幼き妄想 〜異世界からの誘い〜
ふと思い出すのは、子供の頃。
世界には知らないだけで、魔法も妖精も、そして怪獣もどこかにいると信じていたような歳のころ。
あふれでる想像力のまま周囲の全てに勝手な解釈を与えて、自分だけの異世界を構築したことは、実に楽しかったことを覚えている。
幼少の僕は忍者屋敷というものに憧れて、隠し扉や隠し通路が街のどこそこに潜んでいるのだと妄想するのが好きだった。
僕の部屋の壁には実はどんでん返しが存在して、近所にあった用途不明な建築物は地下秘密基地への入り口であった。そして学校の開かずの間をくぐれば、他校の開かずの間へと通じるワープ装置である。
体が大きくなり、分別をわきまえることができるようになると、そんな他愛のない想像をすることはなくなったが、今でも用途がわからない扉や建物を見ると、一体なんであろうと考えるのは楽しかった。
まあ大抵は
そして現在。
僕の目の前には、仮設トイレぐらいの大きさの、用途不明な建物がある。
場所は都内某所、とある公園の隅の方である。大きな公園ではない。先ほどまでの空中庭園のように、莫大な資金が注ぎ込まれているような気配もない。ありふれた、地域住民の憩いの場もしくは避難所として、ぽっかりと開けられたフリースペース。そこの角にある誰にも目を向けられない
それはしっかりと屹立しており頑丈そうな気配を感じられる、だが林の奥にあるために人目にはつきにくいであろう。
「トイレ……じゃないだろうし、掃除用具入れだな」
僕は雰囲気に流されて、
「では君、開けてくれ」
隣に立つギミックはその扉を開けろと言う。
鍵はついていないのかと尋ねると「もう開錠したさ」と返されたので、僕は気にせず手をかけたが──ガチャリと、取っ手が引っかかる音がする。
「なあ、開かない」
「あ、すまない。電子錠ばかりに気を取られて物理鍵という物を失念してた」
「頼むよ」
そうして、ギミックに指示されるままに鍵を探す。といっても、建物脇に置いてあった鉢の底にあったので、手間という手間はなかった。
「置き鍵って……不用心だな」
「しかし、私に対しては、これ以上ないというくらいに有効だろう?」
言われて納得する。
ギミックのように実体のない相手には、鍵を拾ってシリンダーを回すという行為はできない。つまりはギミックに対しては物理鍵を、彼以外の者に対しては電子錠で対策をしているということなのだろう。
「──というか、なんで掃除用具入れに電子錠?」
そしてふと、疑問に思って尋ねる。
どうして公園の掃除用具入れなんかにコストの高い錠前が必要であろうか? 加えて物理鍵とのダブルロックをする必要性が感じられない。
──この掃除用具入れには「黄金の箒」でも収められているのか?
あ、いや。
つい阿呆な想像をしてしまったが……率直な疑問をギミックにぶつける。
「掃除用具?」
すると彼は
物理鍵を差し込んでゆくっりと回す。
なんの抵抗もなくカチャリと解錠された。
そして扉を開くと──はたしてそこには、僕の思った通りの光景はなかった。
「さあ進もうか、ついてきてくれ」
ギミックは何食わぬ顔をして中へと入りこみ、そしてスタスタと降っていった。
扉の先には何もなかった。想像していたような、箒もチリトリも落ち葉散らし用のブロワーだって存在しない。
あるのはただ、深く地底へと通じるような、急勾配の長い長い下り坂があるのみである。
つまりは──地下秘密基地への入り口なのである。
大人になった僕の目の前に、子供の頃の妄想が、そのまま現実に口を開けて待ち構えていた。
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