ギミックからの提案

 拡張現実技術が一般に普及するようになると、それについて制限がかけられるのは当然の事柄であった。悪用されればもちろん法律により罰せられる。そして、その法律の中には『特別な許可なく【人型】を模したモノを拡張現実として用いてはいけない』というものがあった。


 理由を簡潔に言うと、紛らわしいからである。


 こんな述べ方をすると「大した事柄でもない」と思われる人もいるかもしれないが、これが存外に重大であった。


 想像してもらいたい。


 例えばあなたが、道路で車にひかれる間際まぎわの子供を助けるため、身代わりになったとしよう。

 その子供が実は拡張現実であるのだ。


 そんな極端な状況を想定する方が間違っているとする人もいるだろうが、実際に、それに類するトラブルはかつて頻出したらしい。


 そしてさらに言うなれば、『人型』を創り出せるということは『群集』を創りだせることと同義だ。つまりは拡張現実を操作することにより、群集心理を先導することさえできてしまう。


 それではいけないと慌てて法規制がなされたという話は、現代の語り草である。

 そして現在──


「別に、通報しようとは思っていないけど……あんたアバターだろ?」

「違うというのに。疑り深い奴だね、君も」


 僕が何度もくりかえす問いかけに同じ答えが返ってくる。

 つまりこれはもう、ただの押し問答なのである。


「どうして君はそう思う?」

「あんたが言うことは突飛にすぎるので、ありえそうなことを仮説している」

「なるほど」


 自分を「人工知能だ」と言い張る彼──ギミックの主張を、僕は認めていなかった。それよりも、彼という拡張現実アバターを遠隔から操作する人間が、僕と意思疎通をしていると仮定した方が容易に納得できる。


 自我のある『人工知能AI』なんて実在するわけがない。

 そんなのは小説の中だけに存在するモノだ。

 現代において、信じる者は騙される。


「では君はこのように――自然に動作する私を遠方から、どのように操作していると思うのかい?」

「そんなのわからんし」

「なるほど。私の存在証明は難しいことに気づかされたよ」


 ギミックは「やれやれ」とスカしたように肩をすくめる。

 その動作にカチンときたが言及はしなかった。


 しかし……確かに僕の言い分も苦しいことは理解できる。

 僕の目の前にいる人物は幻なのだ。

 つまり彼の顔についている目や耳はただの飾りで、機能はしない。よって僕の声を、動きを、彼がどのようにして感じとっているのか、説明ができないのである。そうなると「遠隔からアバターを操作をする」という僕の仮定も怪しい話である。彼とは一緒にここまで移動してきたが、その間の彼の動作はとても自然であった。

 

 とはいえ、人工知能が意思を持って動いていると想定するよりかは順当な仮説であることに変わりはない。


「あのー……議論が熱くなってるところ悪いんだけど──大丈夫?」


 そんな折、横合いから声をかけられる。そこには喫茶店の制服に身を包み、珈琲コーヒーサーバーを手に持った女性がいた。

 僕は珈琲のおかわりをお願いする。

 すると彼女は慣れた手つきでカップに珈琲を注いでくれると、心配そうに尋ねてくる。


「さっきから久我君ばかり飲んでいるけど、そちらの人は?」

「ああ、お気になさらずにお嬢さん。私はほら、このように――」

 

 キザったらしい言葉を述べるギミックが、僕のカップに手を伸ばす。

 当然だが、スカリとすり抜けた。


「あら……」


 彼女は目を丸くして驚いている。

 それを見て「先程までの僕もこんな顔をしていたのだろうか?」と思案する。確かにキョトンと呆けている彼女の様子は面白味があり、笑みを禁じえない。


 ……だからと言って、ずっとニヤニヤしている目前のペテンAIを肯定する気にはなれないが。


 彼女の名前は佐野もとみという。


 今、僕たちがいる場所──喫茶店「のもと」でアルバイトをしている娘だ。そして、僕と同じ大学に通う学徒でもある。


 キャンパス内では特別に接点があるわけではないが、僕がこの店の珈琲の味に惚れこんで、常連客になったことから話すようになった。そして実は、僕と同郷だったということもあり、東京での数少ない「気のおけない友人」の一人となっている。


 ちなみに彼女がこの喫茶店でアルバイトしている理由は、店長の名前が「のもとみさ」で親近感がわいたからであるらしい。最初にそれを聞いたときは「彼女は一体何を言っているんだ?」と一週間ぐらい悩むはめになったが……そんなのは、どうでもいい余談である。


 彼女は人好きのする笑顔を困ったように変化させて言う。


「えーと……通報する?」


 にべもない。


「僕は面倒事はごめんだから逃げるよ」

「あー! そんなこと言う。わかった。それなら私も気づかなかったことにしよう──お客様、ごゆっくりしていってくださいね」

「ああ、ありがとう。可愛らしいお嬢さん」

「あはは」


 やや大仰なお世辞に苦笑して、彼女はカウンターの向こうへと去っていく。

 それを見送ると、僕は仕切り直してギミックへと話しかける。


「話は変わるけどアンタはあそこで何をしてたんだ?」

「あそことは?」

「屋上の縁で。僕はてっきり飛び降りでもするのかと思った」

「そうかもしれないじゃないか」

「アンタは飛び降りて死ねるのか?」

「そんなわけない」

「だろうさ」


 だったら何をしていたのか?


 好奇心だけで聞いているが、紛らわしい行動にヤキモキさせられたのだ。それぐらいは尋ねてもいいだろう。


「考え事を……少しね。これから人に会おうと思っていたんだが──さて、どうやって会ったものかと思案していた」

「その人に会いにくい理由でもあるのか?」

「おそらく君が言っている意味ではない……が、このままじゃ会えなくてね」


 なんとも奥歯に物が挟まるような言い方をする奴である。


「もっと分かりやすく言ってくれると助かる」

「私がその人に会うのを躊躇ちゅうちょしているという意味ではなく、会って対面すること自体が不可能という意味だね」

「ああ」


 確かにそれは言葉の妙であった。

 だが、対面すること自体が不可能とは中々に想定しがたい状況である。


「どこにいるのか分からないとか?」

「いや居場所は特定できている。ただ──彼女には私の姿が見えない」

「それはどういうこと?」

「彼女は脳内端末を有していない」

「そりゃ……このご時世に、何でまた?」


 今のご時世、脳内端末を持たずには生活さえ不自由すると言っていい。僕はどうしてか、生きた化石、具体的にはシーラカンスを妄想しながら問いただす。すると簡潔な答えが返ってきた。


「彼女の母親がそう望んだからかな」

「ふーん……まあいいや」


 そろそろ理解してきたが、なんとももったいつけた話し方をする奴である。まるで小馬鹿にされているような気がするのは……おそらくだが気のせいではないだろう。


 これまでの会話から、ギミックと僕は反りが合わないことが把握できてきた。なので自然と、僕の口調もぞんざいになっていることは理解している。


 まあ、改めるつもりもないが。


「それじゃあ、どうするのさ? そんな根本的な話だったら、その彼女とやらに新しい端末を移植でもしてもらうのか?」


 脳内端末というのは、基本的に生後間もないころに、手術をして埋めこまれる。そしてそのまま、生涯にわたり稼働し続ける物だった。


 脳内端末の前身ともいえるスマートフォンやタブレット──携帯端末の時代においては、新機種が発売される度に買い替える者も多くいたそうだが……現代においては少数派である。

 昔ならいざ知らず、今の時代はたとえば端末の性能が倍になろうとも、一般使用する範囲においては大した違いなどはないからだ。


 一秒で京桁けいけたの計算ができる機能が一秒に十京桁になろうとも、それを操作する人間の脳がその計算についていけない。高性能だとて宝の持ち腐れな訳である。


 それなのに、わざわざ頭を切り開いてまで替えたがる者はいないだろう。


 ゆえに、脳内端末とは長期間にわたり使用されることが想定されており、非常に壊れにくい物である。しかしそれでも「全く故障することがない」ということはなく、不運にも、その憂き目にあった者は機種変更という珍しい体験をすることになる。


「そうしなくとも、方法がないわけではない。ただどうしても、最初は仲介役が必要になる──そこでだ、それを君に頼みたいのだがどうだろう?」

「え、僕が?」


 ギミックからの唐突な提案に、僕は自分でもわかるぐらいに、すっ頓狂な声をあげてしまった。しかしギミックは当然だと言わんばかりに問うてくる。


「ここまで話をさせておいて、嫌というわけはあるまいね?」

「いや……まあ、そう……でもある……わけ、ないんだが?」


 確かに、ここまで話を聞いたからには「それぐらい手伝ってやろう」と思うのが人情ではある。どうやら他にあてがある様子でもないし、なにより困っているのだろう。

 僕は色々と考えた末に──おれた。


「べつに今日は暇だし……いいけども」

「そうか助かった! 感謝する──では早速行こうではないか。ここの御代おだいは私がもつこととしよう」


 言うや否やギミックが席を立ち、奥に控えているもとみを親しげに呼び寄せる。一体どうやって支払いをするのかと気になって見ていたら、電子マネー決済だった。

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