青年と人工知能④
ありすと名のった少女はたどたどしく、だが年齢の割にはしっかりとして、応接スペースのようになった一画へと僕を案内した。
僕はそこに座りつつ、隣へと腰かけたギミックに問いかける。
「なあ、訪ねる人がいない施設なのに何でこんな応接間みたいなのがあるんだ?」
「え……何かまちがってましたか?」
すると自らに問いかけられたと思ったのか少女がビクリと体を震わせて言う。
「もしいつか人がくるようなことがあったら、ここにつれてきなさいってお母さんが――」
「ああ、いや、いいんだよ。君は何も間違ってないし、むしろ凄いね、他の子は
きっとこんな風に立派に案内できないよ、偉い」
僕は慌てて否定して、ついでに大仰に褒めてしまったが、ありすは褒められたことに目を丸くしたかと思うと、耳を真っ赤にして下を向いてしまった。照れているのがありありと分かり、僕は非常に微笑ましい気分になる。
「君はありすに気でもあるのかい?」
「ふざけんな」
ぼそりとからかう様に問いかけてくるギミックに噛みついておいた。
「あの、もしかしてギミック、そこにいるんですか?」
ありすが僕へと問いかけてくる。その視線は僕がくってかかった隣の座席、ギミックへと注がれている。だが焦点の合っていないその瞳は本当に彼の姿が見えていないようである。
「そうだけど、本当に見えていないんだね?」
彼女は不思議そうに首を傾げると、しばらくして得心がいったように頷いた。
「はい、見えません。お兄さんは端末をおもちなんですね」
「そうだよ、君は持ってないんだよね、最初に聞いて驚いたよ」
「そんなにおどろくことなんですか?」
「今じゃ珍しいからね、それに君みたいに若い子となると特にね」
「そうなんですか」
彼女は不思議そうな顔をして僕を見ている。対して僕もどこか不思議な気分を味わっていた。ふと興味本位で、今までの脳内端末のない生活について尋ねてみたい衝動に駆られる。だが話が脱線しすぎるのもどうかと思い、憚られた。
「それで、ギミックさんよい。言われたとおりに彼女との橋渡しはしてやったんだからこれからどうするつもりだよ?」
「うむ、ありすにプロジェクターを用意してくれと伝えてくれ」
僕は言われたとおりに伝えると、彼女は得心がいったようで奥の部屋から一つの機材を持ってきた。あまり大きくない、彼女の片手に収まる物であった。
「これは?」
「ギミック用のプロジェクターです、お母さんが作ってくれたんです」
答えながらありすは機材をテーブルの上に置き、起動させる。すると機材の上に逆さスポットライトの様な光が照射された。
「では君、私をこの機器にドロップしてくれ」
「あいよ」
唐突にドロップと言われて戸惑ったが、ギミックが拡張現実であったことを思い出し、彼の胸ぐらを片手でつかむような動作をして、少し乱暴に機器に放り込む。実際に手でつかんだ感触はなかったが、彼は確かに僕の手の動作に合わせて動き、機器に入りこんだように消え去った。
「もう少し、優しくできないのかい?」
「何か不都合でもあるのか?」
「いや全くないが、愛もないじゃないか」
「失敬な、親愛の念をこめて放り投げてやったさ」
情愛も何もギミックとは今日会ったばかりなので、そんな大層な気持ちはいっさい湧いていないが、こういう軽口を叩きあうのは彼の好むところだというのは何となく分かってきた。
その彼は、機器のスポットライトの真ん中に浮かび上がるように出現していた。
「姿が違うじゃないか?」
「ああ、設定が前に使ったままだったようだね」
ギミックは先程までの人間の姿ではなくなっていた。デフォルメされたウサギのような白い何か。どこかのマスコットキャラクターのような姿。大きさも小動物ほどに小さくなっている。
「ギミック!」
ありすが大声をあげる。その顔は興奮して喜びに溢れていた。
「久しぶりだね、ありす、元気だったかい」
「うんっ、わたし、いいこにしてたよ」
「素晴らしい、さすがは私のお姉さんだ」
「えへへ」
褒められて子供らしい、邪気のなく柔和な笑みを浮かべるありす。僕はというとそんな彼女の様子に、ギミックと彼女の間には確かに信頼関係があったことに安堵していた。
ギミックの口車にのせられて、危険人物を連れてきてしまったのではないかと、いまだに少し疑っていたのだ。
「お姉さんって……ギミックの方が年下なのか?」
「そうだよ」
「ギミックはわたしの弟なんです」
「おとうと?」
お兄さんではなく?
いやそれもおかしいか、壁抜けができるお兄さんなんて嫌すぎるだろう。今はいいかもしれないが将来思春期にでもなったとき部屋にすり抜けて入ってくる兄を嫌悪でもするのだろう。うちの兄貴すかしててマジキモイとか。
我ながら阿呆な妄想をしてしまった。
「ギミック、お前いくつ?」
「現在のように明確な自我をもったのは六年前かな、それ以前から私のもとになったプログラムはあったから、明確には答えられないね」
「そうか、まあ、俺はお前がターミネーターだってのは信じていないので、どうでもいいんだが」
「ターミネーターか、良い例えだね、それは映画の?」
「お、知ってるのか、ずいぶん古いから知らない奴も多いのに」
ギミックの博識ぶりに自分のマイノリティ魂に火がつきそうになるが、置いておいた。その映画も見たことはあるが詳しいわけではない。
その後、ありすとギミックは積もる話でもあったのか他愛ない会話を繰り返している。聞き慣れぬ名詞もよく聞こえ、内容は僕にはよく伝わらなかった。
●
「ではありす、外に出てみよう」
「え」
唐突なギミックの言葉にありすが身を硬くした。
それは二人の話が一段落した折、僕とギミックがありすのもとを訪れてより一時間ほどたった頃である。
「でも、お外には出なくてもいいんじゃ」
「そんなことはない、君ももっと外の世界を知っておくべきだ」
恐れるようにか細い声で答えるありすに、有無を言わさぬ口調のギミック。
僕はというと二人の会話に、まさかありすは一度もこの家から外に出ていないのではと想像し、脳内に燦然と犯罪の二文字が躍った。
そこには触れないようにしようと決心する。それでも物心がついているかも定かではない年齢の子供がそんな境遇にあると知ると、がらにもなく義憤を覚えてしまう自分がいた。
「そのためにも彼を連れてきたんだ、大丈夫、怖いことはない。何かあっても彼が君を守ってくれる」
ギミックが僕へと話をふってくる。
「え……いや」
唐突にそんなことを言われて戸惑うが、不安そうなありすの顔を見て頼りのない事はいえないと思い直す。そこは年長者の責務だ。自身がそんな立派な人間ではないと理解しているので自信はないが、精一杯に誠意をもって頷く。
「大丈夫、任せてくれ」
「おお、頼もしいな」
「ぁ……ぇっと、でも」
ありすは俯き、声を次第に萎ませていく。
その様子に、僕は自らの幼少期を重ねあわせていた。
自分は一体、どういった子供であっただろう。人見知りで大人しく、物静かだったろうか、それとも活発的で騒がしいものであったろうか。
そしてそれはどちらもだと思い直す。
自分はこういう子供であったと決めることなんてできない。
「ありす……ちゃんは、外に出てしてみたいこととかないのかい?」
「したいこと?」
僕の言葉に顔を上げるありす。
「ああ、見たいものでも聞きたいものでもいい、興味があるもの」
自分がどういう人間かなんて子供が決めるべきじゃない。彼らは何にでもなれるから、何でも経験するべきなのだ。経験したことの中から、自分の好きなもの、嫌いなものを選んでいく。そのためには食わずきらいは駄目だという話だ。経験は金にも勝るのだ。
「わたし、おひさまと……星がみてみたい」
ありすはつぶやく様に言った。聞けばずっと地下にいたのでキチンと覚えていないという。腕時計で時刻を確認すると、ちょうど日没の頃である。急がないと太陽を拝むことができない。今は地下にいるから分からないが昼間の頃は快晴であったから曇って見えないということは無いだろう。
「では急いで行こう」
「ああ、だな、しかし星か……」
ここは大都会東京である。折角だから満点の星空を見せてやりたいが難しいだろう。せめて都内でも見えやすい場所を探すかと脳内端末をウェブにつないだ。視界の半分に半透明のウィンドウが表示される。
「ああ、大丈夫だ、その点についてはあてがある」
ギミックが自信満々に言う。
僕は都内でも星が見えるという公園の一覧をながめつつ彼に問いかけた。
「いい場所があるのか」
「まあ、任せたまえ」
僕の方にもよい案があるということもなく、ここは彼に一任することにした。
「では早速、出発することにしよう、ありす準備はいいかい?」
「うっうん、あっちょっとまって」
ギミックに促されたありすは慌てた様子でトタトタと可愛らしい足音を響かせて屋内の奥へと姿を消した。
「可愛い子だろう」
「ああ、利発そうないい子だと思う」
「……惚れるなよ?」
「お前、それ真面目に言ってるんだとしたら本当ふざけるなよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます