青年と人工知能③

 子供の頃、あふれでる想像力のまま周囲の全てに自分なりに解釈を与えて、自分だけの世界を構築したことは、実に楽しかったことを覚えている。

 特に幼少の頃の僕は忍者屋敷というものに憧れて、隠し扉や隠し通路を設定するのが好きであった。実家の僕の部屋の出入り口はどんでん返しであり、近所にあった用途不明な建築物は地下基地への入り口であり、学校の開かずの間をくぐれば他の学校の開かずの間へと通じるワープ装置であった。体も大きくなり、そんな他愛のない想像をすることもなくなったが、今でも用途がわからない扉や建物を見ると、一体なんであろうと考えるのは楽しかった。まあ大抵は納屋やボイラー室や掃除用具入れであった。

 そして今、僕の目の前には懐かしの電話ボックス大の用途不明な建物がある。

 場所は都内のとある公園の隅の方。レンガ造りであるそれはしっかりと屹立しており頑丈そうな気配を感じられる、だが公園の林の奥にあるために人目にはつきにくいであろう。


「トイレ……じゃないだろうし、掃除用具入れだな」


 僕は断定する。きっとこの中には公園の落ち葉を掃くための箒などがたくさん収められているのだろう。


「では君、開けてくれ」


 ギミックはその扉をあけろという、鍵はついていないのかと尋ねるともう開錠したと言うので、よく見るとこの扉、錠前が見当たらない。僕は気にせずに扉を開こうと手をかけたがガチャリと取っ手が何かに引っかかる音がするのみである。


「なあ、開かない」

「あ、すまない、もう一つ忘れていた」

「頼むよ……というか何で掃除用具入れ?」


 どうして僕は真剣に公園の掃除用具入れを開けようとしているのか。今の今までギミックの言葉に唯々諾々と従ってここまで来たが、ようやっと疑問が僕の主体性のない脳みそを満たしてくれた。


「掃除用具?」


 怪訝そうに「何を言っているんだ君は?」とギミックがこちらを振り返る。その際に扉からカチャリと開錠される音が聞こえた。彼が再度、扉を開ける様に促す。

 僕は抱えた疑問を一旦おいて、扉に手をかけた。

 そこには僕の思った通りの光景はなかった。


「さあ、進もうか、ついてきてくれ」


 彼はスタスタと建物内に入りこみ、そして降っていった。

 中には何もなく、ただ地下へと通じるだろう急勾配な下り坂があるのみである。

 つまりは地下への入り口。


「わーお」


 人間、予想もつかないことが起きると、普段使わないような言葉がでてくるものだなと感心した。


 ●


 地下の中は暗くなく照明が等間隔に並んでいたが、途中に一つだけ切れているものがあった。そうなるとここは人の管理が行き届いている所なのだろうかと不安に思う。きちんとされているのに一つでも目立つものを見つけると全体を疑ってしまうのは人の性だ。そんな僕の不安を察したのかギミックは「別に危険なところではないよ」と声をかけてくる。僕は「そうですかい」と返事をした。

 しかし、よくよく考えてみると初対面のよく知りもしない人物に地下の得体のしれない場所に連れ込まれているのだ。この状況の方が危険である。ここまでは好奇心でやってきたが、ここは東京。この先で怪しい壺でも持ち出されるかもしれないとビクビクしはじめたその頃、ようやっと通路の先に突きあたりが見えてきた。

 割と長い距離を歩いた、そこには一般家屋のような玄関があった。


「ここにその女性が住んでるのか?」

「ああ、さっきも言った通り彼女には私の姿も声も認識できないので、初期対応は君に任せる。なに、ギミックからの使いで来たと言えば、きっと聞く耳を持ってくれるだろう。私ももちろん傍にいるので適宜に指示する」

「そうか、それじゃ……インターホンないけど?」


 玄関の扉の周辺にはお馴染みの呼び出しがない。僕はキョロキョロとそれを探した。


「ああ、ここにはそれはないので勝手に入るがいい」

「え、なんで?」

「訪ねるものがいると想定されてつくられた施設ではないのでな、きっと私と君が初めてだろう」


 ギミックの言葉は僕にいくつもの疑問を覚えさせるものであったが、元よりあまり立ち入る気はないのでそこの理由はおいておくことにした。


「それはまあでも……勝手にお邪魔するのはだいぶ抵抗があるんだが、本当にいいのか?」

「問題ない」


 現代東京において、断りもなく見知らぬ家に上がりこんだとなれば空き巣呼ばわりされても仕方ない。更には相手は女性だと言うし、ストーカーに勘違いされてしまうかもしれない。

 あまりにも抵抗があるので、かまわないというギミックをよそに僕は扉をノックして大声で「ごめんください」と呼びかけることにした。だが返事はなかった。


「仕方ない、か」


 こうなればなにか問題があればダッシュで逃走する覚悟を決めて中に入ることにする。ギミックは拡張現実であるため、例え立ちはだかろうとも僕を阻むことはできない。


「すいませーん」


 声をあげて扉をくぐる。

 そこには広い空間があった。ロビーであるその場所は、まるで高級ホテルに入ってしまったかのような錯覚をおぼえる。高い天井、吹き抜けになったエントランスホールは二階へと昇る階段が設置されているが実に豪奢だ。とても小ぢんまりとしていた扉からは想像できない空間に入りこんだことで、異空間に迷い込んでしまったようだ。


「すいませーん、お邪魔しまーす」


 再度、声を張り上げる。

 広い空間ゆえに自らの声が響く、誰かいればきっと聞こえているはずだった。


「留守じゃないのか?」

「そんなはずはない、必ずいるから少し待ってみるといい、ほらそこにソファーもある」

「いやさすがに、いきなり人んちでくつろげるほど肝は太くない」


 そうしてしばらく立ち呆けていると、カツカツとこちらに向かってくる足音に気づく。その足音の間隔は緩慢で、なにやらおっかなびっくりやってきているようであった。

 僕はその足音の方へと視線を向ける。ちょうど、階段を上った先の曲がり角。ジッと見ていたらひょこりと顔を出したのに気付いた。


「ぁ……」


 彼女が小さく声をもらしたのが聞こえた。それはとても甲高く、か細いものであった。突き出ている顔の位置も低い、目算するに僕の腰丈ぐらいから。顔つきは半分近くが壁に隠れているためにハッキリとしないが目鼻が大きく、ぷっくりとしている頬。

 明らかに子供だった。年の頃はおそらく小学校低学年かもしくはまだ入学していないか。


「えっと……こんにちは、お邪魔してます、誰かおうちの方はいませんか?」


 最初に遭遇したのが子供だったというのには面食らったが、互いにまごまごとして話が進まない事態になるわけにもいかず、努めて相手を安心させるように意識がけて問う。


「……おうち?」

「そう、大人の人、一緒に住んでる」

「いない」

「え?」


 その返答に呆然とした声をだしてしまう。


「一緒に住んでる人はいない」

「えっと――」


 まさか、この広い家に少女一人で住んでいるとでも言うのだろうか。怪訝に思っていたら隣で控えていたギミックより説明される。


「事実だよ、あの子はずっとここに一人で住んでいる、そして私が会いたがった人物でもある」

「まさか」


 そんなことはない、とは言い切ることは出来なかった。既に色々と常識の範疇から逸脱した事態になっていることは、否定しきれなかった。自らを人工知能だと名乗る人物に、地下に隠すようにあった家。これらがペテンでなければ続けさまに、そこで一人暮らしをする少女が現れてもいいのかもしれない。

 とっくの昔に、僕に考えつくような事態ではなくなっているのである。そうとなれば、それに関わるか、関わらないか。はっきり言って、これだけ不可解で、きな臭い話である。あまりに深入りして何が自らのもとに転がり込んでくるかは分かったものではない。逃げるのならきっと今なのだろうと僕は思いついた。

 ここで振り返り出口へと走り出せば、少なくとも彼らの話を聞くことは無く、面倒事に巻き込まれる可能性も少ない。もしかしたらすでにアウトなのかもしれないが、ギミックが新たに僕とは違う人間を誘い込んでくるだけで終わるかもしれない。

 そうして瞬時に色々と考え込んだ僕は、そこで決断した。


「えーと、君のお名前は?」


 もう少しだけ彼らの話に関わる。そのために少女に名前をきいていた。

 その理由はただただ一つ、好奇心である。

 我がことながらに呆れるが、元々僕は今日、なにか面白い出来事はないかと外に出ていたのである。それで危険な出来事に巻き込まれたら目も当てられないが、これほどに面白そうな話も他になかった。

 僕は火遊びをする気分で少女に話しかける選択をした。


「桐生ありす」

「そうか桐生さんか、僕は久我哲生といいます、ギミックの使いできたんだ」

「ギミックの?」


 少女の驚いた様子が感じ取れた、その表れなのか彼女は曲がり角から出てきて、その立ち姿を僕に見せた。可愛らしい少女であった。少し色素の薄い細くサラサラとした茶髪を持つ、目鼻立ちは子供らしく大きくはっきりとした利発そうなお子様である。格好はどういった趣向なのか青いワンピース姿で、どこか有名な児童文学の主人公を連想させるものであった。


「そう、だから少しお話をさせてもらってもいいかな」

「うん」


 そうして僕は話をするために中へと入らせてもらった。

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