青年と人工知能と、異世界を見る少女

青年と人工知能①

 今日は夢見が非常に良かった。


 内容はてんで覚えていない。だが、次こそは絶対に覚えておこうと決心するほどにはイイ夢だったのだ。といっても、同じ夢をまた見られるかは天に祈るしかないが。


 だからだろうか、僕は気分のまま、用もないのに外出してしまった。


 たくさんの人々が僕の横を通り過ぎていく。

 祖父母に両手をつながれて歩く少年、後方には両親らしき姿も見える。

 明らかに恋仲である男女二人組、彼らは仲睦まじく遠ざかっていく。

 みんなみんな、幸せそうに見えた。


 そして僕はというと、そんな彼らの様子を見て──ただただ憂鬱ゆううつな気分を味わっている。


「ちくしょう、駄目だこりゃあ……」


 ことここに至り、僕はこんな場所に足を向けた失敗を悟る。

 場所は商業ビルの三階。大きな本屋と男性用のネクタイを専門にあつかうお店の中間で途方にくれる。


 平日のお昼どきだった。

 だのに往来は誰も彼もがにぎやかで、そしてさわやかである。


 無性に周りの人たちの様子が気になって、そして向こうもこちらを気にしている──そんな錯覚を覚える。一人でこんな場所をうろついている僕をあざけっているという被害妄想が止まらない。

 実際に僕へと意識を向けた者なぞいないことは分かっているが……どうにもネガティブな思考をふりきれなかった。


「すいませんごめんなさい、謝りますから、勘弁してつかぁさい……」


 僕は誰にというわけもなく軽口を叩く。

 当たり前だが、返事なんかあるわけもない。

 それがまた僕の憂鬱を増長させる。


⚫︎


 ここで一応、僕が何者なのかを述べておこうと思う。


 年齢は十九歳。生まれも育ちも九州男児。高校卒業と同時に上京して、現在は都内の大学にてキャンパスライフを満喫中のフレッシュマンである。


 しかし、その詳細な生活状況については平日の真昼間まっぴるまに一人で出歩いてウラぶれていることにより、色々と察していただきたい。


 顔はよく童顔と言われる。

 背は高い方だが筋肉質というわけでもない。


 備考として、地元の友人たちからはよく「ガッちゃん」と呼ばれて親しまれていたが、今はそういう風に呼んでくれる人はいない。


 そんな至って普通の大学生。それが僕こと「久我哲生」という男である。



⚫︎


 そうしてしばらく歩き回り、僕の望むモノがここには存在しないことを確信する。そうなると本当にすることがないので、もう帰ってしまおうかと思いはじめていた。


 すると視界のはしに一つの表示が目に入る。


「そういえば……行ったことないなぁ」


 交差路の天井付近。

 ポップな見出しと枠組みが、宙空に浮いている。煌びやかに光るその吹き出しは、一目見て、自然界には存在しないモノであると直感できるが、それを気に留める者なぞ往来に一人もいない。不自然なソレを誰もが「自然にあるモノ」として受け入れている。


 そして、その吹き出しには短いうたい文句が書かれていた。

 見出しには大きく「空中庭園」と表示されている。


 ──拡張現実。


 脳内に端末を埋め込むことが当然になった昨今さっこん

 このような光景は街の至る所で見ることができた。


 この吹き出しも実在するものではない、端末が脳へと見せる『幻』である。

 だが確かにそこにある。

 周りを見渡す。館内地図に店の看板、はたまた非常口の表示──ありとあらゆるものが僕の眼には写しだされている。これらは全て拡張現実であるのだ。当然、指で触れれば、画面操作をすることも可能である。


 違和感はない。

 それは僕が生まれてから当然にあるものだから。

 

 よって僕はモノは試しと、噂の「空中庭園」とやらに足を運んでみることにした。

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