼を機器に放り込む。

 実際に手でつかんだ感触はなかったが、ギミックは僕の手の動作に合わせて動いて、機器に入りこんだように消え去った。


「もう少し、優しくできないのかい?」

「なにか不都合でもあったのか?」

「いや? 全くないが、愛もないじゃないか」

「失敬な、親愛の念をこめて放り投げてやったさ」


 情愛もなにも、ギミックとは今日初めて会ったばかりなので、そんな大層な気持ちはいっさい湧いてこない。しかし、こういう軽口を叩きあうのは彼の好むところだというのは何となく分かってきた。


 そしてそのギミックは、どういうことか、先ほどの機械のスポットライトの真ん中に浮かび上がるようにして出現している。


「姿が違うじゃないか?」

「ああ……設定が前に使ったままだったようだね」


 ギミックは先程までの人間の姿ではなくなっていた。

 なんというか……デフォルメされた『ウサギ』のような白いなにか。どこかのマスコットキャラクターのような……大きさもハムスターなどの小動物ほどに小さくなっている。


「ギミック!」


 すると少女が大声をあげる。

 その顔は喜びに溢れていた。


「久しぶりだね、ありす。元気だったかい?」

「うんっ! わたし、良い子にしてたよっ」

「素晴らしい。さすがは私のお姉さんだ」

「えへへ」


 少女は褒められて、子供らしい邪気のない笑みを浮かべる。

 僕はというと、そんな彼女の様子に、二人の間には確かな信頼関係があったことを安堵していた。

 実は、ギミックの口車にのせられて危険人物を連れてきてしまったのではないかと、いまだに少し疑っていたのだ。


「お姉さんって……ギミックの方が年下なのか?」

「そうだよ」

「ギミックはわたしの弟なんです」

「おとうと?」


 ──お兄さんではなく?


「ギミックって、歳いくつ?」

「ふむ。その質問を正確に答えるには話が長くなるが──「手短に話してくれ」──明確な自我をもったのは六年前かな? それ以前から私のもとになったAIプログラムは存在したから、正しい答えなのかは分からないがね」

「そうか。まあ、俺はお前が『ターミネーター』だってのは信じていないので、どうでもいいんだが」


 俺が変なトリビア根性を発揮して、学友の誰にも通じない小ネタを挟んで答えると、意外にもギミックが食いついてくる。


ターミネーター終結させる者か……良い例えだね。それは映画の?」

「お、知ってるのか? ずいぶん古いモノだから、知らない奴も多いのに」


 ギミックの博識ぶりに自分のオタク魂に火がつきそうになったが、やめておこう。今は僕がうんちくを語るときではない。


「でねでねっ! ギミック、私ねっ──」


 その後も、少女とギミックは積もる話でもあったのか、多くの言葉を交わしている。聞き慣れぬ名詞もよく聞こえたが、僕にはよく分からなかった。

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